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では、ごきげんよう②

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「ルシアン様はお義姉さまに騙されているのです。お義姉さまはいつも私を悪者にするのです…平気で嘘もつきます。ルシアン様も騙されて…お可哀想。…今からでもお考え直しになられてはいかがでしょうか?」

「何度も同じことを言わせないでほしい。私はリディと結婚する。先ほどから嘘つき女、醜い女などと彼女を貶める言い方は婚約者として不愉快だ」

厳しい表情と強い語気でルシアンは続けて言った。

「それにあなた方が彼女にどんな仕打ちをしていたのか、私が知らないと思っているのか?」

「リディですね…この女がルシアン様に出鱈目を言ったのですね!…あんた!有る事無い事!!この性悪娘が!シャルロッテを妬んでルシアン様に嘘を吹き込んだのだね!」

そう言ってラミネはツカツカとリディへと向かってきて叩こうと手を上げた。

前世の記憶を取り戻したリディは精神的にも強くなり、心の中では家族の虐めなど意に介してはいなかったが、体罰となると体が反応してしまい、体が動かない。

十二歳から体罰を受けてきた経験が体に染み込み身を縮こまらせてしまうのだ。
びくりと体を震わせてぎゅっと目を瞑ったリディだったが、ラミネに打たれる瞬間は訪れなかった。
代わりにパチリというラミネの腕を掴む音が響いた。

「私の婚約者を殴るというのか?いくら義母だとしても看過できない。リディ、さあ侯爵邸に帰ろう?準備をするとしよう」
「分かりました」

先ほどは無理して歩いたのだが、正直まだ足の痛みが残っている。リディはルシアンに支えてもらうことを躊躇ったが、手を出されてしまったのでお言葉に甘える形で自室へと向ことにした。

応接間を出た途端、シャルロッテとラミネの金切り声と悲鳴が聞こえたが、リディは無視して階段を登った。

※ ※ ※

「何というか…本当に壮絶だな」

リディの部屋を見たルシアンは絶句したのち、何とかという感じでそう感想を漏らした。

「でも前世の部屋よりは広いですよ?」
「まぁ、俺もそうだけど。…いや、でも今は伯爵令嬢じゃないか。あまりにも酷いな」
「住めば都と言いますし、慣れました。さて、私は荷物まとめてしまいますね」

そう言って、リディは荷造りを始めた。
と言ってもリディは最低限の身の回りのものしか与えられていない。

だから荷物としては亡き母が遺してくれた手鏡と指輪が一個くらいのものだ。
他の高価な遺品やリディの私物は全てラミネとシャルロッテに没収されてしまったからだ。

だが、今日、この部屋に来た一番の理由は別にあった。

「妖精様、今までお世話になりました。これよりバークレー家に移ります。よければまたそちらにお越しくださいね」

リディは祈りのポーズをしてそう呟いた。
ここで出会い、部屋を訪れてくれていた妖精への転居の報告だ。

『あら、リディ。お出かけ?』
「ユッカ様。実は婚約することになりまして…」

リディの祈りに応えるように現れた天気を司る妖精のユッカに事情を説明すると、ユッカは嬉しそうにリディの周りを飛び回った。

『まあまあ素敵ね!幸せになってね!』
「でも偽装ですからね。結婚して幸せにーっていうわけではないのですが、でも自立に一歩近づけたので、そう言う意味では幸せになれると思います」

『ふふふ、でも何が起こるか分からないのがこの世の中よ。嘘から出た真…だったかしら?以前あなたが言っていたじゃない。だから二人に愛が芽生えるかもしれないわ』

「ははは、それは無いと思いますよ。ルシアン様とは相棒ですし、ルシアン様もそう言ってましたしね」

ゲームメインストーリーのキラキラな世界に生きるルシアンと自分が釣り合うはずもない。
しかも契約にも「お互いに恋愛感情は抱かない」とある。

むしろ早くルシアンの探している女性と引き合わせてあげて、不本意であろう偽装婚約を解除してあげた方がいいだろう。

(だけど何度占っても、『出会いが近い』とか「出会ってる』とかしか出ないのよねー)

『ま、いいわ。じゃあ私もバークレー家の方に行くと思うけど、まずは行ってらっしゃい!』
「はい、じゃあユッカ様。バークレー邸でお会いしましょうね」

そう言ってリディがユッカに手を振り、部屋を後にしようとした時、ユッカとのやり取りを見ていたルシアンが訝しげな表情になっていることに気づいた。

「なんだ、今のは…独り言か?」
「あ、ルシアン様にはお伝えしてませんでしたか?私、妖精が見えるんですよ」
「妖精?まさか…」

「ふふふ、信じられませんか?占いの時、妖精がヒントをくれたり相談者の方の性格とか過去話とか色々伝えてくれたりするのです。ですからほら、ルシアン様と初めてお会いした時も、朝食の話をしたじゃないですか」

「なるほど…そういうカラクリだったのだな。妖精がいるなど俄かには信じられないが、確かにあれは当たっていたしな」

ルシアンが納得したところで、リディは今度こそ本当に自室を後にした。
エントランスに降りれば、ラミネとシャルロッテが射殺さんばかりに睨んでくる。

「じゃあ行こうか」

その視線から庇うようにリディを玄関へとエスコートするルシアンに対して、ラミネが猫撫で声でルシアンを引き止めた。

「ルシアン様、最後にリディと少しよろしいですか?」

何か裏があることは目に見えていた。
それを察知したルシアンはリディの顔を見る。その顔に戸惑いと心配が現れていた。

たぶん、また何か心無いことを言われて傷つくのではないかと心配しているのだろう。
だからリディは小声でルシアンに微笑みながら言った。

「大丈夫ですよ。ほら、今は中身は望美ですし。むしろ、ちょっと一言言い返してやろうかと」

それを聞いたルシアンは目を丸くしたのち、小さく吹き出して笑った。

「さすがはリディだな。じゃあ、馬車で待ってる」
「はい!」

ルシアンが居なくなるやいなや、案の定ラミネとシャルロッテが詰め寄ってきた。

「許さないわよ。私を差し置いて侯爵家に嫁入りなんて何様のつもり?ドブネズミの分際で!」

「そうだわリディ。あなたから婚約を辞退して、シャルロッテと変わりなさい」

「それは名案ですわ、お母様。ドブネズミはドブネズミらしく、あの湿った部屋がお似合いなのよ!」

そう捲し立て、大声で怒鳴る二人をリディは静かに見据えた。
そして一言言った。

「嫌です」

普段大人しく、おどおどしているリディが口答えをしたので、ラミネは驚いた顔をしたのち、顔を真っ赤にして怒鳴り始めた。

「はあ?何様の分際で私に口答えするの?大体、誰があんたを養ってやったと思ってるのよ!恩を仇で返すつもり?いいからさっさと侯爵様のところに行って、婚約は辞退すると言いなさい!」

そう言ってラミネはリディの腕を掴んで玄関ドアまで引っ張って行こうとした。

(何が養ってやっただって?鼻で笑っちゃうわ)

大体日々の生活費もままならなくなったこの家がギリギリ生活できていたのだって、伯爵家出身の母が遺してくれていた土地の税があったからだ。

それは現在リディ名義になっておりこの家を出てしまえばその土地はラングレン家の所有から離れるのだ。
それすらも忘れている二人にリディは冷ややかな視線を向けた。

いきなりリディに反抗的な目で見られたシャルロッテ達は戸惑ったようだ。

「な、なによ、その目」

「…色々言いたいことはあるのですが、一つだけ助言させていただきます。もう散財はおやめになった方がよろしいかと。既にこの伯爵家の財政は立ち行かなくなってます。現実を見てください」

「はぁ?何わけのわからないことを言っているの?」

「でも現にシャルロッテは新しいドレスが買えなくて、ラミネお義母様のダイアのネックレスを売っちゃったわよね?」

「な、なんでそれを?!」
「なんですって?!アレが無いと思ってたら…なんてことなの?!伯爵令嬢として恥を知りなさい!」
「ご、こめんなさいお母様!」

突然秘密を暴露され動揺した上に、ラミネからの叱責でシャルロッテは涙目になった。
だがリディの反撃はこんなところで終わらない。

「そんな義母様も伯爵夫人として、恥を知った方がよろしいのでは?」
「は?私がなにをしたというのよ!」
「バディアス伯爵夫人が貴女方の不倫に気づいたようで慰謝料の請求準備をしているはずです」

これにはこれまで黙っていたダーシーが驚愕の声を上げた。

「な、なんてことだ?!本当なのか?」
「いえ、出鱈目です!こんなのリディの作り話ですわ」
「信じるか信じないかはお父様がお決めになって。明日にでも訴状が届くと思いますので」
「そんな…」

ラミネがその場にへたり込んだ。
これらのことは全部リディが妖精から聞いたことである。
つまり絶対の事実なのである。

「沈みゆく船はドブネズミも見捨てるようですから。では、ごきげんよう」

もうこの家には用はない。
時間を置かずこの家は破産するだろうが自分には関係ない事だ。

薄情かもしれないが、虐待してきた人間に家族だからという謎の理由で手を差し伸べるほど自分はお人好しではないのだ。

そして、リディは呆然としている家族に対し、優雅に一礼すると踵を返した。
馬車に戻ると先に乗っていたルシアンが迎えてくれた。
相変わらずさりげなくリディの隣に座る。

「それで?ザマァできたかい?」
「ええ!ふふふ…せいせいしました」

これまでずっと以前の気弱なリディを演じていて、鬱憤が溜まっていたのだがもうスッキリできた。

「では、ちゃんと伯爵には挨拶もしたし、これで本当に婚約は成立だな」

「はい。そうなりますね。この度は根回しなど、お手数をお掛けしました」

「いや、こっちが偽装婚約を持ちかけたんだ。失敗するわけにはいかないし、問題ない」

動き出した馬車は、街を抜け、緑に囲まれた豪邸まで進んだ。

これまでの、しがらみから離れたお陰で気分も晴れやかなせいか、いつもより車窓の景色が輝いている。
やがて林を抜け、馬車がバークレー邸へ戻った。

ルシアンは馬車から降りると、恭しくリディの手を取ると、エスコートして馬車から下ろしてくれた。
そして、言った。

「今日からここが君の家だ」
「はい、本日より、よろしくお願いします!!」

リディは晴れやかに笑ってルシアンに答えた。
今日から新しい生活が始まる。

新しい生活に対する少しの期待と少しの不安。そんな思いを抱きつつリディは再び侯爵家へと入るのだった。
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