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妹みたいな存在
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目の前には私の好きなフレッドお兄様がガラスの棺の中で横たわっていた。その目は固く閉じられていて、触れると冷たくなっている。
その光景を信じられない思いで見ていた。
また助けられなかった。
口惜しさから俯いていると、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえてくる。
「…エ、…ロエ…クロエ!」
「えっ…あ、お兄様…」
自分の名前を呼ばれて私は我に返った。
気づけばいつも紅茶を飲むフレッドお兄様の屋敷――アルドリッジ伯爵家の離れにあるコンサバトリーの光景が目に入って来た。
壁面の大きな窓ガラスから差し込む太陽の光が、テーブルの上にある乳白色のティーポッドを照らしている。
ふと見ればカップの中の琥珀色には私のぼうっとした幼い顔が映っていた。
「どうしたんだい?ぼっとしてたようだけど」
「お兄様、生きてらっしゃるわよね?」
「ははは、もちろん生きてるよ」
さっき夢で見たフレッドお兄様は私の目の前で冷たくなっていて…いま思い出しても恐怖で背中がぞくりとしてしまう。
兄様が死んでしまう。そんなことは現実ではなくうたた寝してしまった夢に過ぎないわ。
「ちょっと、試験前で緊張しているのかもしれません。飛び級で魔術大学校を受験することになったのですから…不安なんです」
「そう?」
フレッドお兄様は私の顔を覗き込むようにして、そしてぎゅっと手を握ってくださった。
お兄様の掌は私よりもずっと大きくて、包み込まれた手からお兄様の温もりを感じて思わず心臓がとくんと鳴った。
フレッドお兄様は私の兄ではなく、幼馴染に男性。フレッドお兄様にとって私は妹みたいな存在だって分かっているけど、私はお兄様にずっと片想いをしてる。
そんな私の想いも知らず、お兄様は私の頭を撫でながら柔和な笑みを浮かべて言った。
「大丈夫。僕のクロエは天才だからね」
天才。
皆が私の事をそう言う。
私ことクロエ・ランデットは伯爵家の一人娘になる。歳は10歳だけど、それよりも小さい頃に初等教育はクリアしてしまってる。
だから自分では自覚は無かったけれど、私は「天才」と称されるほどの頭脳を持っているみたい。
ただ、その知識は凄く偏っていて、主に医療魔術分野にのみ特化してるのだけど…。
なんでそうなのかは分からないけどね。
そんな特殊な頭脳を持っているせいで、私は実年齢よりもずっと大人な性格になってる。
だから気味悪がられることもあるし、陰口を言われているのも知っている。
人とは違うことを不安に思ったことは何度もあったけど、その度にお兄様は「大丈夫。僕は何があっても傍にいるよ」と頭を撫でて何度も言ってくれた。
温かい大きな手に触れられると凄く心強くて、
金色の髪が太陽の輝きのように私の心を明るく照らしてくれて、
私を見つめる空色の瞳は真っすぐに“私”を見てくれて、
春の柔らかな日差しのような笑みで私の心を温めてくれて…
気づけばお兄様の事を男性として好きになっていた。
でも、その想いが叶わないことも知っている。
だって、お兄様には既に婚約者がいらっしゃるのだから。
「フレッド様。ロザリー様がいらっしゃいました」
執事がそう言いながらお茶をしていた離れのコンサバトリーに入って来た。
ロザリー様。彼女がフレッドお兄様の婚約者。
美しい鮮やかな緋色の髪に透き通るような肌。スラリとした肢体に似合わず豊満な胸。女性の私から見ても魅力的な方だ。
「はぁ…今日はクロエとお茶をすると言っていたのに」
「どうされますか?」
お兄様がため息交じりに言っているけど、半分仕方がないという表情だった。
ロザリー様はお兄様の親友の妹さんで、よく屋敷で会っていたこともあって気心も知れてるみたい。「仕方ないなぁ」と口では言っているけど決して嫌がっているわけじゃない。
「お兄様。私、そろそろ失礼しますね」
「気にすることないんだよ。いつものロザリーの我儘なんだから」
「いえ。大学入試も迫っているので勉強しなくては。では、お兄様。失礼しますね」
私はそう言ってコンサバトリーを出ると、入口にロザリー様が立っていらっしゃって、中から出た私と鉢合わせしてしまった。
「ごきげんよう、ロザリー様」
私が挨拶するけどロザリー様はこちらを睨むように見て、そのままコンサバトリーに入ってしまった。
すると直ぐにロザリー様の声が聞えて来た。
「またあの子来ていたの?2人きりで会わないでって言ったわよね」
あの子…というのはもちろん私の事。だから思わず足を止めてしまった。
「ごめん。彼女は試験前だからリラックスして欲しくてね」
「婚約者の私のお願いよりもあの子を優先するわけ?フレッドにとってあの子ってなんなの?私より大切なの?」
「彼女は…妹みたいなものだよ。君のことは大切に思ってるよ」
その言葉に胸がずきっとした。
そう、いつまでたってもお兄様の中で私は妹。
当たり前よね。私は10歳の子供、それに対してお兄様は24歳だ。
14歳も歳が離れていて、自分が恋愛対象ではないことは理解している。
だけどお兄様の口からそれを言われるとやっぱり辛い。
ちらりと後ろを振り向いたらお二人が抱き合っているのが見えて、私は逃げるように屋敷に帰った。
その光景を信じられない思いで見ていた。
また助けられなかった。
口惜しさから俯いていると、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえてくる。
「…エ、…ロエ…クロエ!」
「えっ…あ、お兄様…」
自分の名前を呼ばれて私は我に返った。
気づけばいつも紅茶を飲むフレッドお兄様の屋敷――アルドリッジ伯爵家の離れにあるコンサバトリーの光景が目に入って来た。
壁面の大きな窓ガラスから差し込む太陽の光が、テーブルの上にある乳白色のティーポッドを照らしている。
ふと見ればカップの中の琥珀色には私のぼうっとした幼い顔が映っていた。
「どうしたんだい?ぼっとしてたようだけど」
「お兄様、生きてらっしゃるわよね?」
「ははは、もちろん生きてるよ」
さっき夢で見たフレッドお兄様は私の目の前で冷たくなっていて…いま思い出しても恐怖で背中がぞくりとしてしまう。
兄様が死んでしまう。そんなことは現実ではなくうたた寝してしまった夢に過ぎないわ。
「ちょっと、試験前で緊張しているのかもしれません。飛び級で魔術大学校を受験することになったのですから…不安なんです」
「そう?」
フレッドお兄様は私の顔を覗き込むようにして、そしてぎゅっと手を握ってくださった。
お兄様の掌は私よりもずっと大きくて、包み込まれた手からお兄様の温もりを感じて思わず心臓がとくんと鳴った。
フレッドお兄様は私の兄ではなく、幼馴染に男性。フレッドお兄様にとって私は妹みたいな存在だって分かっているけど、私はお兄様にずっと片想いをしてる。
そんな私の想いも知らず、お兄様は私の頭を撫でながら柔和な笑みを浮かべて言った。
「大丈夫。僕のクロエは天才だからね」
天才。
皆が私の事をそう言う。
私ことクロエ・ランデットは伯爵家の一人娘になる。歳は10歳だけど、それよりも小さい頃に初等教育はクリアしてしまってる。
だから自分では自覚は無かったけれど、私は「天才」と称されるほどの頭脳を持っているみたい。
ただ、その知識は凄く偏っていて、主に医療魔術分野にのみ特化してるのだけど…。
なんでそうなのかは分からないけどね。
そんな特殊な頭脳を持っているせいで、私は実年齢よりもずっと大人な性格になってる。
だから気味悪がられることもあるし、陰口を言われているのも知っている。
人とは違うことを不安に思ったことは何度もあったけど、その度にお兄様は「大丈夫。僕は何があっても傍にいるよ」と頭を撫でて何度も言ってくれた。
温かい大きな手に触れられると凄く心強くて、
金色の髪が太陽の輝きのように私の心を明るく照らしてくれて、
私を見つめる空色の瞳は真っすぐに“私”を見てくれて、
春の柔らかな日差しのような笑みで私の心を温めてくれて…
気づけばお兄様の事を男性として好きになっていた。
でも、その想いが叶わないことも知っている。
だって、お兄様には既に婚約者がいらっしゃるのだから。
「フレッド様。ロザリー様がいらっしゃいました」
執事がそう言いながらお茶をしていた離れのコンサバトリーに入って来た。
ロザリー様。彼女がフレッドお兄様の婚約者。
美しい鮮やかな緋色の髪に透き通るような肌。スラリとした肢体に似合わず豊満な胸。女性の私から見ても魅力的な方だ。
「はぁ…今日はクロエとお茶をすると言っていたのに」
「どうされますか?」
お兄様がため息交じりに言っているけど、半分仕方がないという表情だった。
ロザリー様はお兄様の親友の妹さんで、よく屋敷で会っていたこともあって気心も知れてるみたい。「仕方ないなぁ」と口では言っているけど決して嫌がっているわけじゃない。
「お兄様。私、そろそろ失礼しますね」
「気にすることないんだよ。いつものロザリーの我儘なんだから」
「いえ。大学入試も迫っているので勉強しなくては。では、お兄様。失礼しますね」
私はそう言ってコンサバトリーを出ると、入口にロザリー様が立っていらっしゃって、中から出た私と鉢合わせしてしまった。
「ごきげんよう、ロザリー様」
私が挨拶するけどロザリー様はこちらを睨むように見て、そのままコンサバトリーに入ってしまった。
すると直ぐにロザリー様の声が聞えて来た。
「またあの子来ていたの?2人きりで会わないでって言ったわよね」
あの子…というのはもちろん私の事。だから思わず足を止めてしまった。
「ごめん。彼女は試験前だからリラックスして欲しくてね」
「婚約者の私のお願いよりもあの子を優先するわけ?フレッドにとってあの子ってなんなの?私より大切なの?」
「彼女は…妹みたいなものだよ。君のことは大切に思ってるよ」
その言葉に胸がずきっとした。
そう、いつまでたってもお兄様の中で私は妹。
当たり前よね。私は10歳の子供、それに対してお兄様は24歳だ。
14歳も歳が離れていて、自分が恋愛対象ではないことは理解している。
だけどお兄様の口からそれを言われるとやっぱり辛い。
ちらりと後ろを振り向いたらお二人が抱き合っているのが見えて、私は逃げるように屋敷に帰った。
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