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イケメンを助けたら…①
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雑踏と喧噪。
行き交う人々に商人たちの呼び込みの威勢の良い声が響く。
ここ乾泰国の帝都砺波の市はいつもながらに活気づいていた。
日用品や生鮮食品の店に混じって食べ物の店も軒を連ねており、そこから香しい匂いが流れている。
たっぷりのたれをかけた鳥肉を炭火で焼く香ばしい匂い
肉汁たっぷりの餡が詰まったシュウマイを蒸かす匂い
餅の中に甘いあんこが入った団子を揚げる匂い
どれも由羅の鼻腔をくすぐり、食欲を刺激する匂いだった。
それにつられるように由羅のお腹もギュルルルと鳴るので、思わずお腹をさすりながら深いため息をついた。
(お腹空いた…)
目の前には様々な料理を売る店があるのに、先立つもののない由羅には買うことができない。
この街に来る間に路銀は底を付いてしまっており、もう3日はまともに食事をしていない。
(せめて用心棒の仕事でもあればいいんだけど)
由羅はそう思いながら腰に佩いた相棒の剣を触った。
この街に来るまでは行商人の用心棒を引き受けて路銀を稼いでいたのだが、この街ではなかなか仕事にありつけなかったのだ。
「はぁ…お腹空いた…死ぬ…」
由羅が何度目かのため息をついた時だった。
前方から恐ろしいほどの美丈夫がふらふらと歩いているのが見えた。
この国には珍しい金の髪を後ろに結わえている。
歩くとその金糸の様な長い髪が風に揺れ、日の光で輝くそれは男性が纏う空気さえも煌めく様に見えて、思わず目が引きつけられるようにじっと見てしまった。
男性の背は高く、すっきりとした鼻梁に決して切れ長ではないが涼しげな目元、薄い唇には笑みが湛えられている。
少しラフな格好ではあるが上質な生地の着物であることから良家のお坊ちゃんと言う感じだ。
こっちは饅頭一つ買うお金が無くて泣いているのに、良家と言うだけで何不自由なく暮らしているなんて理不尽だなと思いつつ見てしまう。
不意に男性がこちらを見て、水色の透き通った瞳が由羅を捕らえた気がした。
その時だった。その美丈夫に一人の男がぶつかった。
「おっと、失礼」
「…ったく気を付けやがれ!」
そう言って男は足早に去って行こうとする。
ぶつかった男は至って普通の恰好でで多少くたびれた着物にすり減った草履といういで立ちだが、その恰好が極めて異質かと言うとそうではなく、むしろ一般的な男性の恰好である。
それに混雑している市場では人とぶつかることもままあるので、この光景は至って普通の光景である。
だが由羅は気づいてしまった。
男が貴族の男から財布をスったことを
それが分かったと同時に由羅は立ち去ろうとする男に素早く近づいて言った。
「ちょっと、おじさん」
その言葉に良家の美丈夫と、平民の男が同時に足を止めた。
「な、なんだよ」
「おじさん、大人しくお兄さんにそれ返しなさいよ」
「はぁ?な、なんなんだよ」
「スったでしょ?財布」
「!く、くそ!」
スリの男が慌てて逃げようと踵を返して走った。
それを見ると同時に由羅は地面を蹴り、瞬時にスリの男へと追いつくと、そのまま腕を引いて後ろ手に締め上げて地面へと倒した。
「いででで」
「ほら、返しなさい」
「分かった!分かったから離せ!」
由羅は男の懐から金刺繍の入った立派な財布を取り出した。
それを後ろから良家の男がやって来たので由羅はその財布を差し出した。
「これ、お兄さんのでしょ?」
「あ、あぁ助かった」
「で、兄さんはこの男どうしたいです?警備隊に突き出します?行くなら一緒に行ってもいいですけど…」
若い良家の男は少し考える素振りをしたのち、首を振った。
「いや、こうして財布は戻ってきたのだし。今回は見逃してやってくれ」
「だって、良かったね」
由羅が手を離すと半分涙目になったスリの男が立ち上がった。
由羅がきつく締めあげたのがよほど痛かったのだろう。
肩を押さえながら立ち苛立ったようにこちらを見たのだが、由羅がほほ笑むと威勢は無くなり顔色が蒼白になった。
「ね、おじさん。あんまり堅気の人間に手を出すものじゃないよ?」
「ひぇっ」
由羅の顔こそ笑顔だったがその目に剣呑なものを感じたのだろう。
男は喉を鳴らし、「すみません!」と言いながら脱兎のごとく逃げて行った。
それを見送っていると、由羅に良家の男が声を掛けてきた。
「どうもありがとう」
「いえいえ、ちょっと目に入っただけなので」
「君にお礼がしたいんだけど」
「お礼…ですか?いえ、本当に目に入っただけなんで気にしないでください」
「まぁまぁそう言わずに」
男が食い下がるように言うが、由羅としては別に大した事をしたつもりはない。
礼を固辞しようとしたところで由羅のお腹が盛大になった
ぐるるるるる
由羅とてこのような一見男のような身なりだが一応女なのだ。
年頃の美丈夫の前で腹の虫を鳴らすのは非常に恥ずかしく、思わず赤面してしまう。
「えっと…」
「ははは、ちょうどそこにおすすめの料理屋があるんだ。そこに行かないか?」
「すみません。では…お言葉に甘えて」
男は小さくほほ笑むと、由羅を促して店へと向かった。
行き交う人々に商人たちの呼び込みの威勢の良い声が響く。
ここ乾泰国の帝都砺波の市はいつもながらに活気づいていた。
日用品や生鮮食品の店に混じって食べ物の店も軒を連ねており、そこから香しい匂いが流れている。
たっぷりのたれをかけた鳥肉を炭火で焼く香ばしい匂い
肉汁たっぷりの餡が詰まったシュウマイを蒸かす匂い
餅の中に甘いあんこが入った団子を揚げる匂い
どれも由羅の鼻腔をくすぐり、食欲を刺激する匂いだった。
それにつられるように由羅のお腹もギュルルルと鳴るので、思わずお腹をさすりながら深いため息をついた。
(お腹空いた…)
目の前には様々な料理を売る店があるのに、先立つもののない由羅には買うことができない。
この街に来る間に路銀は底を付いてしまっており、もう3日はまともに食事をしていない。
(せめて用心棒の仕事でもあればいいんだけど)
由羅はそう思いながら腰に佩いた相棒の剣を触った。
この街に来るまでは行商人の用心棒を引き受けて路銀を稼いでいたのだが、この街ではなかなか仕事にありつけなかったのだ。
「はぁ…お腹空いた…死ぬ…」
由羅が何度目かのため息をついた時だった。
前方から恐ろしいほどの美丈夫がふらふらと歩いているのが見えた。
この国には珍しい金の髪を後ろに結わえている。
歩くとその金糸の様な長い髪が風に揺れ、日の光で輝くそれは男性が纏う空気さえも煌めく様に見えて、思わず目が引きつけられるようにじっと見てしまった。
男性の背は高く、すっきりとした鼻梁に決して切れ長ではないが涼しげな目元、薄い唇には笑みが湛えられている。
少しラフな格好ではあるが上質な生地の着物であることから良家のお坊ちゃんと言う感じだ。
こっちは饅頭一つ買うお金が無くて泣いているのに、良家と言うだけで何不自由なく暮らしているなんて理不尽だなと思いつつ見てしまう。
不意に男性がこちらを見て、水色の透き通った瞳が由羅を捕らえた気がした。
その時だった。その美丈夫に一人の男がぶつかった。
「おっと、失礼」
「…ったく気を付けやがれ!」
そう言って男は足早に去って行こうとする。
ぶつかった男は至って普通の恰好でで多少くたびれた着物にすり減った草履といういで立ちだが、その恰好が極めて異質かと言うとそうではなく、むしろ一般的な男性の恰好である。
それに混雑している市場では人とぶつかることもままあるので、この光景は至って普通の光景である。
だが由羅は気づいてしまった。
男が貴族の男から財布をスったことを
それが分かったと同時に由羅は立ち去ろうとする男に素早く近づいて言った。
「ちょっと、おじさん」
その言葉に良家の美丈夫と、平民の男が同時に足を止めた。
「な、なんだよ」
「おじさん、大人しくお兄さんにそれ返しなさいよ」
「はぁ?な、なんなんだよ」
「スったでしょ?財布」
「!く、くそ!」
スリの男が慌てて逃げようと踵を返して走った。
それを見ると同時に由羅は地面を蹴り、瞬時にスリの男へと追いつくと、そのまま腕を引いて後ろ手に締め上げて地面へと倒した。
「いででで」
「ほら、返しなさい」
「分かった!分かったから離せ!」
由羅は男の懐から金刺繍の入った立派な財布を取り出した。
それを後ろから良家の男がやって来たので由羅はその財布を差し出した。
「これ、お兄さんのでしょ?」
「あ、あぁ助かった」
「で、兄さんはこの男どうしたいです?警備隊に突き出します?行くなら一緒に行ってもいいですけど…」
若い良家の男は少し考える素振りをしたのち、首を振った。
「いや、こうして財布は戻ってきたのだし。今回は見逃してやってくれ」
「だって、良かったね」
由羅が手を離すと半分涙目になったスリの男が立ち上がった。
由羅がきつく締めあげたのがよほど痛かったのだろう。
肩を押さえながら立ち苛立ったようにこちらを見たのだが、由羅がほほ笑むと威勢は無くなり顔色が蒼白になった。
「ね、おじさん。あんまり堅気の人間に手を出すものじゃないよ?」
「ひぇっ」
由羅の顔こそ笑顔だったがその目に剣呑なものを感じたのだろう。
男は喉を鳴らし、「すみません!」と言いながら脱兎のごとく逃げて行った。
それを見送っていると、由羅に良家の男が声を掛けてきた。
「どうもありがとう」
「いえいえ、ちょっと目に入っただけなので」
「君にお礼がしたいんだけど」
「お礼…ですか?いえ、本当に目に入っただけなんで気にしないでください」
「まぁまぁそう言わずに」
男が食い下がるように言うが、由羅としては別に大した事をしたつもりはない。
礼を固辞しようとしたところで由羅のお腹が盛大になった
ぐるるるるる
由羅とてこのような一見男のような身なりだが一応女なのだ。
年頃の美丈夫の前で腹の虫を鳴らすのは非常に恥ずかしく、思わず赤面してしまう。
「えっと…」
「ははは、ちょうどそこにおすすめの料理屋があるんだ。そこに行かないか?」
「すみません。では…お言葉に甘えて」
男は小さくほほ笑むと、由羅を促して店へと向かった。
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