19 / 27
予感②
しおりを挟む
ドン
と、いう太鼓の音で、ミランダの意識は再び戻された。気づくと音楽は終盤に差し掛かっている。
この演奏が終了した次は、いよいよミランダが神歌を歌う番となる。
だがミランダは神歌を歌うことに対して緊張よりも、憂鬱さが心を占めていた。
自分が神歌を歌えば、ユリヤは神の元にお嫁に行き、もう二度と会えなくなってしまうから……。
(そういえば、伝言を伝えた後のエリクお兄ちゃん、なんか様子が変だったなぁ……)
先ほど、祭りの開始前に社にいたエリクとようやく再開を果たすことができた。
そのときのエリクは、いつもと同じに優しかったが、少しだけ怖いようにミランダには感じられた。そして、アンリの伝言を伝えたときのエリクの表情は、今までミランダが見たことが無いほどに悲しそうで、辛そうだった。
自分が言った言葉が大好きなエリクを傷つけてしまったのか、とミランダは考えた。だが、アンリの伝言の何にそんなに傷ついたのか皆目検討がつかず、ミランダはますます憂鬱になっていた。
エリクの悲しそうだが何か決意を秘めた顔を、ミランダは思い出していた。
「エリクお兄ちゃん……どうしたの?」
と、祭りが始まる前の社の中で、ミランダは問いかけた。
だが、敬愛する義理兄は回答をはぐらかすように、含みを持たせた言葉を返してきた。
「ん?……どうもしないよ。ただ、祭りが終わったとき、僕たちはどうなっているんだろうね……」
「お兄ちゃん……なんだか怖い」
「えぇ!?僕が怖いのかい?……ミランダにそんなこと言われたら、悲しいな」
その声の調子はいつものエリクだった。気のせいなのかともミランダは思った。だが、それは打ち砕かれることとなる。
突然やってきた若い村人達。年のころはエリクとほぼ同じ世代だろう。皆、ミランダの知っている村人達だった。
「若長……。いよいよですね」
がっちりとした体つきの男が、興奮する気持ちを抑えきれないように言った。身に着けている衣服が普段着ではなく、祭りのための赤い装束を身に着けていることから察するに、この男もまた祭りにおいて重要な役割を担っているのだろうということが推測された。
「準備は?」
「ばっちりですぜ!!」
「そうだね。今日は……失敗は許されない。もし失敗したら、それが何を意味するか、皆分かっているね」
「もちろんです!でも、俺はこの村の生活にうんざりしていたんでさぁ!それに、若長の頼みだったら、何でもしますぜ!」
「そんな大きな声で言っては、外に聞こえてしまうよ」
興奮によって大きな声で力強く語る男を、エリクはたしなめる。他の若い村人達も同様に苦笑を浮かべ、その男をたしなめてはいたが、彼らに宿る瞳にも何かしらの興奮と決意が感じられた。
その熱気に、ミランダの心はざわついていた。
ともすれば一気に破滅へと誘われるような、そんな危うさが彼らにあったからだ。
だが、幼いミランダにはそのざわつきの正体が分からず、ただ不安げにその光景を見つめるしかなかった。
「村長は?」
「もうとっくに舞台へと行かれましたぜ」
「そう……か」
意を決したように前を向き、社を出たエリクに続き、ミランダもその後を追うように社の外に出た。
そこには、二十人ばかりの若い村人達が集まっていた。
彼らはエリクの姿を認めると、若長、エリク様と皆口々に言って出迎えた。そんな彼らを見て、エリクは社の階段から、一人ひとりの顔を見ながらゆっくりと言葉を紡いだ。
「皆、僕たちはこの村に縛られて生きてきた。だけど、僕たちは元は外の人間だ。犠牲は払ったが、僕たちが手にした力は絶大なものだ。この力を持って、僕たちは自由になる。この古い風習を打ち砕き、僕たちは自由を手に入れよう!」
おおっと、皆が歓声を漏らした。そして意を決したように、頷き合い興奮を押し殺すように神木の元へと向かっていった。
エリクはそれを見送ったまま、階段から微動だにせず、じっと神木がある湖畔の方向を見つめていた。が、くるりと後ろを見ると、ミランダの目線に合わせるように腰を屈めた。
そのままいつものようにミランダの頭をくしゃくしゃっと撫でる。
「ミランダ。このことは秘密だよ。誰にも言ってはいけないよ」
「エリク……お兄ちゃん……?」
「ミランダの神歌。楽しみにしているよ。さぁ、僕たちも神木に行こうか」
差し伸べられた手をとると、その手はいつもより少し冷たく、そして少しだけ震えているように、ミランダには感じられた。
ドン
再び太鼓が鳴らされる。それは演奏の最後の太鼓の音だった。激しくたたき鳴らされた太鼓は、最後に大きく打ち鳴らされると、笛の音も鈴の音も一斉に止まる。今まで震えていた空気は怪しげな熱だけを残して、張り詰めた糸のように止まった。
自分の鼓動だけが高鳴るのをミランダは感じ、自分の体を自らの腕で抱きしめる。この高鳴りは緊張からか、それとも恐れからか……。
「ミランダよ……さぁ、そなたの出番じゃ」
赤い装束を身に着けた村人達を従え、鎮座するように椅子に座る村長が、神歌を歌うようにミランダを促した。その低い声は、まるで死刑を告げる言葉のように、ミランダには重く感じられた。
これまでは神様のために歌うことは正しいことだと思っていたし、村長や村人達が喜ぶから歌を歌うことも大好きだった。
だが、祭りの意味に気づき始めた今では、神歌を歌うことがどうしようもなく嫌になった。
いつまで経っても動こうとしないミランダに村長が苛立たしげに声をかけた。
「ミランダ、早ようせんか!」
村人達がざわめく。神聖な祭りは、滞りなく行わなくてはならない。しかも、神歌が無くては、神へユリヤを捧げることができないからだ。
ミランダ様と、村人達が口々に不安そうに呼びかける。大人たちの声がぐるぐると回り、ミランダは耳を塞ぎ、俯いた。自分が歌うことで、ユリヤを失うことに比べれば、このくらいの抵抗はなんとも無い。
村人の一人がミランダを引きずるように立たせようと試みた。ミランダは必死でその場に留まろうと試みたが、ずるずると祭壇へと向かわされてしまう。
村の男が乱暴につかんだ腕は、契れそうな痛みをミランダにもたらしたが、ミランダは耐えた。ユリヤを失う心の方が、痛かったからだ。
「ええい!!ミランダ様、我侭が過ぎますぞ!!」
「いや、お歌を歌ったら、ユリヤお姉ちゃんと会えなくなっちゃう!!」
「ミランダ様、祭りの後はお覚悟されませ!厳しいお仕置きをいたしますぞ!」
「それでも嫌!」
暴れるミランダを数人の男が取り囲む。その迫り来る手が怖くて、ミランダは硬く目を瞑った。
「おやめください。大丈夫です。祭りはまだ始まったばかり……。少し、ミランダと話をさせてください…」
優しく細い声。だけどどこか凛としたその声の主に従って、男たちはミランダから手を離した。
「ユリヤ……お姉ちゃん」
赤い装束を身に着けている村人達とは違い、神の元へ嫁ぐユリヤは純白のドレスを身に着けていた。
決して過度な装飾品を身につけているわけではなく、むしろ質素すぎるドレスであったが、ユリヤの内面の美しさを引き出すように、柔らかく儚げで、そんなユリヤの姿はミランダにはとても美しく写った。
「ミランダ……さっき社にいたのに、会いにきてくれないから寂しかったわ」
「それは……」
エリクの頼みでリンを助けに行っていたのだが、エリクに口止めされていたため、ミランダはなんと答えてよいのか分からず、ユリヤから視線をそらせた。
だが、そんなミランダをやんわりと抱きしめて、ユリヤは耳元で囁いた。
「リンさんを、助けに行っていたのでしょう?」
「どうして分かったの?」
思わずユリヤの胸を押しのけて、見上げた。
ユリヤはいつものようにゆったりとした微笑を浮かべながら答える。
「ふふふ。だって、エリク兄さんはそんな冷たい人じゃないもの。だましたり、裏切ったり。それがミランダの命の恩人ならなおさらでしょ?……ねぇ、ミランダ」
「なぁに?」
「ミランダが義理妹で、良かった。私、この村では辛いことが多かったけど、エリク兄さんやミランダのおかげでとても幸せだった。だから、私がいなくなっても悲しまないで。村の皆がいるでしょ?」
「でも、寂しい……ユリヤお姉ちゃんがいなくなるの、嫌だもの」
「ふふふ。ミランダは欲張りさんね。……でも、ありがとう。ねぇ、ミランダ。最後に私のお願い、聞いてくれるかしら?」
普段、自分の願いを口にしないユリヤからの申し出に、ミランダは何かと思って嬉々として先を促した。自分にできることなら何でもしてあげたかった。
「最後に、ミランダのお歌が聞きたい。ミランダの神歌を聞きながら、私、神様の元に行きたいの」
「お姉ちゃん……」
あまりの衝撃だった。そのとき、ミランダはユリヤの覚悟を知った。そして、それに応えようと思った。
「分かった……。お姉ちゃんが望むなら、ミランダ歌うよ。……だから、ちゃんと聞いてね」
「うん。最高の歌を歌ってちょうだいな」
そういって、ユリヤはエリクがいつもやるように、ミランダの頭を撫でると、すっと立ち上がった。その視線の先には祭壇がある。ミランダが歌う場所。そして、ユリヤの旅立ちの場所。
「さぁ、行きましょう」
ユリヤに手を引かれるようにして、祭壇へと2人は歩み始め、やがてその階段を上った。
祭壇は神木のすぐ横に設けられており、舞台のように広かった。
ユリヤはそのまま舞台の中央へと歩みを進めるが、ミランダはそこまで足を踏み入れられないしきたりだ。
階段を上った直ぐのところで、ユリヤが位置につくのを静かに待った。
舞台の上には不思議な文様が描かれている。それは、丁度ユリヤの胸元を飾るようにある、赤い痣にも似ていた。
ユリヤが円陣の中央へ辿り着くと同時に、再び太鼓が鳴らされる。
これは祭りの最後を告げる音。そして神歌の始まりを告げる音。
ミランダはいつものようにすうと息を吸った。吸い込んだ空気は少しひんやりしており、ミランダは自分がその空気に満たされているような感覚を覚えた。
そして、そのまま言葉を紡ぎだす。その言葉は旋律となり、闇夜に溶けていく。
村を守りし黒き神
命の源わけ与え
我らの涙を寄り代に
この地に沈み この地に根付き
我らが願いを叶えしは
対価となりし人の子を
与えたもうて永遠となす
ミランダは歌った。愛する義理姉のために。一筋の涙を流しながら……。
と、いう太鼓の音で、ミランダの意識は再び戻された。気づくと音楽は終盤に差し掛かっている。
この演奏が終了した次は、いよいよミランダが神歌を歌う番となる。
だがミランダは神歌を歌うことに対して緊張よりも、憂鬱さが心を占めていた。
自分が神歌を歌えば、ユリヤは神の元にお嫁に行き、もう二度と会えなくなってしまうから……。
(そういえば、伝言を伝えた後のエリクお兄ちゃん、なんか様子が変だったなぁ……)
先ほど、祭りの開始前に社にいたエリクとようやく再開を果たすことができた。
そのときのエリクは、いつもと同じに優しかったが、少しだけ怖いようにミランダには感じられた。そして、アンリの伝言を伝えたときのエリクの表情は、今までミランダが見たことが無いほどに悲しそうで、辛そうだった。
自分が言った言葉が大好きなエリクを傷つけてしまったのか、とミランダは考えた。だが、アンリの伝言の何にそんなに傷ついたのか皆目検討がつかず、ミランダはますます憂鬱になっていた。
エリクの悲しそうだが何か決意を秘めた顔を、ミランダは思い出していた。
「エリクお兄ちゃん……どうしたの?」
と、祭りが始まる前の社の中で、ミランダは問いかけた。
だが、敬愛する義理兄は回答をはぐらかすように、含みを持たせた言葉を返してきた。
「ん?……どうもしないよ。ただ、祭りが終わったとき、僕たちはどうなっているんだろうね……」
「お兄ちゃん……なんだか怖い」
「えぇ!?僕が怖いのかい?……ミランダにそんなこと言われたら、悲しいな」
その声の調子はいつものエリクだった。気のせいなのかともミランダは思った。だが、それは打ち砕かれることとなる。
突然やってきた若い村人達。年のころはエリクとほぼ同じ世代だろう。皆、ミランダの知っている村人達だった。
「若長……。いよいよですね」
がっちりとした体つきの男が、興奮する気持ちを抑えきれないように言った。身に着けている衣服が普段着ではなく、祭りのための赤い装束を身に着けていることから察するに、この男もまた祭りにおいて重要な役割を担っているのだろうということが推測された。
「準備は?」
「ばっちりですぜ!!」
「そうだね。今日は……失敗は許されない。もし失敗したら、それが何を意味するか、皆分かっているね」
「もちろんです!でも、俺はこの村の生活にうんざりしていたんでさぁ!それに、若長の頼みだったら、何でもしますぜ!」
「そんな大きな声で言っては、外に聞こえてしまうよ」
興奮によって大きな声で力強く語る男を、エリクはたしなめる。他の若い村人達も同様に苦笑を浮かべ、その男をたしなめてはいたが、彼らに宿る瞳にも何かしらの興奮と決意が感じられた。
その熱気に、ミランダの心はざわついていた。
ともすれば一気に破滅へと誘われるような、そんな危うさが彼らにあったからだ。
だが、幼いミランダにはそのざわつきの正体が分からず、ただ不安げにその光景を見つめるしかなかった。
「村長は?」
「もうとっくに舞台へと行かれましたぜ」
「そう……か」
意を決したように前を向き、社を出たエリクに続き、ミランダもその後を追うように社の外に出た。
そこには、二十人ばかりの若い村人達が集まっていた。
彼らはエリクの姿を認めると、若長、エリク様と皆口々に言って出迎えた。そんな彼らを見て、エリクは社の階段から、一人ひとりの顔を見ながらゆっくりと言葉を紡いだ。
「皆、僕たちはこの村に縛られて生きてきた。だけど、僕たちは元は外の人間だ。犠牲は払ったが、僕たちが手にした力は絶大なものだ。この力を持って、僕たちは自由になる。この古い風習を打ち砕き、僕たちは自由を手に入れよう!」
おおっと、皆が歓声を漏らした。そして意を決したように、頷き合い興奮を押し殺すように神木の元へと向かっていった。
エリクはそれを見送ったまま、階段から微動だにせず、じっと神木がある湖畔の方向を見つめていた。が、くるりと後ろを見ると、ミランダの目線に合わせるように腰を屈めた。
そのままいつものようにミランダの頭をくしゃくしゃっと撫でる。
「ミランダ。このことは秘密だよ。誰にも言ってはいけないよ」
「エリク……お兄ちゃん……?」
「ミランダの神歌。楽しみにしているよ。さぁ、僕たちも神木に行こうか」
差し伸べられた手をとると、その手はいつもより少し冷たく、そして少しだけ震えているように、ミランダには感じられた。
ドン
再び太鼓が鳴らされる。それは演奏の最後の太鼓の音だった。激しくたたき鳴らされた太鼓は、最後に大きく打ち鳴らされると、笛の音も鈴の音も一斉に止まる。今まで震えていた空気は怪しげな熱だけを残して、張り詰めた糸のように止まった。
自分の鼓動だけが高鳴るのをミランダは感じ、自分の体を自らの腕で抱きしめる。この高鳴りは緊張からか、それとも恐れからか……。
「ミランダよ……さぁ、そなたの出番じゃ」
赤い装束を身に着けた村人達を従え、鎮座するように椅子に座る村長が、神歌を歌うようにミランダを促した。その低い声は、まるで死刑を告げる言葉のように、ミランダには重く感じられた。
これまでは神様のために歌うことは正しいことだと思っていたし、村長や村人達が喜ぶから歌を歌うことも大好きだった。
だが、祭りの意味に気づき始めた今では、神歌を歌うことがどうしようもなく嫌になった。
いつまで経っても動こうとしないミランダに村長が苛立たしげに声をかけた。
「ミランダ、早ようせんか!」
村人達がざわめく。神聖な祭りは、滞りなく行わなくてはならない。しかも、神歌が無くては、神へユリヤを捧げることができないからだ。
ミランダ様と、村人達が口々に不安そうに呼びかける。大人たちの声がぐるぐると回り、ミランダは耳を塞ぎ、俯いた。自分が歌うことで、ユリヤを失うことに比べれば、このくらいの抵抗はなんとも無い。
村人の一人がミランダを引きずるように立たせようと試みた。ミランダは必死でその場に留まろうと試みたが、ずるずると祭壇へと向かわされてしまう。
村の男が乱暴につかんだ腕は、契れそうな痛みをミランダにもたらしたが、ミランダは耐えた。ユリヤを失う心の方が、痛かったからだ。
「ええい!!ミランダ様、我侭が過ぎますぞ!!」
「いや、お歌を歌ったら、ユリヤお姉ちゃんと会えなくなっちゃう!!」
「ミランダ様、祭りの後はお覚悟されませ!厳しいお仕置きをいたしますぞ!」
「それでも嫌!」
暴れるミランダを数人の男が取り囲む。その迫り来る手が怖くて、ミランダは硬く目を瞑った。
「おやめください。大丈夫です。祭りはまだ始まったばかり……。少し、ミランダと話をさせてください…」
優しく細い声。だけどどこか凛としたその声の主に従って、男たちはミランダから手を離した。
「ユリヤ……お姉ちゃん」
赤い装束を身に着けている村人達とは違い、神の元へ嫁ぐユリヤは純白のドレスを身に着けていた。
決して過度な装飾品を身につけているわけではなく、むしろ質素すぎるドレスであったが、ユリヤの内面の美しさを引き出すように、柔らかく儚げで、そんなユリヤの姿はミランダにはとても美しく写った。
「ミランダ……さっき社にいたのに、会いにきてくれないから寂しかったわ」
「それは……」
エリクの頼みでリンを助けに行っていたのだが、エリクに口止めされていたため、ミランダはなんと答えてよいのか分からず、ユリヤから視線をそらせた。
だが、そんなミランダをやんわりと抱きしめて、ユリヤは耳元で囁いた。
「リンさんを、助けに行っていたのでしょう?」
「どうして分かったの?」
思わずユリヤの胸を押しのけて、見上げた。
ユリヤはいつものようにゆったりとした微笑を浮かべながら答える。
「ふふふ。だって、エリク兄さんはそんな冷たい人じゃないもの。だましたり、裏切ったり。それがミランダの命の恩人ならなおさらでしょ?……ねぇ、ミランダ」
「なぁに?」
「ミランダが義理妹で、良かった。私、この村では辛いことが多かったけど、エリク兄さんやミランダのおかげでとても幸せだった。だから、私がいなくなっても悲しまないで。村の皆がいるでしょ?」
「でも、寂しい……ユリヤお姉ちゃんがいなくなるの、嫌だもの」
「ふふふ。ミランダは欲張りさんね。……でも、ありがとう。ねぇ、ミランダ。最後に私のお願い、聞いてくれるかしら?」
普段、自分の願いを口にしないユリヤからの申し出に、ミランダは何かと思って嬉々として先を促した。自分にできることなら何でもしてあげたかった。
「最後に、ミランダのお歌が聞きたい。ミランダの神歌を聞きながら、私、神様の元に行きたいの」
「お姉ちゃん……」
あまりの衝撃だった。そのとき、ミランダはユリヤの覚悟を知った。そして、それに応えようと思った。
「分かった……。お姉ちゃんが望むなら、ミランダ歌うよ。……だから、ちゃんと聞いてね」
「うん。最高の歌を歌ってちょうだいな」
そういって、ユリヤはエリクがいつもやるように、ミランダの頭を撫でると、すっと立ち上がった。その視線の先には祭壇がある。ミランダが歌う場所。そして、ユリヤの旅立ちの場所。
「さぁ、行きましょう」
ユリヤに手を引かれるようにして、祭壇へと2人は歩み始め、やがてその階段を上った。
祭壇は神木のすぐ横に設けられており、舞台のように広かった。
ユリヤはそのまま舞台の中央へと歩みを進めるが、ミランダはそこまで足を踏み入れられないしきたりだ。
階段を上った直ぐのところで、ユリヤが位置につくのを静かに待った。
舞台の上には不思議な文様が描かれている。それは、丁度ユリヤの胸元を飾るようにある、赤い痣にも似ていた。
ユリヤが円陣の中央へ辿り着くと同時に、再び太鼓が鳴らされる。
これは祭りの最後を告げる音。そして神歌の始まりを告げる音。
ミランダはいつものようにすうと息を吸った。吸い込んだ空気は少しひんやりしており、ミランダは自分がその空気に満たされているような感覚を覚えた。
そして、そのまま言葉を紡ぎだす。その言葉は旋律となり、闇夜に溶けていく。
村を守りし黒き神
命の源わけ与え
我らの涙を寄り代に
この地に沈み この地に根付き
我らが願いを叶えしは
対価となりし人の子を
与えたもうて永遠となす
ミランダは歌った。愛する義理姉のために。一筋の涙を流しながら……。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
ステータス999でカンスト最強転移したけどHP10と最低ダメージ保障1の世界でスローライフが送れません!
矢立まほろ
ファンタジー
大学を卒業してサラリーマンとして働いていた田口エイタ。
彼は来る日も来る日も仕事仕事仕事と、社蓄人生真っ只中の自分に辟易していた。
そんな時、不慮の事故に巻き込まれてしまう。
目を覚ますとそこはまったく知らない異世界だった。
転生と同時に手に入れた最強のステータス。雑魚敵を圧倒的力で葬りさるその強力さに感動し、近頃流行の『異世界でスローライフ生活』を送れるものと思っていたエイタ。
しかし、そこには大きな罠が隠されていた。
ステータスは最強だが、HP上限はまさかのたった10。
それなのに、どんな攻撃を受けてもダメージの最低保証は1。
どれだけ最強でも、たった十回殴られただけで死ぬ謎のハードモードな世界であることが発覚する。おまけに、自分の命を狙ってくる少女まで現れて――。
それでも最強ステータスを活かして念願のスローライフ生活を送りたいエイタ。
果たして彼は、右も左もわからない異世界で、夢をかなえることができるのか。
可能な限りシリアスを排除した超コメディ異世界転移生活、はじまります。
スローライフとは何なのか? のんびり建国記
久遠 れんり
ファンタジー
突然の異世界転移。
ちょっとした事故により、もう世界の命運は、一緒に来た勇者くんに任せることにして、いきなり告白された彼女と、日本へ帰る事を少し思いながら、どこでもキャンプのできる異世界で、のんびり暮らそうと密かに心に決める。
だけどまあ、そんな事は夢の夢。
現実は、そんな考えを許してくれなかった。
三日と置かず、騒動は降ってくる。
基本は、いちゃこらファンタジーの予定。
そんな感じで、進みます。
ローグ・ナイト ~復讐者の研究記録~
mimiaizu
ファンタジー
迷宮に迷い込んでしまった少年がいた。憎しみが芽生え、復讐者へと豹変した少年は、迷宮を攻略したことで『前世』を手に入れる。それは少年をさらに変えるものだった。迷宮から脱出した少年は、【魔法】が差別と偏見を引き起こす世界で、復讐と大きな『謎』に挑むダークファンタジー。※小説家になろう様・カクヨム様でも投稿を始めました。
異世界転生 剣と魔術の世界
小沢アキラ
ファンタジー
普通の高校生《水樹和也》は、登山の最中に起きた不慮の事故に巻き込まれてしまい、崖から転落してしまった。
目を覚ますと、そこは自分がいた世界とは全く異なる世界だった。
人間と獣人族が暮らす世界《人界》へ降り立ってしまった和也は、元の世界に帰るために、人界の創造主とされる《創世神》が眠る中都へ旅立つ決意をする。
全三部構成の長編異世界転生物語。
『ラズーン』第六部
segakiyui
ファンタジー
統合府ラズーンの招聘を受けた小国セレドの皇女ユーノは、美貌の付き人アシャに支えられ、ラズーンに辿り着いたが、アシャはラズーンの『第一正統後継者』であり、世界は遥か昔の装置が生み出したものであり、しかも今は『運命(リマイン)』と呼ばれる異形の者達に脅かされていると知る。故国を守るため、引いては姉の想い人と思い込んでいる愛しいアシャを守るため、ぶつかり始めたラズーンと『運命(リマイン)』の決戦に赴くユーノは、アシャが自分を愛していることを知らない。アシャもまた、ユーノを守る誓いのために想いを告げることができない。2人の想いが重なり合うことはあるのか。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。
風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。
※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる