18 / 27
予感①
しおりを挟む
さっきまで赤紫だった空は、今はもう漆黒の闇に包まれていた。
一つ、二つと祭りのかがり火が灯される。とりわけ神木のそばにある社には、多くのかがり火が用意されているためか、神木が鮮やかに、幻想的に照らし出されていた。
闇夜に浮かぶ、真紅に染まった神木の花は、かがり火に照らされ一層妖艶さを増している。
祭りの開始を告げる太鼓の音が闇夜に吸い込まれるように鳴る。
はじめそれはゆっくりと、だがやがて激しさを増していき、加えて鈴の音と笛の音が合わせられる。
ミランダはその音を聞きながら、先ほどまでの出来事をぼうっと思い返していた。
(大人の考えることって……分からないよ……)
自分に分かっているのは、ただ、姉と慕っているユリヤと離れたくないということだけ。
だが、偶然出会い行動を共にしてきたリンもアンリをはじめ、いつも自分を守ってくれるエリクや村の義理兄姉たちは、何か違う思いを持って祭りに臨もうとしているようであった。
ミランダはリン達を助け出して、ここまで一緒に来たアンリの不可解な言動のことを思い出していた。
「ミランダ、すみません」
と、あの時アンリはなぜかミランダに謝ったのだ。
「どうやら、私が来たせいで、逆にイシューに狙われてしまったようです」
「アンリお兄ちゃんが、悪いの?」
理解できず問い返した言葉に、アンリはまぁそうですねという曖昧な返事で答えた。
イシューと呼ばれる存在をこれまでミランダは知らなかった。だが、先日初めて一人で村を抜け出し、夜の森へと駆け出したとき、その化け物と出会ってしまった。
闇を凝ったような四肢を持つ化け物だったが、目だけが以上に赤く光っていたのを鮮明に覚えている。
そしてまた今回、アンリと共に神木の湖畔まで行く道すがら、そのイシューがまたもや襲ってきたのだった。だが、意外にもターゲットとされたのは聖騎士であるアンリだった。
だが、そのイシューの攻撃をアンリは軽くながすと、こともなげに2匹のイシューを倒してしまった。
「お兄ちゃんも強いんだね!!」
「まぁ、リンのパートナーですから」
このくらいは当然とばかりに、顔色を変えないアンリであったが、ミランダとしては強くて綺麗なリンとアンリの姿に大興奮であった。
「すっごいお兄ちゃん!!」
戦闘中、茂みに隠れていたミランダは思わずアンリに駆け寄ろうとした、そのときだった。
黒い塊が視界の隅に入った。
鋭い咆哮には聞き覚えがある。もう、何度聞いても肌があわ立つその声の主は、イシューだ。
迂闊に茂みから出てしまったばかりに、標的にされたミランダは、今度こそもう駄目だと思った。
「ミランダ!!」
とたん、ミランダの腕はアンリにつかまれ、そのまま抱きかかえられるようにミランダはすっぽりとアンリに覆われてしまった。
この状態ではアンリがイシューにやられてしまう。イシューに背を向ける形となったこの状態では、いくらアンリが優秀な聖騎士であろうとも、無傷ではすまないだろう。
ミランダが戸惑いを覚える間もなく、ぎゃんという悲鳴と、鈍い音がした。
「『女神の盾』の力?……まさか!?」
呟きながら体を離したアンリの後ろに、いつの間にか緩やかな金髪の女性がただずんでいることに、ミランダは気づいた。
彼女が何かを呟くと、その手から眩いばかりの光がほとばしり、身動きが取れないイシューに向かって放たれた。
イシューはその光に飲み込まれると、そのままバキバキと音を立てて固まっていく。そして、自らの重みに耐えかねたように、黒い欠片となって崩れ落ちた。
その様子をアンリもまた、信じられないものでも見るかの様にその女性を見つめていた。
「クリス様……」
振り向いた女性は日の光を封じたような見事な金の巻き毛に、蒼穹の双眸を有していた。そして何故か白く、光り輝いているようにミランダには見えた。
『アンリ……もう一人の私の愛し子。』
彼女は愛おしそうにアンリを見つめた。それは慈愛に満ちた表情であった。
ミランダは孤児であったため、本当の両親を知らないが、その女性の微笑の中に、『母親』というものを感じた。
しばしの静寂。その後、女性は何も言わず、たた微笑んだだけであったが、アンリは何かが分かったようにうなずいて答えた。
「大丈夫です。リンは……私が守ります」
その返答に満足したように女性は頷くと、すうっと消えてしまった。
そして辺りは再び闇に飲まれ静寂に包まれた。今までのことがまるで夢だったかのように……。
「本当にあの人も、心配性ですね。でも……助かりました」
誰に言うとも無く、今まで女性が佇んでいた場所に向かってアンリは微笑みながら言った。
「ミランダ。大丈夫ですか?」
「うん。アンリお兄ちゃんも大丈夫?」
「ええ。私は大丈夫です。ただ申し訳ありません。ミランダとは一緒に行けなくなりました。」
アンリは優しく微笑むと、すっと森の先を指差した。
「ミランダ。神木の湖畔はすぐそこです。私は今からリンを迎えに行かなくてはならないので、ここでお別れです。ですが、一つお願いしてもよろしいでしょうか?」
突然突きつけられた別れに、ミランダは戸惑いながらも頷いた。
薄暗くなった森を一人で行くのは不安だったけど、リンを心配しているアンリのこともまた理解できたからだ。
「なあに?」
「エリクに、伝えてほしいのです」
「うん。いいよ!!」
アンリは静かに告げた。“あなたの思いは強運を引き寄せた。女神ラーダはあなたを救う”と。
それはミランダにとって難しい言葉だった。ラーダというのがいったい何なのかは分からなかったが、“救う”というその言葉だけでも、ミランダには希望に思えた。
「分かった、必ず伝えるね。アンリお兄ちゃんも、気をつけてね!!」
そうして、ミランダとアンリは別れたのだった。
一つ、二つと祭りのかがり火が灯される。とりわけ神木のそばにある社には、多くのかがり火が用意されているためか、神木が鮮やかに、幻想的に照らし出されていた。
闇夜に浮かぶ、真紅に染まった神木の花は、かがり火に照らされ一層妖艶さを増している。
祭りの開始を告げる太鼓の音が闇夜に吸い込まれるように鳴る。
はじめそれはゆっくりと、だがやがて激しさを増していき、加えて鈴の音と笛の音が合わせられる。
ミランダはその音を聞きながら、先ほどまでの出来事をぼうっと思い返していた。
(大人の考えることって……分からないよ……)
自分に分かっているのは、ただ、姉と慕っているユリヤと離れたくないということだけ。
だが、偶然出会い行動を共にしてきたリンもアンリをはじめ、いつも自分を守ってくれるエリクや村の義理兄姉たちは、何か違う思いを持って祭りに臨もうとしているようであった。
ミランダはリン達を助け出して、ここまで一緒に来たアンリの不可解な言動のことを思い出していた。
「ミランダ、すみません」
と、あの時アンリはなぜかミランダに謝ったのだ。
「どうやら、私が来たせいで、逆にイシューに狙われてしまったようです」
「アンリお兄ちゃんが、悪いの?」
理解できず問い返した言葉に、アンリはまぁそうですねという曖昧な返事で答えた。
イシューと呼ばれる存在をこれまでミランダは知らなかった。だが、先日初めて一人で村を抜け出し、夜の森へと駆け出したとき、その化け物と出会ってしまった。
闇を凝ったような四肢を持つ化け物だったが、目だけが以上に赤く光っていたのを鮮明に覚えている。
そしてまた今回、アンリと共に神木の湖畔まで行く道すがら、そのイシューがまたもや襲ってきたのだった。だが、意外にもターゲットとされたのは聖騎士であるアンリだった。
だが、そのイシューの攻撃をアンリは軽くながすと、こともなげに2匹のイシューを倒してしまった。
「お兄ちゃんも強いんだね!!」
「まぁ、リンのパートナーですから」
このくらいは当然とばかりに、顔色を変えないアンリであったが、ミランダとしては強くて綺麗なリンとアンリの姿に大興奮であった。
「すっごいお兄ちゃん!!」
戦闘中、茂みに隠れていたミランダは思わずアンリに駆け寄ろうとした、そのときだった。
黒い塊が視界の隅に入った。
鋭い咆哮には聞き覚えがある。もう、何度聞いても肌があわ立つその声の主は、イシューだ。
迂闊に茂みから出てしまったばかりに、標的にされたミランダは、今度こそもう駄目だと思った。
「ミランダ!!」
とたん、ミランダの腕はアンリにつかまれ、そのまま抱きかかえられるようにミランダはすっぽりとアンリに覆われてしまった。
この状態ではアンリがイシューにやられてしまう。イシューに背を向ける形となったこの状態では、いくらアンリが優秀な聖騎士であろうとも、無傷ではすまないだろう。
ミランダが戸惑いを覚える間もなく、ぎゃんという悲鳴と、鈍い音がした。
「『女神の盾』の力?……まさか!?」
呟きながら体を離したアンリの後ろに、いつの間にか緩やかな金髪の女性がただずんでいることに、ミランダは気づいた。
彼女が何かを呟くと、その手から眩いばかりの光がほとばしり、身動きが取れないイシューに向かって放たれた。
イシューはその光に飲み込まれると、そのままバキバキと音を立てて固まっていく。そして、自らの重みに耐えかねたように、黒い欠片となって崩れ落ちた。
その様子をアンリもまた、信じられないものでも見るかの様にその女性を見つめていた。
「クリス様……」
振り向いた女性は日の光を封じたような見事な金の巻き毛に、蒼穹の双眸を有していた。そして何故か白く、光り輝いているようにミランダには見えた。
『アンリ……もう一人の私の愛し子。』
彼女は愛おしそうにアンリを見つめた。それは慈愛に満ちた表情であった。
ミランダは孤児であったため、本当の両親を知らないが、その女性の微笑の中に、『母親』というものを感じた。
しばしの静寂。その後、女性は何も言わず、たた微笑んだだけであったが、アンリは何かが分かったようにうなずいて答えた。
「大丈夫です。リンは……私が守ります」
その返答に満足したように女性は頷くと、すうっと消えてしまった。
そして辺りは再び闇に飲まれ静寂に包まれた。今までのことがまるで夢だったかのように……。
「本当にあの人も、心配性ですね。でも……助かりました」
誰に言うとも無く、今まで女性が佇んでいた場所に向かってアンリは微笑みながら言った。
「ミランダ。大丈夫ですか?」
「うん。アンリお兄ちゃんも大丈夫?」
「ええ。私は大丈夫です。ただ申し訳ありません。ミランダとは一緒に行けなくなりました。」
アンリは優しく微笑むと、すっと森の先を指差した。
「ミランダ。神木の湖畔はすぐそこです。私は今からリンを迎えに行かなくてはならないので、ここでお別れです。ですが、一つお願いしてもよろしいでしょうか?」
突然突きつけられた別れに、ミランダは戸惑いながらも頷いた。
薄暗くなった森を一人で行くのは不安だったけど、リンを心配しているアンリのこともまた理解できたからだ。
「なあに?」
「エリクに、伝えてほしいのです」
「うん。いいよ!!」
アンリは静かに告げた。“あなたの思いは強運を引き寄せた。女神ラーダはあなたを救う”と。
それはミランダにとって難しい言葉だった。ラーダというのがいったい何なのかは分からなかったが、“救う”というその言葉だけでも、ミランダには希望に思えた。
「分かった、必ず伝えるね。アンリお兄ちゃんも、気をつけてね!!」
そうして、ミランダとアンリは別れたのだった。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
あやかし警察おとり捜査課
紫音@キャラ文芸大賞参加中!
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。
しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。
反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。
白の魔女の世界救済譚
月乃彰
ファンタジー
※当作品は「小説家になろう」と「カクヨム」にも投稿されています。
白の魔女、エスト。彼女はその六百年間、『欲望』を叶えるべく過ごしていた。
しかしある日、700年前、大陸の中央部の国々を滅ぼしたとされる黒の魔女が復活した報せを聞き、エストは自らの『欲望』のため、黒の魔女を打倒することを決意した。
そしてそんな時、ウェレール王国は異世界人の召喚を行おうとしていた。黒の魔女であれば、他者の支配など簡単ということを知らずに──。
加護を疑われ婚約破棄された後、帝国皇子の契約妃になって隣国を豊かに立て直しました
黎
ファンタジー
幼い頃、神獣ヴァレンの加護を期待され、ロザリアは王家に買い取られて王子の婚約者となった。しかし、侍女を取り上げられ、将来の王妃だからと都合よく仕事を押し付けられ、一方で、公爵令嬢があたかも王子の婚約者であるかのように振る舞う。そんな風に冷遇されながらも、ロザリアはヴァレンと共にたくましく生き続けてきた。
そんな中、王子がロザリアに「君との婚約では神獣の加護を感じたことがない。公爵令嬢が加護を持つと判明したし、彼女と結婚する」と婚約破棄をつきつける。
家も職も金も失ったロザリアは、偶然出会った帝国皇子ラウレンツに雇われることになる。元皇妃の暴政で荒廃した帝国を立て直そうとする彼の契約妃となったロザリアは、ヴァレンの力と自身の知恵と経験を駆使し、帝国を豊かに復興させていき、帝国とラウレンツの心に希望を灯す存在となっていく。
*短編に続きをとのお声をたくさんいただき、始めることになりました。引き続きよろしくお願いします。
転生したけど平民でした!もふもふ達と楽しく暮らす予定です。
まゆら
ファンタジー
回収が出来ていないフラグがある中、一応完結しているというツッコミどころ満載な初めて書いたファンタジー小説です。
温かい気持ちでお読み頂けたら幸い至極であります。
異世界に転生したのはいいけど悪役令嬢とかヒロインとかになれなかった私。平民でチートもないらしい‥どうやったら楽しく異世界で暮らせますか?
魔力があるかはわかりませんが何故か神様から守護獣が遣わされたようです。
平民なんですがもしかして私って聖女候補?
脳筋美女と愛猫が繰り広げる行きあたりばったりファンタジー!なのか?
常に何処かで大食いバトルが開催中!
登場人物ほぼ甘党!
ファンタジー要素薄め!?かもしれない?
母ミレディアが実は隣国出身の聖女だとわかったので、私も聖女にならないか?とお誘いがくるとか、こないとか‥
◇◇◇◇
現在、ジュビア王国とアーライ神国のお話を見やすくなるよう改稿しております。
しばらくは、桜庵のお話が中心となりますが影の薄いヒロインを忘れないで下さい!
転生もふもふのスピンオフ!
アーライ神国のお話は、国外に追放された聖女は隣国で…
母ミレディアの娘時代のお話は、婚約破棄され国外追放になった姫は最強冒険者になり転生者の嫁になり溺愛される
こちらもよろしくお願いします。
婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る
拓海のり
ファンタジー
階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。
頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。
破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。
ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。
タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。
完結しました。ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる