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脱出②
しおりを挟む細く続く階段は螺旋を描きながら地下奥深くへと下って行く。
リンとアンリは階段の途中で見つけた蝋燭を片手に、階段を一歩一歩と慎重に進んでいた。
やがてたどり着いた先には、古びた鉄の扉が、来るものを拒むように重厚な面持ちで存在していた。
リンはアンリに目配せをし、意を決してゆっくりと扉を開く。
アンリは短刀を数本出現させると、いつでも攻撃が出来るように、壁へと身を寄せ、部屋の中の気を集中させる。
ギィイという軋む音と共に扉が開き、中からは何かすさんだ生臭い匂いがし、リンの鼻腔をついた。
アンリが身を部屋へと滑り込ませたが、中には人の気配はなく、ただただ暗闇が広がっているように思えた。
リンが明かりをもって部屋に入ると、ようやく部屋の内情がわかった。
だがそれは新たな驚愕を二人にもたらすこととなった。
「!!これは!」
部屋一面朱に染まっている。
その中に、革紐や血に塗れた鋭利な刃物が無造作に置かれていた。
アンリが一歩足を踏み出すと、ポチャリという水音が部屋に響き、リンはほとんど無意識で足元に視線を下ろした。
蝋燭の光に照らされたのは、水ではなくどす黒く変色した血溜りだった。
「う……」
リンはそれを認めるとあまりの衝撃で二の句が告げず、顔をしかめた。
「リン……外に出ましょう」
アンリに促されたリンは踵を返して扉の外に向かおうとした。
その視界の隅に、キラリと光った何かを見つけ、リンはそれが何か確かめようと部屋の中央まで足を進めた。
「リン?どうしたのですか?」
「今、何か光った」
「もしかして……これですか?」
アンリが血溜りの中から見つけた光るものを手に取る。
はじめそれは血にまみれていたため、何かわからなかったが、アンリが丁寧にその血をふき取ると、2人はその存在に驚愕の表情を浮かべた。
「これは……」
「女神の……涙。どうしてここに!?」
その手には青い涙型の石があった。
「騎士達は……ここにいたんだわ」
そして、リンはその一欠片からある結論にたどり着いた。
「なんてこと……。犯人は……村人達だわ!」
「イシューではなく、村人が騎士達を惨殺したと?そんな、騎士たちはラスフィンヌの第一部隊の人間ですよ。そんな、一介の村人達が太刀打ちできるとは思えません。不可能です」
「確かに、イシューと互角に戦う騎士が村人相手に簡単にやられるとは思えない。でも、可能性ならあるわ」
リンはそういうと血に染まった道具と共に置かれた小さな袋をつまみあげた。
そしてその袋の中身を手に取ると、中からは薄紫色の粉末が出てきた。
「アンリ、覚えている?ラスフィンヌ領主の奥方の証言。『馬車が故障したとき、不意に紫色の煙に包まれて、意識が朦朧としてしまった』って」
「まさか、それが!?」
「そう、たぶん騎士達はこれを嗅がされて、抵抗もできないままに殺されたんだと思う。そして遺体をイシュー、いいえ、悪魔の仕業に見立てて森に捨てたんだわ」
「確かにこの量の血液を考えると、そう考えざるを得ないですね……。でもなんのために?」
「牽制かもしれないわ。せっかく攫った子供を奪われたら困るでしょうし、何よりも騎士がまたこられたら、次もうまく対処できるか難しいでしょうからね。悪魔の仕業にすれば、騎士たちもむやみやたらと森に入ってこないでしょうから」
アンリは沈痛な面持ちで、部屋の惨状を見つめていた。
ここで死んだ騎士達は、何を見て、何を思って死んだのだろう。
薬によって苦しまずに死んだことがせめてもの救いだったのではないだろうかと、リンは思った。
アンリが声を絞り出すようにリンを促して言った。
「ここを出ましょう。そして、エリクさんを探して真相を聞きましょう。私達の任務は、子供の奪還ですから」
「うん……そうね。早く、子供達を助けてあげなくちゃ」
騎士たちの無残な最期を知って、子供達の身も危ないかもしれないという危機感が一気に増した。
リンは悲惨な事実を押し隠すように、重い鉄の扉を閉じ、もと来た階段を戻り始めた。
※ ※ ※ ※
ガシャンという盛大な音が、牢獄に響き渡った。
幸いにして、牢獄にはリンたちの他に囚人はいないようで、そのためか見張りもまたいない状態だった。
今夜はユリヤが神の元へ嫁ぐ祭りの夜であることも、見張りがいない要因かもしれない。
だが、この状態はリンたちが行動するにはもってこいの状況であった。
アンリは地下の部屋から持ってきた大振りの斧を再び豪快に振り下ろした。
だが、当たり前ながら鍵は反対にあるため、思うように壊すことができなかった。
「なんで壊れないのよ!!」
「ま、簡単に壊れるくらいなら、地下室にこんなもの置いていないでしょうね」
アンリが冷静に、もっともなことを言う。
しばし牢屋の錠と格闘していたが、安易には開くことができず、リンもアンリも途方に暮れていた。
リンは空腹を覚えて大の字に寝転んだ。
「リン?大丈夫ですか?」
「うん……大丈夫……だけど、おなか空いた……」
「そうですね。昨夜、この村に来てから何も食べてないですしね」
「はぁ……カザンでもっと食べておけばよかった……」
と、溜息混じりにつぶやくリンであったが、アンリはそれを聞いて、あれ以上食べるのかと内心思った。
言えばリンの機嫌を損ねてしまうので敢えては口にしなかったが……。
気付けば先ほどまで真上にあった太陽が、今は少し傾きはじめていることにリンは気づいた。
もう昼も過ぎてしまっている。
祭りが始まる慌しさに乗じてこの村を抜けたいリン達にとって、ここにじっくり腰を落ち着けている余裕はない。
倒れこんだまま、リンは目を瞑り牢獄を抜け出す方法はないかと、頭を廻らせた。
格子の入った天窓から入るわずかな光を感じる。
外からは人の声はせず、代わりに鳥や虫の声が聞こえるだけであった。
が、ふと遠くから何かの物音を聞いた気がして、リンはがばっと起きた。
「リンも、気づいたのですね?」
「えぇ。誰か来る……」
この音の主は、リン達にとって救いの天使となるか、それとも破滅の悪魔となるか。
リンが鉄格子の外の通路をじっと見つめていると、それが現れた。
「いた!!」
「……ミランダ!!」
「お姉ちゃん、お兄ちゃん、助けにきたよ!」
ミランダは少し誇らしげに言った。
「ちょとまって、鍵は……これだ!!」
そういってポケットから鍵の束を出すと、リン達の牢屋の鍵を見つけ出し、開錠した。
「ミランダ、どうしてここに?」
リンは信じられないものを見るように、ミランダに問いかけた。
「あのね、エリクお兄ちゃんに頼まれたの。お姉ちゃんたちを助けるようにって」
「エリクが?」
「そうだよ」
これは罠だろうか、と一瞬リンは考えた。
だが、自分たちを助け出してもエリクには何のメリットもない。
そもそも、村人に自分たちの存在を知らせ、捕らえた張本人であるエリクが自分たちを逃がそうとすること自体考えられないことである。
で、あるならば、この誘いに乗るしかリンとアンリに残された選択肢はないのだ。
アンリも同じことを思ったのだろう。
リンの考えを読み取ったかのように、後押しをした。
「リン、行きましょう」
「そうね……。どの道、助けは欲しかったのだし」
「あ、ミランダね、祭りの前までに戻らなくちゃいけないの」
「どこに戻るの?」
言外に急げと告げるミランダに、リンは尋ねた。
「ご神木のところだよ。ミランダ、お歌を歌う役目があるの。長様とかお兄ちゃん、ユリヤお姉ちゃん達はもうご神木のところに行ってしまったんだけど、ミランダは抜け出してきたの」
「そう、ミランダ、ありがとう!」
「ううん。お姉ちゃん達に助けてもらったから、今度はミランダがお姉ちゃん達を助けるね!!」
「リン、行きましょう。いつ見張りが来るかわかりません」
アンリに促されて、リンはうなずいた。
「そうね。じゃ、ミランダよろしくね。頼りにしてるわ!」
「まっかせて!!」
ドン、と自分の胸をこぶしでたたきつつ、ミランダは勢いよく言った。
こうして、リン達は牢獄を後にした。すべてを終わらせるために。
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