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潜入
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リンとアンリはミランダ案内で、森の中を進んでいた。
聖騎士という仕事柄、闇の中でも目が利き、方向感覚も一般人のそれよりも優れているはずであったが、リンとアンリは既にガザンへの道筋が分からなくなっていた。
それほどまでに縦横無尽、道なき道を3人は進んでいた。
正直、本当にこの先にミランダの言っている村があるのか、リンは疑わしく思い始め、思わずミランダに尋ねた。
「ミ、ミランダ……本当にこの道(?)で合ってるの?」
「うん。だいじょうぶ。……たぶん」
「たぶんって……」
ミランダの返答にリンは脱力しそうになった。
「まぁ、まぁ、リン。迷ったとしても、朝になれば何とかなりますよ」
「確かに、そうかも知れないけど…」
「あ、着いた」
不意にミランダは明るい声で言った。
その様子を見ると、本人も帰り道が正しいか、不安だったようである。
夜の森を出歩いたのは始めてであったということを、そしてミランダが五歳という幼い子供であることを思い出し、リンは自分の度量の狭さを反省した。
敢えて明るくミランダを励ましていたアンリの態度はさすがといえるだろう。
とは言うものの、三人の目の前には、リンの背丈よりも大きな岩が幾重にも重なった岩場が圧倒的な存在感を持って立ちはだかっている。
それはリンは体を反らせて見上げた。
「ミランダ……これ村っていうの?」
「うん。これが一番の近道なの」
と言うミランダの返答から、これが村への道だと察することができた。
だが、どこにも入り口らしいものはなく、リンは訝しげにその岩を見つめた。
そっと触れる。
確かにある手ごたえ。
リンはどこに入り口があるのかと、巨石をぺたぺたと触っていた。
そんなリンの様子など気にすることもなく、ミランダは静かに言葉を紡ぎ始めた。
我はこの地に住まいしもの
古来よりの契約により、
この地に根をおろしたものの末裔なり
だが、ミランダが静かに呪文を唱えると、その岩の感触が一気になくなり、リンはそのまま前のめりに倒れこんだ。
「わ!!痛ったーい!!」
「リン、どこに行ったのですか!?」
扉となっていた岩がなくなり、中の洞窟へ入ったようだ。
先ほどまでリンが立っていた場所にはアンリとミランダが月明かりに照らされて、立っているのが見える。
「リン!!」
慌てたようにアンリが声を荒げた。
まるで自分が見えていないかのように。
「アンリ!どうしたの?」
「リン、無事なのですね?突然消えてしまって……どこにいらっしゃるのです!?」
「どこって……アンリの目の前だよ?」
目の前に立ってもあらぬ方向を見つめるアンリ。
リンはそんなアンリに手を伸ばそうとした。だが、見えない壁に遮られ、アンリに触れられなかった。
「大丈夫だよ。呪文の後、一緒に入ればへいきだよ」
ミランダはにっこりと微笑むと再び呪文を唱え、アンリの手を引いて洞窟の中へと入ってきた。
「い、今のは?」
「これは、村をまもるためなんだって。村の人も知らない言葉なんだけど、お兄ちゃんがこっそり教えてくれたの」
「……呪文が無いと入れない。そうか!結界の一種で村を包んでいるんだわ」
通りで村の存在が公になっていないはずだ、とリンは思った。
「これでは、ミランダの呪文が分からなくては出て行くことも出来ないですね」
アンリに言われてリンは気づいた。
確かに先ほどアンリの元に手を伸ばしたときに、見えない壁に阻まれ、触れることが叶わなかった。
「もう……進むしかないってことよね」
「とうにそのつもりでしたが、ここまで何の準備もしないで乗り込むことになるとは…」
予想だにしなかった展開に、リンもアンリも状況を把握するので手一杯だというのが、二人に共通した思いであった。
※ ※ ※
暗くじめじめした洞窟を三人は進む。
夜の森も恐ろしいものだが、それとはまた違った気味の悪さをリンはひしひしと感じていた。
ねっとりと張り付くような、べとべとした風がリンの肌を触った。
空気はすさんでおり、虫の声一つしない。
そんな洞窟の中をどれほど進んだであろう。
よどんだ空気の流れの中で、ようやく一筋の新鮮な空気をリンは感じた。
やがてそれは濃度を増し、草の葉のにおいをまとい始める。
「やった!!村に戻ってきた!!」
洞窟を抜けると、そこは高台の道となっており、眼下には集落らしきものが点在していることが確認できた。
噂に聞いたように、四方を高い岩壁に囲まれているが、田畑には青々とした緑が生い茂っているようである。
「村が……本当にありましたね」
「よくもまぁ、こんなところに住もうと思ったわよね…」
「まぁ、住めば都といいますし」
ガザンで森の中の村の存在を聞いたときは半信半疑であったが、まさかその数時間後にその幻の村に辿り着くとはあの時のリンには予想もしていなかった。
「お姉ちゃんとお兄ちゃんを、お姉ちゃんとお兄ちゃんに紹介するね!!」
「お姉ちゃん……あ、もしかしてミランダがさっき言っていたお嫁にいくお姉さんのこと??」
「うん。今日は、おまつりの準備で皆忙しいから、会うのは今日しかないの……」
「アンリ?」
突然足を止めたアンリをリンは振り返った。
「誰か来ます!」
「村の人かしら?」
そう呟いたリンの耳にも、やがて村人の声が聞こえた。
「ミランダ様ぁ~」
「ミランダ様、どこにいった~」
村人達が口々にミランダの名前を呼んでいる。
どうやら、夜に村を抜け出したミランダを、村人総手で探しているらしい。
やがてその声とともに、一つの灯りが3人の元に近づいているのが分かった。
前方の明かりは徐々に大きくなり、灯りを手にした人物のシルエットまではっきりと分かる。
「あ、あれ、家の人だ!!」
その人物は、ミランダの顔見知りだったようで、ミランダは灯りを手にした女性の下へと駆け出した。
「まったく、祭りの準備もしなくちゃいけないのに……み、ミランダ様!!どこにいらしたのですか!?」
「ちょっと、おさんぽに行っていて、道にまよって、おねえさんとお兄さんにたすけられて……」
「お兄さん、お姉さんですか?でもエリク様は先ほどまで一緒でしたけど」
「ううん、エリク兄さまじゃないの。もっと大きいお兄さん」
「もっと、大きいって……」
「おねえちゃーん、おにーちゃーん」
振り返って手招きするミランダに呼ばれ、リンとアンリはミランダと迎えに来た女性の元へと行った。
「このお姉ちゃんと、お兄ちゃんが助けてくれたの!」
意気揚々と話すミランダとは対象的に、女性はまるで化け物を見たような顔でリンとアンリを見て、そして叫んだ。
「きゃー!!悪魔よ、また悪魔が来た!!お、長様に!!長様に知らせなくては……」
恐怖で顔を引きつらせたまま、女性はそう言い放つと、持っていた灯りを放り投げて一目散に元来た道を駆けていった。
「は、誰が悪魔よ!!失礼ね!!」
「リン、それよりも、村人の反応が変です」
その女性の叫びに反応するかのように、離れたところから男達の声が聞こえてきた。
「今の叫びは!?」
「あ、悪魔だって!?誰が引き入れたんだ!!」
「祭りが近いのに、何てことだ!!」
「馬鹿な!子供は呪文を知らない。逃げられるわけがない!!」
「兎に角、手分けして探せ!!」
村人たちの異様な雰囲気を察し、リンとアンリはとりあえず、近くの茂みに身を隠した。
「み、ミランダ!?」
ミランダもつられるように、リンとアンリと共に茂みに隠れた。
「だって、ミランダ一人で家に帰るのこわいんだもん!」
「し、静かに!」
息を殺し、茂みから様子を見ていると、男達が手に手に武器を持ち、どやどやとやってきた。
「いないぞ!!」
「そんな!さっきまで、ここにいたんだよぉ!」
「ミランダ様もいないぞ!」
「まさか、連れ去られたんじゃ!!」
「そうだ、そうに決まっている!急いで入り口を固めるんだ!!」
そういうと、村人達はリンたちが入ってきた洞窟へと向かった。
やがて、人の気配が完全に消えると、リンは茂みから通りへと躍り出た。
そして体についた草葉を払いながら憎憎しげに言った。
「何、この雰囲気。なんか私たちが悪者みたいじゃない!」
「どうやら我々は招かれざる客のようですね。この村は、外部のものを排除しようとしているようです」
「あれだけの結界を張っていることといい、外部との関係を完璧に絶っていることといい、この村、怪しすぎるわ……」
「それにしても困りましたね。どうやって帰りましょうか?」
アンリの言うとおり、先ほどの入り口は村人が見張りに立っているため、すぐには帰れないだろう。
「そういえば、明日お祭りがあるのよね?」
「うん!!明日は大切なお祭りだから、村の人、皆お祭りに行っちゃうよ」
「ってことは、狙うとしたらその時よね」
「ま、手薄になった状況で脱出を図るのは常套ですね。とはいえ、明日まで身を隠す場所は確保したいところですが……」
「そうよね…」
その時、ミランダが思いついたように大きな声をあげて提案した。
「そうだ!!お姉ちゃんのところに行こう!!」
「お姉ちゃん……て、明日お嫁に行く?」
「うん!!お姉ちゃんは優しいから絶対に平気!守ってくれる!!」
だが、とリンは思った。
先ほどの村人達の反応を考えると、ミランダの姉もやはり自分達を恐れるのでないか。
いや、恐れるだけではなく、村人達を呼んで捕まえようと襲ってくるかもしれない。
暫し思案していたときだった。
「!!」
リンは激しいめまいに襲われ、思わずよろけた。
そのリンの方を、アンリが優しく支えて言った。
「行きましょう。そのお姉さんにお会いしてみなければ、どうなるか分かりません」
「でも!!」
「リン、あなたは先ほどイシューを四匹封じる戦いをしたばかりです。しかも今日は指令を受けてから休まず調査しているのです。お疲れなのも無理ないですよ」
「私は……平気よ」
アンリに心配させまいと、リンは平気なフリを装って、少しつっけんどんにいった。
「リン、騎士たるもの、戦いに備え、休めるときは休まなくては。あなたは生身の体であることを忘れないでください」
「お姉ちゃん、無理はいけないよ。お兄ちゃんに心配かけるのダメだよ」
「う……はい」
ダメ押しとばかりに、ミランダにまで説教されてしまったリンは、2人の意見に従うことにした。
「んじゃ、『お姉ちゃん』に会いに行きましょうか」
そう言って歩き出したリンは、目の前が一気に暗くなり、平衡感覚を保つことが出来なくなった。
意識ははっきりしているが、自分の位置が分からずに思わずよろける。
何かを掴もうと反射的にだした腕が空を掴む。
そのリンの腕をアンリはしっかり握ると、そのままリンを横抱きにした。
リンは体に力を入れようと試みるが、思うように動かない。
耳元でアンリが言った。
「じっとしていてください。ここの気は……確かに淀んでいる。貴女には辛いかもしれない」
アンリはリンを抱えたまま、すくっと立ち上がると、何かを探すように暗闇に意識を凝らした。
「この近くに……川がありますね」
「うん。この川は、神様のお恵みなんだって」
「そうですか……」
遠くからは水の流れる音に混じって、村人達の声が聞こえ始めていた。
村の入り口に向かっていた村人達のうち、数人が引き返してきたようだ。
「ミランダ、茂みに隠れながら『お姉ちゃん』のところに参りましょう」
アンリに抱えられた蒼白なリンの顔と、緊迫した村の様子から、幼いミランダも尋常ではない事態であることは分かっていた。
だから、ミランダはしっかりとうなずいた。
自分を助けてくれた2人を、今度は自分が助けようと……。
聖騎士という仕事柄、闇の中でも目が利き、方向感覚も一般人のそれよりも優れているはずであったが、リンとアンリは既にガザンへの道筋が分からなくなっていた。
それほどまでに縦横無尽、道なき道を3人は進んでいた。
正直、本当にこの先にミランダの言っている村があるのか、リンは疑わしく思い始め、思わずミランダに尋ねた。
「ミ、ミランダ……本当にこの道(?)で合ってるの?」
「うん。だいじょうぶ。……たぶん」
「たぶんって……」
ミランダの返答にリンは脱力しそうになった。
「まぁ、まぁ、リン。迷ったとしても、朝になれば何とかなりますよ」
「確かに、そうかも知れないけど…」
「あ、着いた」
不意にミランダは明るい声で言った。
その様子を見ると、本人も帰り道が正しいか、不安だったようである。
夜の森を出歩いたのは始めてであったということを、そしてミランダが五歳という幼い子供であることを思い出し、リンは自分の度量の狭さを反省した。
敢えて明るくミランダを励ましていたアンリの態度はさすがといえるだろう。
とは言うものの、三人の目の前には、リンの背丈よりも大きな岩が幾重にも重なった岩場が圧倒的な存在感を持って立ちはだかっている。
それはリンは体を反らせて見上げた。
「ミランダ……これ村っていうの?」
「うん。これが一番の近道なの」
と言うミランダの返答から、これが村への道だと察することができた。
だが、どこにも入り口らしいものはなく、リンは訝しげにその岩を見つめた。
そっと触れる。
確かにある手ごたえ。
リンはどこに入り口があるのかと、巨石をぺたぺたと触っていた。
そんなリンの様子など気にすることもなく、ミランダは静かに言葉を紡ぎ始めた。
我はこの地に住まいしもの
古来よりの契約により、
この地に根をおろしたものの末裔なり
だが、ミランダが静かに呪文を唱えると、その岩の感触が一気になくなり、リンはそのまま前のめりに倒れこんだ。
「わ!!痛ったーい!!」
「リン、どこに行ったのですか!?」
扉となっていた岩がなくなり、中の洞窟へ入ったようだ。
先ほどまでリンが立っていた場所にはアンリとミランダが月明かりに照らされて、立っているのが見える。
「リン!!」
慌てたようにアンリが声を荒げた。
まるで自分が見えていないかのように。
「アンリ!どうしたの?」
「リン、無事なのですね?突然消えてしまって……どこにいらっしゃるのです!?」
「どこって……アンリの目の前だよ?」
目の前に立ってもあらぬ方向を見つめるアンリ。
リンはそんなアンリに手を伸ばそうとした。だが、見えない壁に遮られ、アンリに触れられなかった。
「大丈夫だよ。呪文の後、一緒に入ればへいきだよ」
ミランダはにっこりと微笑むと再び呪文を唱え、アンリの手を引いて洞窟の中へと入ってきた。
「い、今のは?」
「これは、村をまもるためなんだって。村の人も知らない言葉なんだけど、お兄ちゃんがこっそり教えてくれたの」
「……呪文が無いと入れない。そうか!結界の一種で村を包んでいるんだわ」
通りで村の存在が公になっていないはずだ、とリンは思った。
「これでは、ミランダの呪文が分からなくては出て行くことも出来ないですね」
アンリに言われてリンは気づいた。
確かに先ほどアンリの元に手を伸ばしたときに、見えない壁に阻まれ、触れることが叶わなかった。
「もう……進むしかないってことよね」
「とうにそのつもりでしたが、ここまで何の準備もしないで乗り込むことになるとは…」
予想だにしなかった展開に、リンもアンリも状況を把握するので手一杯だというのが、二人に共通した思いであった。
※ ※ ※
暗くじめじめした洞窟を三人は進む。
夜の森も恐ろしいものだが、それとはまた違った気味の悪さをリンはひしひしと感じていた。
ねっとりと張り付くような、べとべとした風がリンの肌を触った。
空気はすさんでおり、虫の声一つしない。
そんな洞窟の中をどれほど進んだであろう。
よどんだ空気の流れの中で、ようやく一筋の新鮮な空気をリンは感じた。
やがてそれは濃度を増し、草の葉のにおいをまとい始める。
「やった!!村に戻ってきた!!」
洞窟を抜けると、そこは高台の道となっており、眼下には集落らしきものが点在していることが確認できた。
噂に聞いたように、四方を高い岩壁に囲まれているが、田畑には青々とした緑が生い茂っているようである。
「村が……本当にありましたね」
「よくもまぁ、こんなところに住もうと思ったわよね…」
「まぁ、住めば都といいますし」
ガザンで森の中の村の存在を聞いたときは半信半疑であったが、まさかその数時間後にその幻の村に辿り着くとはあの時のリンには予想もしていなかった。
「お姉ちゃんとお兄ちゃんを、お姉ちゃんとお兄ちゃんに紹介するね!!」
「お姉ちゃん……あ、もしかしてミランダがさっき言っていたお嫁にいくお姉さんのこと??」
「うん。今日は、おまつりの準備で皆忙しいから、会うのは今日しかないの……」
「アンリ?」
突然足を止めたアンリをリンは振り返った。
「誰か来ます!」
「村の人かしら?」
そう呟いたリンの耳にも、やがて村人の声が聞こえた。
「ミランダ様ぁ~」
「ミランダ様、どこにいった~」
村人達が口々にミランダの名前を呼んでいる。
どうやら、夜に村を抜け出したミランダを、村人総手で探しているらしい。
やがてその声とともに、一つの灯りが3人の元に近づいているのが分かった。
前方の明かりは徐々に大きくなり、灯りを手にした人物のシルエットまではっきりと分かる。
「あ、あれ、家の人だ!!」
その人物は、ミランダの顔見知りだったようで、ミランダは灯りを手にした女性の下へと駆け出した。
「まったく、祭りの準備もしなくちゃいけないのに……み、ミランダ様!!どこにいらしたのですか!?」
「ちょっと、おさんぽに行っていて、道にまよって、おねえさんとお兄さんにたすけられて……」
「お兄さん、お姉さんですか?でもエリク様は先ほどまで一緒でしたけど」
「ううん、エリク兄さまじゃないの。もっと大きいお兄さん」
「もっと、大きいって……」
「おねえちゃーん、おにーちゃーん」
振り返って手招きするミランダに呼ばれ、リンとアンリはミランダと迎えに来た女性の元へと行った。
「このお姉ちゃんと、お兄ちゃんが助けてくれたの!」
意気揚々と話すミランダとは対象的に、女性はまるで化け物を見たような顔でリンとアンリを見て、そして叫んだ。
「きゃー!!悪魔よ、また悪魔が来た!!お、長様に!!長様に知らせなくては……」
恐怖で顔を引きつらせたまま、女性はそう言い放つと、持っていた灯りを放り投げて一目散に元来た道を駆けていった。
「は、誰が悪魔よ!!失礼ね!!」
「リン、それよりも、村人の反応が変です」
その女性の叫びに反応するかのように、離れたところから男達の声が聞こえてきた。
「今の叫びは!?」
「あ、悪魔だって!?誰が引き入れたんだ!!」
「祭りが近いのに、何てことだ!!」
「馬鹿な!子供は呪文を知らない。逃げられるわけがない!!」
「兎に角、手分けして探せ!!」
村人たちの異様な雰囲気を察し、リンとアンリはとりあえず、近くの茂みに身を隠した。
「み、ミランダ!?」
ミランダもつられるように、リンとアンリと共に茂みに隠れた。
「だって、ミランダ一人で家に帰るのこわいんだもん!」
「し、静かに!」
息を殺し、茂みから様子を見ていると、男達が手に手に武器を持ち、どやどやとやってきた。
「いないぞ!!」
「そんな!さっきまで、ここにいたんだよぉ!」
「ミランダ様もいないぞ!」
「まさか、連れ去られたんじゃ!!」
「そうだ、そうに決まっている!急いで入り口を固めるんだ!!」
そういうと、村人達はリンたちが入ってきた洞窟へと向かった。
やがて、人の気配が完全に消えると、リンは茂みから通りへと躍り出た。
そして体についた草葉を払いながら憎憎しげに言った。
「何、この雰囲気。なんか私たちが悪者みたいじゃない!」
「どうやら我々は招かれざる客のようですね。この村は、外部のものを排除しようとしているようです」
「あれだけの結界を張っていることといい、外部との関係を完璧に絶っていることといい、この村、怪しすぎるわ……」
「それにしても困りましたね。どうやって帰りましょうか?」
アンリの言うとおり、先ほどの入り口は村人が見張りに立っているため、すぐには帰れないだろう。
「そういえば、明日お祭りがあるのよね?」
「うん!!明日は大切なお祭りだから、村の人、皆お祭りに行っちゃうよ」
「ってことは、狙うとしたらその時よね」
「ま、手薄になった状況で脱出を図るのは常套ですね。とはいえ、明日まで身を隠す場所は確保したいところですが……」
「そうよね…」
その時、ミランダが思いついたように大きな声をあげて提案した。
「そうだ!!お姉ちゃんのところに行こう!!」
「お姉ちゃん……て、明日お嫁に行く?」
「うん!!お姉ちゃんは優しいから絶対に平気!守ってくれる!!」
だが、とリンは思った。
先ほどの村人達の反応を考えると、ミランダの姉もやはり自分達を恐れるのでないか。
いや、恐れるだけではなく、村人達を呼んで捕まえようと襲ってくるかもしれない。
暫し思案していたときだった。
「!!」
リンは激しいめまいに襲われ、思わずよろけた。
そのリンの方を、アンリが優しく支えて言った。
「行きましょう。そのお姉さんにお会いしてみなければ、どうなるか分かりません」
「でも!!」
「リン、あなたは先ほどイシューを四匹封じる戦いをしたばかりです。しかも今日は指令を受けてから休まず調査しているのです。お疲れなのも無理ないですよ」
「私は……平気よ」
アンリに心配させまいと、リンは平気なフリを装って、少しつっけんどんにいった。
「リン、騎士たるもの、戦いに備え、休めるときは休まなくては。あなたは生身の体であることを忘れないでください」
「お姉ちゃん、無理はいけないよ。お兄ちゃんに心配かけるのダメだよ」
「う……はい」
ダメ押しとばかりに、ミランダにまで説教されてしまったリンは、2人の意見に従うことにした。
「んじゃ、『お姉ちゃん』に会いに行きましょうか」
そう言って歩き出したリンは、目の前が一気に暗くなり、平衡感覚を保つことが出来なくなった。
意識ははっきりしているが、自分の位置が分からずに思わずよろける。
何かを掴もうと反射的にだした腕が空を掴む。
そのリンの腕をアンリはしっかり握ると、そのままリンを横抱きにした。
リンは体に力を入れようと試みるが、思うように動かない。
耳元でアンリが言った。
「じっとしていてください。ここの気は……確かに淀んでいる。貴女には辛いかもしれない」
アンリはリンを抱えたまま、すくっと立ち上がると、何かを探すように暗闇に意識を凝らした。
「この近くに……川がありますね」
「うん。この川は、神様のお恵みなんだって」
「そうですか……」
遠くからは水の流れる音に混じって、村人達の声が聞こえ始めていた。
村の入り口に向かっていた村人達のうち、数人が引き返してきたようだ。
「ミランダ、茂みに隠れながら『お姉ちゃん』のところに参りましょう」
アンリに抱えられた蒼白なリンの顔と、緊迫した村の様子から、幼いミランダも尋常ではない事態であることは分かっていた。
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