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調査開始①

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エンティア国の国土のほとんどは砂漠であるが、王都より南部にあるラスフィンヌ地方は未だ豊かな森が広がっている。

 森が多いということは、即ちイシューもまた多く生息しており、イシューと人間との戦いが熾烈な地域でもある。

 今回問題となったガザンという村はラスフィンヌ地方とエンティア国直轄領との境に位置しているが、その間が森に隔てられているため、交易の要所であるにも関わらず、文化の伝播が遅いことでも知られている。

 リンとアンリは飛行竜に乗りそのガザンを目指した。

 竜は人に懐く生き物ではないため、調教が難しい。そのため、竜は軍事用として貴重であり、その使用は並の貴族でもできることではない。

 今回リンとアンリが竜によってガザンへ向かえるのは、やはり聖騎士の特権であるといえるだろう。

 上空から見る景色はいつもリンを爽快な気分にさせる。

 自分という存在が下界から解き放たれ、絶対的に隔絶されているという感じは、一方で自分という存在を強く意識できる瞬間であると、リンは思っていた。

 特に、聖騎士になってからは戦いの日々の中、一体自分が何のために戦っているのか分からなくなる。

 そんな時、遠征のために竜に乗るこの瞬間が、リンの心が安らぎを覚える瞬間でもあった。

 「森って、遠くからみるととても綺麗ね」
 「確かに、綺麗ですね。しかしあんな綺麗な場所が、イシューの巣になっているなんて、皮肉なものです。……リン、そろそろですね」

 日に照らされて緑に輝く森はやがて若草色の草原へと変り、その中に家が点在しているのが見えた。

 そして村と思われる場所の外れに、一際大きな屋敷が聳え立っていた。
 リンとアンリはそれを目指して一気に降下した。
 重力に引きつけられるように地上に降り立つと、待っていたと言わんばかりに衛兵がリン達を取り囲んだ。

 「お待ちしておりました!こちらへ!!」

 領主付きの衛兵といえども竜や聖騎士を見るのは初めてらしく、リンは舐めるように見られ、居心地の悪さを感じた。
 とはいえ、この手の視線には慣れっこであったが……。

 衛兵達に連れられて屋敷の中の一室に通されると、そこには恰幅の良い中年の男性が佇んでいた。

 「遠方よりよく参られました!お待ちしておりました!!私が領主です」

 領主はアンリを認めると、がっちりと手を握り、握手をした。
 が、リンの存在は眼中にないらしく、挨拶もなければ見向きもしなかった。

 「初めまして、領主殿。私は聖騎士団クロイツ隊所属、アンリ・ヘルヴォールです」
 「同じく、聖騎士団クロイツ隊所属、リン・エストラーダです」

 リンがアンリに倣って自己紹介をすると初めて領主はリンを認めた。
 もっともその表情には明らかな驚きと、疑いが込められていたが……。

 「あ、貴女も聖騎士ですか?」
 「はい、そうです。信じられませんか?」
 「いや、その、女性ですし……何よりもお若いので……」

 この手の反応はリンにとっては日常茶飯事のことであった。

 最初は明らかな侮蔑に業を煮やすこともあったが、今では笑いながら受け流すという術を身につけていた。
 でなければ、依頼人からイシューに関する情報を聞き出すことが難しくなるからだ。

 「リンは私のパートナーです。何か不都合でも?」
 「いえ、滅相もないです!是非よろしくお願いします」

 その時、リンは領主の傍らで椅子に座ったままうつむく貴婦人に気づいた。

 その身なりから領主の妻であることは分かったが、頬はこけ、泣きはらした目をしており、本来であればさぞかし美人だったろうが今は見る影も無い。
 その様子にリンの心が痛んだ。

 「申し訳ありませんが、事件当夜のことをお聞かせいただけないでしょうか?」

 気持ちを切り替え、リンが領主に尋ねると、その言葉に促されるように、領主は事件のことを語り始めた。

 「ここに来たのは全くの偶然でして、丁度娘も生まれたことですし、領地内の巡回をかねて旅をしていたのです。ガザンの別邸に向かう途中、森の中で馬車が故障してしまったのです。その時、森の中から突然何者かが現れて、私たちの子供を奪っていったのです!!」
 「イシューは何匹くらいだったのですか?獣の形でしたか?」

 獣型のイシューは複数で行動し、その数が多いほどそれをまとめるリーダー格のイシューの力は強い。

 一方滅多に遭遇することはないが、人型のイシューも存在する。これは獣型のイシューの比にならないほど強く、聖騎士が相手でも倒すことは難しいとされる。

 「実は……奴らをはっきり見たわけではないのです」
 「え?でもイシューに襲われたんですよね?」
 「馬車が故障したとき、不意に紫色の煙に包まれて、意識が朦朧としてしまったのです。その場にいた妻や衛兵達もバタバタと倒れ、次に目を覚ましたときにはもう……」
 「では犯人が何者なのか分からない、ということですか?」
 「……すみません。でもその後に捜索に赴いた騎士達も近衛兵達もみな、殺されてしまいました。あれは絶対にイシューの仕業です!!」

 リンの傍らでアンリが小さくため息をついた。
 イシューが絡んでいるかどうかは、これで分からなくなった。

 どうやら娘を救い出して欲しいばかりにイシューが絡んでいると嘘の証言をして、聖騎士に助力を請うたというところだろう。

 「私、見ました」

 その時、不意にか細い声が室内に響いた。

 「え?」
 「私、見たんです」

 今度ははっきりと芯の通った声で領主の妻は言った。そして真っすぐにリンを見ながら必死に訴えかける。

 「どうしても娘だけは救いたくて、しっかりと抱きしめていたんです。なのに男達は私の腕を無理に引き離して……!私、頑張って抵抗したんです!でも、力が入らなくて」

 そう言って両手で顔を覆うと、その場に泣き崩れた。

 「私が、もっとしっかり抱きかかえていれば!あの手を離さなければ!!あぁぁぁ!!」

 領主の妻はほとんど半狂乱で泣き叫びながら訴えた。

 空を見つめながら叫ぶその姿は、誰に対して訴えているのではなく、あるいは自分自身への問いかけのようにも感じた。

 「お願いです!あの子を…あの子を助けてください…」
 「すみません。貴方達だけが頼りなのです。何卒、何卒!」

 領主は妻の肩を抱きながら、深々と頭を下げた。
 その様子を見て、リンは何か慰めの言葉を掛けようかと口を開いたが、止めた。

 年若い自分が彼らにどんな言葉を言っても、きっと嘘のように軽い言葉になってしまうだろう。
 その代わり、自分には出来ることがある。

 「領主殿、お話は分かりました。この仕事、聖騎士の名に掛けて、かならず全うします。そこで、二つほどお願いがあるのですが…」

 このとき初めて領主はリンをまっすぐに見た。

 「なんでしょう。私に出来ることであれば、何でもお手伝いします!!」
 「それはありがたい。一点目は殺害された騎士たちの状況を教えてください。できたら死んだときの状況を詳しく知りたいです。二点目は過去に発生した誘拐事件について知りたいです。できる限り遡って知りたいのですが、可能ですか?」
 「は、はい。それについては調書や報告資料があるかと思います。お部屋を用意しておりますので、後でそちらへお届けします」
 「では、よろしくお願いします」

 リンとアンリはそのまま一礼し、部屋を退出することにした。

 ドアの前で振り返ると、領主の妻が口元を押さえながら嗚咽している様子が見えた。

 その肩をがっちりと抱える領主は、妻の手を握りながら、耳元で何か励ましの言葉を言っているようだった。

 リンはそのまま静かに部屋を出た。
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