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プロローグ

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※ ※ ※ ※

 気をつけなされ、お嬢さん。

 闇と森は彼らの領分。

 一度迷い込んだなら、彼らに食われてしまうから。

 気をつけなされ、お嬢さん。

 彼らは漆黒の翼に燃えるような赤い目を持つ化け物。

 一度狙われたら逃げられない。

 気をつけなされ、お嬢さん。

 彼らに対峙できるのは、女神ラーダの力だけ。

 どうか貴女に女神の祝福がありますように。

                    ラスフィンヌ地方の伝承より

※ ※ ※ ※

 巨木に花が咲く。

 血に染まったような赤い花が、艶やかに咲き誇っている。

 月の光に照らされ、浮かび上がるかのような巨木を前に、村人達は呆然と立ち尽くしていた。

 「何てことだ!ご神木に赤い花が咲いた!!」
 「いつもならば白い花が咲くというのに……」
 「祭りが、祭りが始まってしまう」
 「またアレをやるのか」

 やがて村人達は赤い花の圧倒的存在に恐怖を覚え、取り乱し始めた。
 あるものは笑い出し、あるものは神の祈りを唱え始める。

 「皆のもの!取り乱すでない!!」

 一喝で村人の騒ぎを鎮めた声の主を、村人は一斉に仰ぎ見た。

 「長様…」
 「分かっておる。ご神木に赤い花が咲くのは合図じゃ」
 「では、やはり……」
 「決まっておる。祭りじゃ!祭りを開くぞ!皆の者、準備を!!」
 「長様、今年の嫁はやはり……」
 「ああ、決まっておる。分かっているな、ユリヤ」

 ユリヤと呼ばれた少女は、小さく頷いた。

※ ※ ※ ※

 部屋に戻ったユリヤは灯りもつけず、扉にもたれたままずるずるとしゃがみこんだ。

 目を閉じると先ほど見ていた赤い花が目裏に鮮やかに浮かび上がる。

 あれは厄災を告げる花。

 通常であれば白い花をつける神木が、赤い花をつけるとき、決まって村に災いが起こるという。

 だから、村では神木が赤い花をつけたとき、災いを祓ってくれるように神に祈りを捧げるための祭りを催す。

 その祭りでは村から一人の女性を守り神の嫁として差し出す。
 即ち祭りとは守り神と村娘の婚礼の儀となるのだ。

 「私が……守り神様のお嫁に……」

 ユリヤはつぶやいてみたものの、実感としてはまだ湧いていない。
 ユリヤは窓に映る自分の顔を見つめた。
 さして美しくも無く、ごく平凡な顔立ち。
 性格もおとなしく、頭も特段良いわけではない。そんな平凡な女の子。

 だが、他人と異にするのは胸元に大きな赤い痣があること。

 それ以外にはユリヤには何も無かった。
 この奇妙な痣のため、生まれてすぐに捨てられた。

 ユリヤには同じように拾われた義理の兄妹達がいるが、義理妹のように歌が上手いわけでも、義理兄のように退魔の力があるわけでもなかった。

 なんの才能も持たないユリヤに、養い親である村長やその家族は辛く当たった。

 だけどユリヤを守ってくれる人はいない。
 人々は気味悪がり、友人も出来なかった。
 親も親しい友人も家族も恋人も無いユリヤにとって、生きる目的も無かった。

 だが、今は違う。

 守り神の嫁になるというのは選ばれた存在である。

 何もなかった自分にできた初めての目的。

 孤児であった自分を育ててくれた長の恩に報いるためにも役目を全うしなくてはならない。

 たとえどんな形であろうとも。

 ユリヤは女神に静かに祈った。


※ ※ ※ ※

 女神ラーダが愛する国――エンティア。

 イシューによって多くの国が滅ぼされている中で、未だ栄華を誇っている国である。

 イシューは、女神の妹神が、女神ラーダの美しさに嫉妬し、生み出した化け物だといわれている。

 漆黒の翼と赤い瞳を持ち、人の血肉を糧とするイシューは森に潜み、夜に活動する。

 この化け物に対抗する手段は、女神の聖なる力だが、それを使えるのは資質のある一部の人間だけである。

 女神の力を使ってイシューと対峙できる人間を、人は『使い手』と呼ぶ。

 エンティア国ではその使い手を束ねる騎士団を組織し、警備のため各地への派遣を行っているが、騎士団の中でトップクラスの能力を有するものは、精鋭部隊である聖騎士団へ配属することが出来、様々な特権が与えられている。

 いわば人々の憧れる職業、それが聖騎士である。
 その誉れ高き聖騎士団に、史上最年少で入団を果たした少女――リン・エストラーダは、差し出された書類を怪訝な顔で見つめた。

 「カナメ隊長、もしかしなくても仕事ですか?」
 「お前を執務室に呼ぶというのは仕事でなくてなんだというんだ?」

 カナメは仕事の手を止めないままリンに言い放った。

 いつも眉間に皴をよせている隊長が雑談をするために自分を呼ぶ、なんてことは確かに絶対に無いだろう。

 リンはしぶしぶといった体で差し出された書類に目を通した。

 件名:ラスフィンヌ領主子女誘拐の件
 被害者:ラスフィンヌ領主の子女
 事件概要:ラスフィンヌ領主が家族を伴い、ガザン村に滞在中、何者かによって生後三ヶ月の子女が誘拐される。その際、同日に乳児が四名攫われており、同一犯の可能性が高い。

 「誘拐……ですか?」
 「ラスフィンヌはこの国でもイシューの出現率が高い。ガザンも森の近くにあるため度々イシューに襲われている」
 「で、今回の件もイシュー絡みである可能性が高いってことですか?」
 「珍しく察しがいいな。お前達には攫われた乳児を奪還してもらう」

 リンは深いため息をつきながら、ダメもとで隊長へ直訴した。

 「隊長。お気づきではないようなので一言言わせて貰いますが、私たちは先日の案件を片付けたばかりです。その後は休暇をいただけるお約束だったかと思いますが」
 「俺の判断に意義を唱えるか」
 「だって、聖騎士は他にもいるじゃないですかぁ」
 「ほほぉ、ずいぶんと偉くなったな。貴様達以外は皆、地方へ遠征に行っている。お前と違って暇な人間はここにはいない。休暇が欲しければ聖騎士を辞めることだな。分かったらさっさと支度をしろ!」

 確かにイシューとの戦いは各地で起こっており、その対応で聖騎士は休む余裕などない。

 しばらく黙って2人のやり取りを聞いていた青年はけぶるような長いまつげを伏せて報告書を見ていたかと思うと、カナメを見据えた。

この男の名はアンリ。リンの相棒である。彼はその手にした報告書を優雅に机に置くと、隊長へ尋ねた。

 「まさか、これだけのことで聖騎士が動くとは思えませんが。隊長、何か隠しているのでは?」
 「……さすが、アンリにはお見通しか」

 思いも依らなかったアンリの指摘にリンは怪訝な顔をした。

 「実はガザンには言い伝えがあるらしい」
 「言い伝え?」
 「『森より悪魔がやってきて、子供を攫う』とな」
 「森、悪魔……確かにイシューが絡んでいる可能性はありますね」
 「だがそれだけではない。領主の依頼でラスフィンヌの騎士団の小隊が捜査に乗り出したのだが、全員血を抜かれて死んでいた。余りの被害に埒があかなくなった領主は、こうして聖騎士団に仕事の依頼をしてきたってわけだ」
 「血を抜かれていた、ということはイシューの仕業で間違いないですね。それにしても騎士団が全滅とは……やっかいですね」

 騎士団とはいえ、並みの使い手と比較すれば、対イシューでの戦闘能力はかなり高い。

 そんな騎士団の小隊を全滅に追い込むほどのイシューということは、相手にする数が多いということか、もしくは相当の強さなのか、あるいはその両方か……。

 いずれにせよ簡単に片付く問題ではないということである。
 とはいうものの、ここで対応を考えても始まらない。
 リンは観念したとばかりに返事をした。

 「はーい。了解しました……」
 「では任務を命じる。ガザンにて、誘拐された乳児を奪還せよ。またイシューがらみであれば、迅速に対処せよ。女神と王の御為に」
 「女神と王の御為に!」

 身を引き締めるようにリンとアンリは聖騎士の礼に則り、力ある言葉を放った。
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