相性って大事

茜菫

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結婚までの道のり

弟子の恩返し(10)

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「……スノー殿?」

 フェリクスが驚いた声を上げ、ニーナは絶句する。二人の目は、スノーの赤い目から一筋流れた涙を見つめていた。

(師匠が、泣いて……)

 動揺することなどめったにないスノーが、静かに涙を流した。あまりのことに動揺する二人を後目に、スノーはなんてことのないように袖で涙を拭う。さきほどの姿がまるでうそのように、スノーはいままでに二人が見た中で、一番穏やかな笑みを浮かべた。

「……ありがとう、ニーナ、フェリクスくん。きみたちには感謝しているよ」

 ニーナはその言葉にさらに言葉を失った。自分はスノーに感謝する側であってされる側ではない、ニーナはそう思っている。恐らくフェリクスもおなじだろう。二人で顔を見合わせると、スノーが小さく笑う。

「ニーナ、よくここで生きてくれた。フェリクスくん、よく諦めずにもどってきたね」

「それは、師匠に助けてもらったから……」

「私も、あなたに命を救われたからです」

 スノーがこの世界での寄る辺となってくれたことで、ニーナは生きる場所と力を得られた。フェリクスはスノーによって呪いを解かれ、彼によって力を得たニーナに治療されて命を救われた。すべての始まりはスノーであり、ニーナもフェリクスも、それをとても感謝している。

「その、私が救ったという命で懸命に生き、しあわせをつかんだきみたちの姿に……私が救われたんだよ。すべては……巡るものだね」

 ニーナはふと、今朝のことをふと思い出した。しあわせに行き着いたのは自分自身の力だと、スノーは言った。それはスノーにも同じことが言えるのではないか。

 スノーが二人に救いの手を差し伸べたから、それは巡って彼の救いとなった。

(私、師匠にとっての救いに……なれたのかな)

 スノーはなにに苦しんでいたのか。ニーナはそれを知らないし、無理に聞こうとも思わない。けれど、自分がしあわせになることでスノーが救われたと言うのなら、その力になれたのならうれしかった。ニーナは手紙にいっぱい感謝の気持ちを綴ったが、直接伝えたいと思い、口を開く。

「あの、師匠……えっと、スノーさん」

 スノー・ホワイトは彼が異国で得た名であり、本来の名は別にある。しかしフェリクスは知らないため、ニーナは彼がいる前ではその名を呼ばなかった。

「構わないよ、ニーナ」

「あ……」

 しかし、スノーはその名を呼ぶことを許可した。彼はフェリクスを懐に入れたということだ。

「……シュネーさん」

 シュネー、それがスノーの本来の名であり、魔女の名だ。いまこの国でその名を知る者は、ニーナと、フェリクスだけになった。

「ありがとうございます。私は、とてもしあわせです。フェリクスと一緒に、これからもっとしあわせになります。だから、これからも私たちを見て、もっとしあわせになってください。……あっ! あと、孫も抱いてくださいね!」

 自分たちがしあわせになったように、スノーにもしあわせになって欲しい。スノーは目をしばたかせると、少し眉尻を下げた。

「はは、孫って」

「だって、師匠は私の親みたいな存在だから。ねっ、フェリクス」

「そうですよ、お義父さん」

「フェリクスくんまで。まったく……本当、きみって結構ノリが良いよね。だからニーナともうまくいくのだろうけれど」

「……師匠、それ、どういう意味なの?」

「ははっ」

 スノーは楽しそうに、声を上げて笑った。いままで見た中で一番、しあわせそうな笑顔だ。ニーナは胸がいっぱいになり、涙が込み上げる。

「うぅ……」

 涙腺の弱いニーナは泣き出してしまい、隣に立つフェリクスが彼女の頭をなで、さらに反対の手で彼女の涙をハンカチで拭う。至れり尽くせりだ。

「今日は泣いてばかりだね、ニーナ」

「かなしみじゃなくて……ううっ、よろこびの涙だから、いいの! ……それに、拭ってくれる人がいるもん」

「ふふ、そうだね」

 スノーは二人を眺めながら、小さくほほ笑んだ。

「しあわせになりなよ、ニーナ。そうしたら、私もしあわせだから」

 ニーナはスノーの言葉に何度もうなずいた。

「フェリクスくん、ニーナをお願いね」

「お任せください、お義父さん」

「きみね……」

 スノーは笑いながら手紙を大切そうに懐にしまい、贈り物の包みを解いて収められた手袋を取り出した。真白い手袋を手にしたスノーは、身につけている手袋を外してそれに指を通す。

「ありがとう、ニーナ。大切にするよ」

 そう言ってスノーはニーナの頭をなでた。すぐにその手は離れたが、ニーナはそれがとてもうれしかった。

「ニーナ、ひとつ聞いてもいいかい?」

「師匠、どうしたの?」

「あの花を選んだのは、なぜだい?」

 あの花とは便箋に描かれた青いネモフィラのことだろう。ニーナはなぜと問われても、正直、なぜかはわからなかった。

「ただ直感で、これがいいって思ったの」

「なるほど。きみも、魔法使いだねえ」

「……もしかして、特別な花なの?」

 スノーは目をしばたかせ、顎に手を当て考える様子を見せる。ややあって、スノーは昔を懐かしむような目をした。

「昔……兄と義姉と三人で、この花が一面に咲く場所を訪れたことがあるんだ」

 そのときの光景を思い出しているのか、スノーは少し遠い目をしている。かなしそうで、うれしそうでもある、不思議な目だった。

「そこで、義姉は私はしあわせよ……そう言って、ほほ笑んだ。兄が、彼女をしあわせにしたんだ。それが、私は……うれしくて」

 スノーの兄と結婚した、おそらく異世界から召喚されてしまった女性。ニーナはその人も、自分と同じようにその境遇に嘆きかなしんでいたのだと想像がついた。けれどスノーの言葉と表情から、その人はスノーの兄と一緒になって、しあわせになったのだと思う。

(師匠はお兄さんとお義姉さんのこと、大好きなんだろうな)

 好き、いや、その言葉では足りないくらいに深く、愛しているのだろう。

「あなたは、ニーナをしあわせにしました」

 そう言ったのはフェリクスだ。スノーはフェリクスをじっと見つめるが、それに物怖じすることなく彼は言葉を続けた。

「私を救ってくださいました。結果、ニーナは私と結ばれて、彼女はしあわせになりました」

「きみ、強気だね」

「はい。そうでしょう、ニーナ?」

 自信ありげに笑うフェリクスに、ニーナはちょっとときめいた。いや、ちょっとではなかったかもしれない。抱きついてうなずくニーナを見ながら、スノーは苦笑いする。

「ついでに、私のこともしあわせにしてくれました」

「ついでに」

「はい。これから私たちは、もっとしあわせになります。ご安心を」

「ははっ、見せつけてくれるねえ」

 そう言い切るフェリクスに、再びスノーは声を上げて笑った。こんな風に笑うこともあるんだなと、ニーナは驚いた。

「……私も、生まれてきてよかったんだなあ」

 ニーナはスノーがつぶやいた言葉は聞き取れなかったが、彼の笑顔にうれしそうに笑った。

「これからもっと、恩返しするからね。師匠!」

「私も、あなたに恩を返します」

「まったく、きみたちは……」

 二人の言葉に、まだまだ隠居できないとスノーは笑って応えた。
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