相性って大事

茜菫

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結婚までの道のり

弟子の恩返し(2)

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「……この家には、すごくお世話になったの」

 二人がルーシ伯爵から結婚の許しを得た次の日には、フェリクスは手続きを進めて家を購入していた。事前に二人で相談した上で、家には一足先にフェリクスが住み始めている。あとはニーナがそちらに移り住み、結婚式を挙げれば二人は夫婦だ。

 式の前にニーナも移り住むことにしていた。あまり物を買わないようにしていたので、運ぶものは少ない。荷物をすべて運び終え、今日からニーナが帰る家はフェリクスとともに住む家になった。

 ニーナは掃除を終えた家の中をぐるりと見回す。スノーに後で魔法で片づけるから適当でいいといわれたが、これまでの感謝を込めて掃除をした。

「私も、お世話になりましたね」

 この半年は、フェリクスもよくこの家を訪れていた。その感謝でもあるのだろう、自分で掃除をしておきたいといったニーナにつき合い、フェリクスは休みを取って手伝いにきていた。

「少し、休憩しましょうか」

「うん」

 フェリクスが棚の上に置いてあったバスケットを取り、テーブルの上に置く。

「朝からずっと気になっていたんだけど……なに、それ?」

「なんでしょうね。開けてみてください」

 ニーナはかけてあった布を取り払って中身をのぞく。するとそこにはサンドイッチが入っていた。卵焼きのたまごサンドも入っていて、ニーナは驚く。

「フェリクスが作ってきたの?」

「はい。以前、ニーナにもらったものをまねてみました」

「なんて粋な計らいっ、ありがとう!」

 ニーナはフェリクスに抱きついて感謝し、早速たまごサンドを手に取って食べる。以前にフェリクスのために作ったことがあり、そのとき同じように甘めの味つけにしてあった。

「おいしい……っ」

 スノーからもらった甘めのたまごサンドを食べて、ニーナはたまごサンドが大好物になった。その話をフェリクスにしていたこともあり、彼はその話を覚えていたのだろう。

「フェリクスっ……すてき、好き、大好き!」

「もっと言ってくださってもいいですよ」

「愛してる、結婚して!」

「よろこんで」

 ニーナが感極まって抱きつくと、フェリクスはうれしそうに笑って彼女を抱き返した。

(……そうよねこの家からは離れてしまうけど、この家でのたくさんの思い出は、私の中にちゃんとあるもの)

 スノーが作ったたまごサンドはニーナに、ニーナからフェリクスに続いている。ニーナがフェリクスの胸に顔をうずめると、彼は彼女の頭をなでた。

「これ、新しい家のキッチンで作ってきたの?」

「ええ。キッチン、なかなか快適でしたよ」

「本当? 私も腕によりをかけて作るからね!」

「ふふ、それは楽しみですね」

 人生で初めての、恋人との同棲だ。ひとつ屋根の下での生活がこれから続くと思うと、ニーナは楽しみでならなかった。

「ふふ、どうしようっ」

「ニーナ?」

「フェリクス、私ね……いま、本当にしあわせ!」

 五年半前には想像もつかなかった自分の姿に、ニーナはほほ笑んだ。

(あのころは、我ながら結構病んでいたな)

 ニーナは自分を召喚した男が召喚された時点ですでにこの世になく、憎しみの行く先が世界に向かってすべてが呪わしく思えたこともあった。こんな世界が存在しているから、召喚魔法なんてものが存在しているからと、すべてが恨めしく思えていた。

「ニーナ……」

 いまでは、この世界で生きていくことを決意して、笑ってこんなすてきな男性と結婚しようとしている。もちろん、なにもかもがしあわせだというわけではない。家族に会いたい、元の世界に帰りたいという気持ちはなくなっていないし、この世界でもつらいことやかなしいことはある。

 それでもニーナがしあわせだと思えるのは、スノーに助けられ、友人もでき、フェリクスと出会って結ばれて、うれしいことや楽しいことがこの世界にもたくさんあると知っているからだ。

「スノー殿には、本当に感謝しなければなりませんね」

「……うん」

 初めのころは引きこもりがちだったニーナを出不精のスノーが外に連れ出した。そうしているうちに、ニーナは少しずつこの現実を受け入れられるようになった。

 受け入れられたら、ここで生きていくために必要な力をつけなければと、ニーナはスノーに治癒魔法をはじめとしたさまざまな魔法を教わった。覚えた魔法を使って働きだして、だれかの役に立つことができて、ありがとうと言葉をもらったときには思わず泣いてしまったものだ。

(フェリクスと恋人になって、結婚まで……考えれば考えるほど、師匠のおかげね)

 スノーがニーナを生かし、治療師として育て、フェリクスの呪いを解いて命を救ってくれた。そのすべてがあったからこそ、いまがある。

「……私、師匠に頭上がらないのかも」

「……私も、そうかもしれませんね」

 ニーナとフェリクスは顔を見合わせて笑いあった。

「……師匠に、なにか恩返しできたらいいんだけどなあ」

 スノーは大抵のことはなんでも一人でできて、物欲もない。魔女らしく魔法の研究は楽しんでいるが、魔法に関してはさっぱりなニーナはその分野でなにかを返せるとは思えなかった。

「一番の恩返しは……きっと、ニーナがしあわせになることだと、思いますよ。あなたのことを、本当に大切に想われていますから」

 ニーナが悩んでいると、フェリクスが少し神妙な面持ちでそう言った。

「……うん」

 スノーは本当にニーナを大切にしている。けれど、なぜ彼がここまでするのか、その理由をはっきりと聞いたことがない。たずねてみても、スノーは曖昧に笑うだけだった。

『しあわせになりなよ』

 スノーへの恩返しは、その言葉の通りにしあわせになることだろう。もちろん、ニーナはしあわせになるつもりだし、フェリクスがそばにいてくれればしあわせになれると信じている。

「ほかになにか、師匠にできないかなあ……」

 ニーナが腕を組んでうなると、フェリクスも隣で悩んだ。一緒に考えて悩むフェリクスの横顔を見ながら、彼もなにか恩返しがしたいとニーナは思った。

「ありきたりですが……感謝を込めて、なにかを贈るというのは?」

「いいかも! ……でも、なんなら受け取ってくれるだろう。師匠、あんまりものを持たないようにしているんだよね」

 スノーはあまり物を持たないようにしていた。その理由は、いずれ去るときにものが多いと邪魔になるから、といったものだ。

(装飾品は邪魔になるから要らないって言ってたし……食べ物は論外、飲み物も……というか、口に入れるものは論外よね)

 ニーナが悩みながらその情報をフェリクスに共有すると、彼も悩ましそうにうなる。

「難しいですが……ひとまず、見ながら考えてみますか?」

「うーーん……それがいいかも」

 二人はサンドイッチを食べながら今後のことを話し合う。贈り物を考えるべく街に出ようと相談し、決めた。
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