相性って大事

茜菫

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婚約までの道のり

フェリクスの憂鬱(2)

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「遅い!」

(予定より、一時間近く早いはずですが……)

「せっかちだな~、殿下は」

 二人が王子の元にたどり着くと、開口一番に遅いと苦言を呈された。予定の時間よりかなり早かったが、フェリクスは黙るしかない。ヘンリクにせっかちだとからかわれて王子はむっとした様子を見せていたが、早く孤児院に向かいたいのだろう、それ以上はなにも言わずにそのまま視察へ向かうことになった。

 第三王子ミハウは十六歳、ヘンリクは二十一歳。正式には殿下と一介の騎士なため普段はそんな様子を見せないが、フェリクスやほかの二人の仲の良さを知っている人間の前ではまるで兄弟かのように仲が良い。

 フェリクスがヘンリクと知り合う前からの仲らしく、どのようにして二人が親交を深めたのかはわからない。ヘンリクは第三王子に絶対の忠誠を誓っていて、フェリクスはその忠誠心が羨ましかった。

 フェリクスとヘンリク、ほか騎士二名を伴った視察は、予定よりも早くに出発したおかげで早くに西区の関所を抜けた。馬を走らせ、なんの問題もなく早めに孤児院に着く。早く着いた分、予定よりも長く滞在することになり、せっかちな王子はできる限り孤児院にいる時間を引き伸ばしたかったのだと思えば、王子の苦言もかわいいものだ。

 王子の目的は孤児院の様子を見にくること。それも確かに目的だろうが、一番の目的は孤児院で働く王子と同じ歳のシスターに会 
「あっ、そこ……っ」

うことだ。至極単純かつわかりやすい理由で、王子は彼女に恋をしていた。

 しかし、この恋が実らないことをだれもが知っている。本人さえも。

 結ばれることはない。この逢瀬には限りがある。実らないとわかっていて育てることもなく、ただ夢を見ていられる時間いっぱい、その想いを大切に愛おしむ。フェリクスはそれをむだではないかと思ってしまう反面、そのように純粋になにかを想えるということが羨ましかった。

(羨ましがってばかりだな、私は……)

 フェリクスは薪を抱えながら、ほほ笑みあってなにかを話している二人を眺めて自嘲した。

(もし、私にもなにかを強く想える気持ちを持つことができれば……)

 フェリクスがむだだと思いながらも羨ましいと思うのは、自分にはないものに惹かれてしまうからなのかもしれない。かといって、こういった想いは欲しいと思って得られるものではない。気づかないうちに生まれているものだ。

「おーい、フェリクス!」

 フェリクスがシスターに頼まれた薪を運んでいると、ヘンリクに呼び止められた。彼は帰還の準備のため、馬の様子を確認しに行ったはずだった。

「それを運んだら、ちょっときてくれねえか?」

「わかりました」

 フェリクスは薪を運び、シスターに声をかけてからヘンリクの元に向かう。馬の前でその様子を確認していたヘンリクはフェリクスを見て困ったような表情を浮かべた。

「いったい、この様子は……なにかあったのですか?」

 フェリクスはその表情の理由をすぐに察した。ヘンリクの前にいる馬が酷く興奮した様子を見せていたからだ。

「いや、それがわからなくてさ。俺が様子を見にきたときにはこの状態だ」

 ヘンリクがなだめつかせようと試みるが、一向に大人しくならない。この様子では騎乗できないので、帰還の予定もずれ込んでしまう。

 いったいなにに興奮しているのだろうか。フェリクスは水や干し草を確認してみるが、おかしなところはなかった。

「ほかに考えられるとすれば……なにかにおびえている、とか」

「といってもなあ。なににおびえるんだ、ここで」

 王都を囲う壁からそこまで離れていないものの、周りはなにもない場所だ。目を凝らし、耳を澄ませて辺りを見回してもなにもなく、いつもと変わらない。原因がわからなければどのように対応すべきか判断が難しく、フェリックスは頭を抱えた。

「……参りましたね」

「なんとか落ち着かせてやらないと」

 ヘンリクがそう言って馬の方を見やった途端、フェリクスはなにかが聞こえたような気がした。眉をひそめてヘンリクを見るが、彼にはなにも聞こえなかったらしく、フェリクスの顔を不思議そうに見返しただけだ。

「ヘンリク、いま、なにか……」

「ん?」

 フェリクスは言葉を続けようとするが、それを遮るかのように馬が嘶き、その数秒後になにかの咆哮が響く。それに先に反応したのはヘンリクで、その音がした方向へと目を向けて走り出した。

「フェリクス!」

「っ、ああ!」

 それに続き、フェリクスも剣の柄に手をかけながら孤児院の裏手から飛び出す。視界をさえぎっていた建物がなくなると、遠目に人が見えた。その頭上に本来ならばこんなところにいるはずのない魔物の姿が見えて息をのむ。

(あれは……なぜ、こんなところに)

 蜥蜴に翼が生えて、さらに体を人の倍ほどの大きさにしたような魔物だ。山奥に生息していてめったなことでは出てくることがない。フェリクスはなぜこんなところにいるのか疑問だったが、いまはその理由を考えている場合ではないと走った。

「マレック、子どもたちと殿下を中へ! トマシュ、援護を!」

「はっ!」

「はい!」

 フェリクスは先に駆けているヘンリクの後に続き、魔法をなすための呪文を詠唱する。必死で逃げようとする男に魔物の巨体が急降下し襲いかかろうとしたところを、間一髪割り込んだヘンリクが剣で鋭い爪を受け止めた。

 なんの対策もなくその巨体を受け止めることはできるはずもないが、ヘンリクは身体強化の魔法を使い、その一撃を防いだ。力を拮抗させてその場に留まる魔物に、フェリクスが攻撃を仕掛ける。

 フェリクスが詠唱を終えて魔法を完成させると、周りに氷の塊が浮かんだ。それは鋭く引き伸ばされて槍状となり、ヘンリクの後方から魔物へと勢いよく襲いかかる。魔物はそれを避けるために後退し、ヘンリクがそれを追った。

「そこのあなた、こちらに!」

「ひっ……た、助け……」

「……っ!?」

 フェリクスが男の元まで駆け寄ると、ヘンリクの追撃を避けた魔物が再び男へと狙いを定めていた。執拗に男を狙い、突撃してきた魔物に対し、フェリクスは男を背に庇って剣を構える。

(……まだ)

 フェリクスは勢いがついたこの突撃を受け止める気などさらさらない。ぎりぎりまで敵を引きつけようと、歯を食いしばって前方をにらみつける。魔物が目前に迫るという所で横手から矢が射られ、その矢が魔物の皮膚を突き破り、肉を裂いて深く刺さった。悲鳴をあげた魔物が減速すると、フェリクスは剣を手放して後ろに庇った男を抱えて転がる。なんとか突進を避けるとすぐさま剣を拾い上げ、そのあとを追った。

 矢には麻痺毒が塗られていたため、魔物は動きが鈍くなり、地におりた。フェリクスは男を鋭くにらみつけてきている魔物に斬りかかろうとしたが、魔物が体を反転させて勢いよく長い尾を振り、それをすんでの所で踏みとどまって避ける。反対側に回り込んだヘンリクが後ろから斬りかかり、魔物の背から胸に向かって刃を突き立てた。しかし直前に魔物が避けようとしたため、それは急所から逸れて絶命には至らなかった。魔物が大きな悲鳴をあげて体を振り回したため、ヘンリクは剣から手を放して下がる。

 そこにもう一本矢が突き刺さった。再び大きな悲鳴を上げ、体を痙攣させた魔物にフェリクスは止めを刺すべく踏み込む。だが最後の力を振り絞った魔物が勢いよく飛びかり、フェリクスは地にたたきつけられた。

「く……っ」

 フェリクスの剣を手にしている腕が、魔物の手で抑え込まれている。なんとか左腕を動かし、大きく開かれて襲いかかろうとする魔物の口の中に手を突っ込んだ。

「……っ、氷、……よ……!」

 フェリクスの手に牙がくい込み、血が流れる。迷ってなどいられなかった。左手を起点に氷を生み出すと、冷たい氷が左手を覆っていく。フェリクスがそのまま氷を鋭く、引き伸ばすようにイメージすると、無数の氷の刃が魔物の口腔内を突き刺さり、頭を貫いた。
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