治療と称していただきます

茜菫

文字の大きさ
上 下
56 / 174
第一部

今だから出来ること(8)

しおりを挟む
 暫く馬車に揺られ、二人は広場から少し離れた場所で馬車を降りる。そこから、二人は共に歩いて広場に向かった。馬車に乗っている間も、降りてからも、エレノーラはレイモンドの腕にぴったりとくっつき、楽しげに笑っている。彼は少し気恥しさはあったが、広場に近いためか、彼ら以外にも寄り添う男女がいて、目立つことはなかった。

「レイモンド、ここがロミエン広場なの?」

「そうらしい。…私も、初めて来た」

「あら。私たち、初めて同士ね。…ふふっ」

 二人が広場にたどりつくと、流石、デートにぴったりだと言われているだけあって、恋人や夫婦らしき人が多くいる。周りには露店が並んでおり、花を売っている店が多い。

「わ、すごい!本当に女神の彫像があるのね」

 エレノーラは目を輝かせ、広場の中央に目を向ける。そこには大きな噴水と、その中で水瓶を抱える布一枚しか纏っていない女性の彫像があった。

(これが愛の女神?…よくわかないけど、すごいのか?まあ、エレノーラがすごいって言ってるのなら、すごい…のかな…)

 レイモンドはどうにも芸術的なものには疎く、それがすごいのかどうかよくわからなかった。
 
「レーイモンド、どこ見ているのかなぁ?」

 彼がぼんやりと像を眺めていると、エレノーラがにやりと笑って彼を見上げていた。彼は少し嫌な予感がして、一歩うしろにさがる。

「いや、噴水の彫像の…」

「胸?」

「見ていない!…見ていないから!!」

「必死に否定しちゃって…ふーん、怪しいわね?」

「…!」

 レイモンドは像を眺めたので全く見なかった訳ではないが、胸を特別見ていたわけではない。これは、絶対にからかわれている。弁明しようとしたが、エレノーラは批難する目ではなく面白そうに笑っていることに気づいて、彼をふいと顔を背けた。

(そりゃあ、まあ…胸は好きだけどさ…そんなに僕、胸見ているのか…?)

 思い返せば、胸を押し付けられたり、見せつけりたりと、彼はエレノーラに胸でよくからかわれている。彼の反応がいいから、彼女も面白がってついからかってしまうようだ。

「ねえ、近くで見てみましょう?」

「…ああ」

 レイモンドはエレノーラに促されて噴水に近づいた。覗き込むと、水面には色とりどりの花びらが浮かび、底にも沈んでいるのが見える。二人が不思議そうにそれを眺めていると、丁度、近くにいた男女が赤い花びらを水面に浮かべようとしていた。その様子に、二人は顔を見合わせる。

「…あれ、なにかしら?」

「…なんだろう…」

 水面にも水底にも花びらが多くあったが、それはこうして花びらを浮かべる人がいるからなのだろう。先程の恋人か夫婦と思われる男女の他にも、母と娘と思われる二人や、男性一人、女性一人でなど、様々な人が同じようにそれを行っている。花びらの色は人それぞれで、恐らくこの行為にはなにか意味があるのだろう。

(ちゃんと調べておけばよかった…これからは、ちゃんと計画を立てて、下調べしないと…)

 レイモンドは後悔し、再び、ニコラスの計画性を持ちなさいという声が聞こえてきた気がした。彼は周りのを見回し、彼等の行為の理由を考える。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

処理中です...