52 / 174
第一部
今だから出来ること(4)
しおりを挟む
すぐ戻ってくると思っていたエレノーラはなかなか戻ってこず、レイモンドは気づけば寝入ってしまって朝になっていた。朝起きたらエレノーラが食われていた、ということはなかった。
(…いや、期待していた訳じゃないからな!)
レイモンドは脳内で言い訳しながら、隣に目を向ける。するとそこには、エレノーラがぴったりと寄り添い、彼を見つめていた。
「おはよう、レイモンド」
「エレノーラ…おはよう」
レイモンドが慌てて口元を拭うと、エレノーラはくすりと笑う。微笑んだ彼女は手をついて上体を起こすと、彼の唇に口づけた。
「レイモンド、今日はすっごくいい朝よ」
「え?…ああ」
レイモンドは何かすっきりしない、物足りなさを感じていた。昨夜は何も無いまま寝てしまい、今朝も何も無いまま起きてしまった。
(…いや、別になくてもいいけどさ)
彼が悶々としているのとは対照的に、エレノーラはいつもよりも機嫌が良さそうだ。楽しげに笑いながらベッドを降り、鼻歌を歌いながら水差しからグラスに水を注ぐ。レイモンドは彼女からそのグラスを手渡されて感謝し、水で喉を潤した。
レイモンドはエレノーラが用意した水で顔を洗い、リネンで雑に拭き取る。水滴が頬から顎に伝ってぽたりと落ちると、エレノーラは笑った。
「レイモンド、まだ濡れているわ。ほら」
「ん」
彼女はレイモンドの手にあるリネンを取り、彼の顔を優しく吹いた。レイモンドは少し照れくさくて顔を背けると、彼女はまたくすりと笑い、彼は誤魔化すように服を正した。
「…じゃあ、後で迎えに来る」
「うんうん!うんとおめかしして、待っているわ」
ネグリジェ姿のエレノーラは、とても嬉笑顔だった。
(…喜んでもらえて、よかった)
レイモンドは彼女の笑顔を見て、この褒美は間違っていなかったと思えた。彼は少しにやけそうになったのを片手で口元を覆うことで隠し、部屋を出ようとする。そこでエレノーラは彼の袖を引いた。
「ん?」
なんだろうと思いながらレイモンドが振り返ると、エレノーラが今度は彼のシャツの前を軽く引く。彼がそれに従って少し屈むと、背伸びしたエレノーラの唇が唇に重ねられた。触れるだけのキスを一回だけすると、エレノーラは目を細め、嬉しそうに笑う。
「また、後でね」
「…ああ」
レイモンドは名残惜しいが、手を振るエレノーラに背を向ける。扉が閉まる音が聞こえ、早く戻って、早く迎えに来よう、そう思いながら急いで帰路に着いた。
まだ薄暗い早朝、レイモンドは人目を避けて大股で歩き、騎士団宿舎にたどり着く。こうして人目につかない時間に、彼がエレノーラの部屋から自分の部屋まで朝帰りする日は、もう一ヶ月もない。
レイモンドが部屋に戻ると、同室のニコラスは相変わらず朝早く起きていて、朝帰りした彼をちらりと見たが、何も言わなかった。殆ど毎日のことになっているので、言うことも無いのだろう。
(…いや、期待していた訳じゃないからな!)
レイモンドは脳内で言い訳しながら、隣に目を向ける。するとそこには、エレノーラがぴったりと寄り添い、彼を見つめていた。
「おはよう、レイモンド」
「エレノーラ…おはよう」
レイモンドが慌てて口元を拭うと、エレノーラはくすりと笑う。微笑んだ彼女は手をついて上体を起こすと、彼の唇に口づけた。
「レイモンド、今日はすっごくいい朝よ」
「え?…ああ」
レイモンドは何かすっきりしない、物足りなさを感じていた。昨夜は何も無いまま寝てしまい、今朝も何も無いまま起きてしまった。
(…いや、別になくてもいいけどさ)
彼が悶々としているのとは対照的に、エレノーラはいつもよりも機嫌が良さそうだ。楽しげに笑いながらベッドを降り、鼻歌を歌いながら水差しからグラスに水を注ぐ。レイモンドは彼女からそのグラスを手渡されて感謝し、水で喉を潤した。
レイモンドはエレノーラが用意した水で顔を洗い、リネンで雑に拭き取る。水滴が頬から顎に伝ってぽたりと落ちると、エレノーラは笑った。
「レイモンド、まだ濡れているわ。ほら」
「ん」
彼女はレイモンドの手にあるリネンを取り、彼の顔を優しく吹いた。レイモンドは少し照れくさくて顔を背けると、彼女はまたくすりと笑い、彼は誤魔化すように服を正した。
「…じゃあ、後で迎えに来る」
「うんうん!うんとおめかしして、待っているわ」
ネグリジェ姿のエレノーラは、とても嬉笑顔だった。
(…喜んでもらえて、よかった)
レイモンドは彼女の笑顔を見て、この褒美は間違っていなかったと思えた。彼は少しにやけそうになったのを片手で口元を覆うことで隠し、部屋を出ようとする。そこでエレノーラは彼の袖を引いた。
「ん?」
なんだろうと思いながらレイモンドが振り返ると、エレノーラが今度は彼のシャツの前を軽く引く。彼がそれに従って少し屈むと、背伸びしたエレノーラの唇が唇に重ねられた。触れるだけのキスを一回だけすると、エレノーラは目を細め、嬉しそうに笑う。
「また、後でね」
「…ああ」
レイモンドは名残惜しいが、手を振るエレノーラに背を向ける。扉が閉まる音が聞こえ、早く戻って、早く迎えに来よう、そう思いながら急いで帰路に着いた。
まだ薄暗い早朝、レイモンドは人目を避けて大股で歩き、騎士団宿舎にたどり着く。こうして人目につかない時間に、彼がエレノーラの部屋から自分の部屋まで朝帰りする日は、もう一ヶ月もない。
レイモンドが部屋に戻ると、同室のニコラスは相変わらず朝早く起きていて、朝帰りした彼をちらりと見たが、何も言わなかった。殆ど毎日のことになっているので、言うことも無いのだろう。
0
お気に入りに追加
982
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
一年で死ぬなら
朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。
理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。
そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。
そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。
一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・
義妹に苛められているらしいのですが・・・
天海月
恋愛
穏やかだった男爵令嬢エレーヌの日常は、崩れ去ってしまった。
その原因は、最近屋敷にやってきた義妹のカノンだった。
彼女は遠縁の娘で、両親を亡くした後、親類中をたらい回しにされていたという。
それを不憫に思ったエレーヌの父が、彼女を引き取ると申し出たらしい。
儚げな美しさを持ち、常に柔和な笑みを湛えているカノンに、いつしか皆エレーヌのことなど忘れ、夢中になってしまい、気が付くと、婚約者までも彼女の虜だった。
そして、エレーヌが持っていた高価なドレスや宝飾品の殆どもカノンのものになってしまい、彼女の侍女だけはあんな義妹は許せないと憤慨するが・・・。
溺愛プロデュース〜年下彼の誘惑〜
氷萌
恋愛
30歳を迎えた私は彼氏もいない地味なOL。
そんな私が、突然、人気モデルに?
陰気な私が光り輝く外の世界に飛び出す
シンデレラ・ストーリー
恋もオシャレも興味なし:日陰女子
綺咲 由凪《きさき ゆいな》
30歳:独身
ハイスペックモデル:太陽男子
鳴瀬 然《なるせ ぜん》
26歳:イケてるメンズ
甘く優しい年下の彼。
仕事も恋愛もハイスペック。
けれど実は
甘いのは仕事だけで――――
【完結】婚約破棄はブーメラン合戦です!
睫毛
恋愛
よくある婚約破棄ものです
公爵令嬢であるナディア・フォン・サルトレッティは、王家主催の夜会の最中に婚約者である王太子ジョバンニ・ダッラ・ドルフィーニによって婚約破棄を告げられる。
ええ、かまいませんよ。
でもしっかり反撃もさせていただきます。
それと、貴方達の主張は全部ブーメランですからね。
さっくりざまぁさせていただきます!
ざまぁ本編は一応完結(?)です。
ブーメラン後の話の方が長くなってます(;'∀')
元婚約者が反省したり(遅い)
隣国の王族が絡んできたりします!
ナディアが段々溺愛されていきます(笑)
色々と設定は甘め
陰謀はさくっと陰で解決するので、謎はあまり深堀しません
そんな感じでよろしければ是非お読みください(*´Д`)
何だか長くなってきたので、短編から長編に変更しました・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる