治療と称していただきます

茜菫

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第一部

今だから出来ること(4)

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 すぐ戻ってくると思っていたエレノーラはなかなか戻ってこず、レイモンドは気づけば寝入ってしまって朝になっていた。朝起きたらエレノーラが食われていた、ということはなかった。

(…いや、期待していた訳じゃないからな!)

 レイモンドは脳内で言い訳しながら、隣に目を向ける。するとそこには、エレノーラがぴったりと寄り添い、彼を見つめていた。

「おはよう、レイモンド」

「エレノーラ…おはよう」

 レイモンドが慌てて口元を拭うと、エレノーラはくすりと笑う。微笑んだ彼女は手をついて上体を起こすと、彼の唇に口づけた。

「レイモンド、今日はすっごくいい朝よ」

「え?…ああ」

 レイモンドは何かすっきりしない、物足りなさを感じていた。昨夜は何も無いまま寝てしまい、今朝も何も無いまま起きてしまった。

(…いや、別になくてもいいけどさ)


 彼が悶々としているのとは対照的に、エレノーラはいつもよりも機嫌が良さそうだ。楽しげに笑いながらベッドを降り、鼻歌を歌いながら水差しからグラスに水を注ぐ。レイモンドは彼女からそのグラスを手渡されて感謝し、水で喉を潤した。

 レイモンドはエレノーラが用意した水で顔を洗い、リネンで雑に拭き取る。水滴が頬から顎に伝ってぽたりと落ちると、エレノーラは笑った。

「レイモンド、まだ濡れているわ。ほら」

「ん」

 彼女はレイモンドの手にあるリネンを取り、彼の顔を優しく吹いた。レイモンドは少し照れくさくて顔を背けると、彼女はまたくすりと笑い、彼は誤魔化すように服を正した。

「…じゃあ、後で迎えに来る」

「うんうん!うんとおめかしして、待っているわ」

 ネグリジェ姿のエレノーラは、とても嬉笑顔だった。

(…喜んでもらえて、よかった)

 レイモンドは彼女の笑顔を見て、この褒美は間違っていなかったと思えた。彼は少しにやけそうになったのを片手で口元を覆うことで隠し、部屋を出ようとする。そこでエレノーラは彼の袖を引いた。

「ん?」

 なんだろうと思いながらレイモンドが振り返ると、エレノーラが今度は彼のシャツの前を軽く引く。彼がそれに従って少し屈むと、背伸びしたエレノーラの唇が唇に重ねられた。触れるだけのキスを一回だけすると、エレノーラは目を細め、嬉しそうに笑う。

「また、後でね」

「…ああ」

 レイモンドは名残惜しいが、手を振るエレノーラに背を向ける。扉が閉まる音が聞こえ、早く戻って、早く迎えに来よう、そう思いながら急いで帰路に着いた。

 まだ薄暗い早朝、レイモンドは人目を避けて大股で歩き、騎士団宿舎にたどり着く。こうして人目につかない時間に、彼がエレノーラの部屋から自分の部屋まで朝帰りする日は、もう一ヶ月もない。

 レイモンドが部屋に戻ると、同室のニコラスは相変わらず朝早く起きていて、朝帰りした彼をちらりと見たが、何も言わなかった。殆ど毎日のことになっているので、言うことも無いのだろう。
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