治療と称していただきます

茜菫

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第一部

朝を共に(1)

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 レイモンドが飛び起きる少し前のこと。エレノーラは彼の寝顔を眺めていた。

(綺麗な、色)

 彼女はアッシュブロンドの、少し癖のある髪に指を差し入れて梳く。同じ色の長いまつ毛に縁取られた瞼の下には、晴れた空のようなベイビーブルーの目が隠れている。どちらの色も、彼女がこよなく愛する色だ。

「レイモンド」

 エレノーラは隣で眠る、愛しい人の名前を小さく呼んだ。日が昇る前の早朝、未だ、彼は起き出しそうにない。

「好きよ」

 彼女は少しかさついた彼の唇に自分のそれを重ねて、幸せな気持ちに浸る。レイモンドが、鍛え上げた体に汗を滲ませてこの唇を開き、快楽に酔いながら彼女の名前を呼ぶ瞬間が、たまらなく好きだった。その瞬間だけは、彼が自分に夢中になってくれて、彼を自分だけが独占している気になれるからだ。

(悪い魔女を倒して、あの地獄の日々から救い出してくれた…私の、私だけの王子様)

 実際は国に仕える騎士様で、エレノーラを救い出すために享楽の魔女を打ち倒した訳ではない。それでも、彼女はあの時本当にそう思ったし、真実がどうであっても、今でもそう思っている。

 エレノーラは今でこそ国に保護されている身だが、強いられていたとはいえ、国敵である享楽の魔女に助力していたことから、処されていてもおかしくはなかった。彼女が後で聞いたところ、レイモンドが真っ先に王に直接助命嘆願したそうだ。

(私がレイモンドと、お兄さんを助けたことがあるんだっけ)

 エレノーラは一時期、自分の腕を試そうとふらふらと定住せずに各地を巡っていたことがあった。おそらく、その時のことなのだろう。彼女はレイモンドとその兄のことは記憶に残っておらず、行動の全てが善意だった訳ではないが、その時の行いが今に繋がったのだと思うと、少しだけその時の自分を褒めたくなった。

(…でも、目立ちすぎたから、あの男に目をつけられたのよね)

 それと同じように、享楽の魔女を助けてしまったことであんな目にあうことになったと思うと、複雑なところでもあった。

「…ふふ」

 色々と望ましくない経緯はあったものの、エレノーラは数ヶ月後にはレイモンドと正式に夫婦になる。彼女が望んでもかなうはずがないと思っていたことが、現実になる。

(私のこと、好きでいてくれたなんて…嬉しいな)

 エレノーラはレイモンドが彼女を護るのは、彼女への恩義と国に仕える騎士としての義務からだとずっと思っていた。実際、彼はその気持ちもあったし、度々、貴女のためではありませんからと、照れ隠しで釘をさしていた。

(…いくら、私がレイモンドのことを好きでも…一緒になれる未来なんて、絶対にないと思っていたのに)

 彼女はその言葉を聞く度に残念だと思っていたが、未来を楽観視できなかったため、悲しくはなかった。
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