治療と称していただきます

茜菫

文字の大きさ
上 下
24 / 174
第一部

夢だったのなら(3)

しおりを挟む
 レイモンドは青ざめて震えているだけで何も答えようとしないメイドに苛立つ。極力表に態度に出さないように気をつけて、彼は息を吐いた。

「黙っていても、状況は良くなるどころか悪化するだけですよ」

 彼の言葉に涙を浮かべたメイドの肩に、エレノーラがそっと触れた。びくりと再び身体を震わせ彼女を見たそのメイドに、エレノーラが優しく声をかける。

「私の方から、寛大な処置にして貰えるようにお願いしてみるから…ね?」

 エレノーラがちらりとレイモンドに目を向けた。それに彼は少し唸ったものの、頷く。遂に泣き出してしまったメイドは、しゃくりあげながらも漸く自分の名と所属を口にした。レイモンドはエレノーラがそのように言っていたことも報告するつもりではあるが、処分を決めるのは彼ではないため、保証はできなかった。

(…あとは、エレノーラをここに一人置き去りにした護衛だ…)

 レイモンドが考えながらメイドを慰めているエレノーラを眺めていると、誰かが横手の建物から出てきた。このタイミングからして、恐らく今日の護衛担当だろう。その人物を見て、同僚が呻いた。

「…レイモンド!」

 その声に聞き覚えがあり、レイモンドも同じように呻きそうになったが、何とか耐える。

「…アグネス」

 宮廷魔道士のアグネスは享楽の魔女を嫌っていて、エレノーラに対してもその嫌悪を示していた。

(どうして、アグネスを担当にしたんだよ…!)

 レイモンドは魔道士長に苦言を呈したくなった。アグネスのエレノーラに対する態度は見るに見兼ねるもので、彼は何度も彼女を担当から外してほしいと意見していた。

(流石に、ここまで馬鹿な真似はしないとは思っていたのに…)

 だが、これでアグネスは永久に担当から外されるだろう。彼女を担当にした上官にも、責任はとってもらわねばならない。

「きゃあ!レイモンド、濡れているわ…!これを…」

「いえ。拭くものはあるので、結構です」

 レイモンドがアグネスからハンカチを差し出されて断ると、彼の手元に女物のハンカチが握られているのを見たアグネスはエレノーラを睨みつける。エレノーラはただ、困ったように眉尻を下げるだけだ。その様子を見兼ねて彼がそこに割り入ると、アグネスが誤魔化すように視線を外した。

「アグネス。何故、エレノーラを一人にしたのですか」

「…それは…」

 アグネスは押し黙った。レイモンドは彼女が素直に答えるとは思っていなかったが、予想通りでため息しか出ない。

「…馬鹿なことを」

 彼が呟くと、アグネスが羞恥からか、顔を赤くそめる。口を開いたが、上手い言い訳が思いつかなかったのか、そこから音は出なかった。

「…まあ、いいです。言い訳は、貴女の上官にしてください」

「っレイモンド、私は…!」

「いいです、と言いました。エレノーラは私が部屋まで送ります」

「待って!それは、私が」

「彼女をここに一人残してどこかへ行っていた貴女のことは、信用できません」

 レイモンドがはっきりと言うと、アグネスは返す言葉もないのだろう、俯いて黙り込んだ。みるみる間にその目から涙が溢れていくが、レイモンドは彼女に同情の余地はない。彼は戸惑っているエレノーラを促し、少し躊躇したようだが、彼女は頷いて彼に従った。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

【完結】都合のいい女ではありませんので

風見ゆうみ
恋愛
アルミラ・レイドック侯爵令嬢には伯爵家の次男のオズック・エルモードという婚約者がいた。 わたしと彼は、現在、遠距離恋愛中だった。 サプライズでオズック様に会いに出かけたわたしは彼がわたしの親友と寄り添っているところを見てしまう。 「アルミラはオレにとっては都合のいい女でしかない」 レイドック侯爵家にはわたししか子供がいない。 オズック様は侯爵という爵位が目的で婿養子になり、彼がレイドック侯爵になれば、わたしを捨てるつもりなのだという。 親友と恋人の会話を聞いたわたしは彼らに制裁を加えることにした。 ※独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

もう一度あなたと?

キムラましゅろう
恋愛
アデリオール王国魔法省で魔法書士として 働くわたしに、ある日王命が下った。 かつて魅了に囚われ、婚約破棄を言い渡してきた相手、 ワルター=ブライスと再び婚約を結ぶようにと。 「え?もう一度あなたと?」 国王は王太子に巻き込まれる形で魅了に掛けられた者達への 救済措置のつもりだろうけど、はっきり言って迷惑だ。 だって魅了に掛けられなくても、 あの人はわたしになんて興味はなかったもの。 しかもわたしは聞いてしまった。 とりあえずは王命に従って、頃合いを見て再び婚約解消をすればいいと、彼が仲間と話している所を……。 OK、そう言う事ならこちらにも考えがある。 どうせ再びフラれるとわかっているなら、この状況、利用させてもらいましょう。 完全ご都合主義、ノーリアリティ展開で進行します。 生暖かい目で見ていただけると幸いです。 小説家になろうさんの方でも投稿しています。

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

処理中です...