治療と称していただきます

茜菫

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第一部

夢だったのなら(2)

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 がらんとバケツが地面に落ちて、転がる音が響いた。レイモンドは勢いよく汚れた水を顔にぶち掛けられ、不快感に眉間に皺が寄る。

(…もっと早く動いていれば、バケツを叩き落としてしまうこともできたかもしれないのに)

 そう考えたところで、この様だ。彼が真っ青になっているメイドをじろりとみれば、彼女は大袈裟に肩を震わせて腰を抜かし、その場にへたり込む。

「えっ…レイモンド?!」

 レイモンドが袖で顔を拭っていると、エレノーラの驚いた声を上げた。僕とメイドを交互に見て、何があったのかを直ぐに察したのだろう、彼女は彼の横に回ると、ハンカチを取り出して彼の顔に手を伸ばす。

「だっ、大丈夫です、から!」

 それが無性に恥ずかしくて、レイモンドは慌ててその細い腕を掴んで止めた。彼はしまったと直ぐに離すが、エレノーラは目を丸くして彼を見ているだけだ。

「…レイモンド、これを使って」

 レイモンドが言い訳をする前に、彼女は彼の手を掴んでハンカチを握りしめさせる。

「…ありがとうございます」

 彼はこんな汚い水を拭くのにエレノーラのハンカチを使うのはと躊躇したが、不安そうにこちらを見る彼女と目が合い、感謝を述べてそのハンカチで顔を拭った。その様子を見て、彼女はほっと胸を撫で下ろす。

「っ…ウェルシュ、さま…も、申し訳ございま…」

 メイドは震えた声で謝罪し、レイモンドがそちらを見れば、彼女は青い顔で俯き、肩を震わせる。

(…エレノーラに、嫌がらせで汚水をかけようとしていたのか。タイミングがよすぎる)

 ここにエレノーラが一人でいることを知っていたかのようだ。それとも、こうすることを指示されたか。

「…名と、所属は」

「レイモンド…私は」

 レイモンドは彼の腕を引いて止めようとするエレノーラに、静かに首を振る。

「貴女が許しても、貴女は我が国が保護している魔女で、これは王宮内で起きたことです。無かったことには、できません」

 エレノーラを監視だけではなく保護しているのは、彼女の知識が価値ありと認められているからだ。実際に彼女は傷を癒す薬をはじめ、病の特効薬を作り出し、様々な魔法薬を生み出して国に貢献していた。

 メイドは人目のつかない場所でならとでも思ったのだろうが、目撃者は二人もいる。たとえ、ただの軽い気持ちで起こしたいやがらせのつもりであっても、国が保護している、王がそれを認めている魔女に危害を加えようとした、それは許されることではない。その行為がどんな意味を持つのか、失敗した時にどのようになるのか考えられないのならば、やるべきではなかった。
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