98 / 109
番外編
一緒なら構いません(6)
しおりを挟む
翌朝、アデリナが目を覚まし、眠い目をこすりながら寝返りをうつと、既に隣にはヴァルターの姿がなかった。彼女は少し気だるい体を抱きしめ、昨夜のことを思い出して頬を赤らめる。
(…昨夜は…ふふっ)
アデリナは暫くうっとりとし、そのまま再び眠りにつきそうになったが、はっとして時計を確認した。時計の針は、ヴァルターが家を出る時間に近づいていた。
(もう、こんな時間なの?!)
アデリナは起きる時間は異なるものの、毎日ヴァルターを見送っている。昨夜のように情熱的な夜を過ごした翌朝は、それができないこともあった。ヴァルターも疲れたアデリナを気遣い、起こさないように指示することもあり、今回も同じように指示していたが、今回に限ってはアデリナにとってはいらぬ気遣いとなってしまった。
(お見送りしないと!)
アデリナは今日はどうしても見送りたかった。彼女はベッドから起き出すと、素早く最低限の身なりを整える。顔を洗い、髪を整え、乱れた服を正してショールを羽織り、アデリナは姿見の鏡で確認すると、急ぎ部屋を出て玄関ホールに向かった。
丁度その頃、ヴァルターは屋敷を出ようとしていた。彼はアデリナの足音を聞き分けると、足を止めて振り返る。
「旦那様!」
アデリナは軍服に身を包み、腰にサーベルを差したヴァルターの姿を目に映し、間に合ったとほっと胸をなでおろした。対して、ヴァルターは彼女の登場に少し驚いたようで、目を丸くして一歩、扉ではなく屋敷の中へと足を進める。アデリナは階段を少し早めに降りると、そのままヴァルターに駆け寄った。
「アデリナ」
ヴァルターがアデリナの方へと手を伸ばすと、彼女は自分へと伸ばされた彼の手を掴み、唇を尖らせる。
「置いていこうとなさるだなんて、酷いですわ!」
アデリナの怒りの声に、ヴァルターは一歩後ろに下がった。彼は少し視線をさ迷わせた後、僅かに眉尻を下げる。
「…いや、昨夜は無理をさせたから、休…」
「何をおっしゃいますか!あれは…その、私が…」
口篭り、顔を赤くしてアデリナは俯いた。情熱的な夜を過ごし、ぐったりとして寝入るまでさんざん愉しんだが、元々煽ったのはアデリナであり、彼女自身が望んだことだからと無理をしたという意識は全くなかった。
「…兎も角、暫くお会いできなくなるのですから…ちゃんと、お見送りさせてください。寂しいではないですか…」
アデリナの言葉に、ヴァルターは少し己の行動を後悔する。彼女の言う通り、二人は暫くの間会えなくなるだろう。ヴァルターはそれを寂しく感じていたが、それは彼だけではなくアデリナも同じだ。
「そうか…すまない」
「もう。…私、言葉だけでは許しませんからね!」
わざと目尻を釣りあげ、怒った表情を見せたアデリナに、ヴァルターは慌てる。一国の軍を率いる彼も、可愛い新妻には全くかなわないようだ。
「アデリナ…」
ふいと顔を背けたアデリナに、ヴァルターは焦る。彼はしばし考え込んだ後、顔を背けたままの彼女をそっと抱き寄せる。彼の腕の中におさまったアデリナは、満足そうに微笑んだ。
「…許してくれるか」
許しを請うヴァルターの言葉に、アデリナは彼に顔を向けた。
「…ふふ、仕方がありませんね」
彼女は小さく笑うと、顔を上げて目を閉じる。その意図を察したヴァルターは、その唇に軽く口付けた。触れるだけの口付けを交わした後、ヴァルターはアデリナを放す。彼女もこれ以上は引き止めるわけにはいかないと、彼の前に立つ。
「ヴァルター、行ってらっしゃいませ。私、お待ちしていますわ」
「…ああ、行ってくる」
ヴァルターはほんの僅かに口角を上げ、上機嫌になったアデリナは笑顔で彼を見送った。彼女は彼の後ろ姿を、玄関の扉が閉じられその姿が見えなくなるまで、じっと見つめる。扉が閉まってからも、暫くその場で彼が去った方向をじっと見つめていたが、アデリナは今の自分の姿を思い出して、口元に手をあてる。
「あらやだ、私ったら…」
彼女は少し気恥ずかしそうに頬を赤らめながら、そそくさと部屋へと戻った。今日のヴランゲル侯爵夫妻も何時ものように仲睦まじいと、使用人らは微笑ましく思いながら静かに控えていた。
(…昨夜は…ふふっ)
アデリナは暫くうっとりとし、そのまま再び眠りにつきそうになったが、はっとして時計を確認した。時計の針は、ヴァルターが家を出る時間に近づいていた。
(もう、こんな時間なの?!)
アデリナは起きる時間は異なるものの、毎日ヴァルターを見送っている。昨夜のように情熱的な夜を過ごした翌朝は、それができないこともあった。ヴァルターも疲れたアデリナを気遣い、起こさないように指示することもあり、今回も同じように指示していたが、今回に限ってはアデリナにとってはいらぬ気遣いとなってしまった。
(お見送りしないと!)
アデリナは今日はどうしても見送りたかった。彼女はベッドから起き出すと、素早く最低限の身なりを整える。顔を洗い、髪を整え、乱れた服を正してショールを羽織り、アデリナは姿見の鏡で確認すると、急ぎ部屋を出て玄関ホールに向かった。
丁度その頃、ヴァルターは屋敷を出ようとしていた。彼はアデリナの足音を聞き分けると、足を止めて振り返る。
「旦那様!」
アデリナは軍服に身を包み、腰にサーベルを差したヴァルターの姿を目に映し、間に合ったとほっと胸をなでおろした。対して、ヴァルターは彼女の登場に少し驚いたようで、目を丸くして一歩、扉ではなく屋敷の中へと足を進める。アデリナは階段を少し早めに降りると、そのままヴァルターに駆け寄った。
「アデリナ」
ヴァルターがアデリナの方へと手を伸ばすと、彼女は自分へと伸ばされた彼の手を掴み、唇を尖らせる。
「置いていこうとなさるだなんて、酷いですわ!」
アデリナの怒りの声に、ヴァルターは一歩後ろに下がった。彼は少し視線をさ迷わせた後、僅かに眉尻を下げる。
「…いや、昨夜は無理をさせたから、休…」
「何をおっしゃいますか!あれは…その、私が…」
口篭り、顔を赤くしてアデリナは俯いた。情熱的な夜を過ごし、ぐったりとして寝入るまでさんざん愉しんだが、元々煽ったのはアデリナであり、彼女自身が望んだことだからと無理をしたという意識は全くなかった。
「…兎も角、暫くお会いできなくなるのですから…ちゃんと、お見送りさせてください。寂しいではないですか…」
アデリナの言葉に、ヴァルターは少し己の行動を後悔する。彼女の言う通り、二人は暫くの間会えなくなるだろう。ヴァルターはそれを寂しく感じていたが、それは彼だけではなくアデリナも同じだ。
「そうか…すまない」
「もう。…私、言葉だけでは許しませんからね!」
わざと目尻を釣りあげ、怒った表情を見せたアデリナに、ヴァルターは慌てる。一国の軍を率いる彼も、可愛い新妻には全くかなわないようだ。
「アデリナ…」
ふいと顔を背けたアデリナに、ヴァルターは焦る。彼はしばし考え込んだ後、顔を背けたままの彼女をそっと抱き寄せる。彼の腕の中におさまったアデリナは、満足そうに微笑んだ。
「…許してくれるか」
許しを請うヴァルターの言葉に、アデリナは彼に顔を向けた。
「…ふふ、仕方がありませんね」
彼女は小さく笑うと、顔を上げて目を閉じる。その意図を察したヴァルターは、その唇に軽く口付けた。触れるだけの口付けを交わした後、ヴァルターはアデリナを放す。彼女もこれ以上は引き止めるわけにはいかないと、彼の前に立つ。
「ヴァルター、行ってらっしゃいませ。私、お待ちしていますわ」
「…ああ、行ってくる」
ヴァルターはほんの僅かに口角を上げ、上機嫌になったアデリナは笑顔で彼を見送った。彼女は彼の後ろ姿を、玄関の扉が閉じられその姿が見えなくなるまで、じっと見つめる。扉が閉まってからも、暫くその場で彼が去った方向をじっと見つめていたが、アデリナは今の自分の姿を思い出して、口元に手をあてる。
「あらやだ、私ったら…」
彼女は少し気恥ずかしそうに頬を赤らめながら、そそくさと部屋へと戻った。今日のヴランゲル侯爵夫妻も何時ものように仲睦まじいと、使用人らは微笑ましく思いながら静かに控えていた。
1
お気に入りに追加
1,081
あなたにおすすめの小説
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
帝国最強(最凶)の(ヤンデレ)魔導師は私の父さまです
波月玲音
恋愛
私はディアナ・アウローラ・グンダハール。オストマルク帝国の北方を守るバーベンベルク辺境伯家の末っ子です。
母さまは女辺境伯、父さまは帝国魔導師団長。三人の兄がいて、愛情いっぱいに伸び伸び育ってるんだけど。その愛情が、ちょっと問題な人たちがいてね、、、。
いや、うれしいんだけどね、重いなんて言ってないよ。母さまだって頑張ってるんだから、私だって頑張る、、、?愛情って頑張って受けるものだっけ?
これは愛する父親がヤンデレ最凶魔導師と知ってしまった娘が、(はた迷惑な)溺愛を受けながら、それでも頑張って勉強したり恋愛したりするお話、の予定。
ヤンデレの解釈がこれで合ってるのか疑問ですが、、、。R15は保険です。
本人が主役を張る前に、大人たちが動き出してしまいましたが、一部の兄も暴走気味ですが、主役はあくまでディー、の予定です。ただ、アルとエレオノーレにも色々言いたいことがあるようなので、ひと段落ごとに、番外編を入れたいと思ってます。
7月29日、章名を『本編に関係ありません』、で投稿した番外編ですが、多少関係してくるかも、と思い、番外編に変更しました。紛らわしくて申し訳ありません。
つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福
ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨ 読んで下さる皆様のおかげです🧡
〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。
完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話に加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は是非ご一読下さい🤗
ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン♥️
※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする
カエデネコ
恋愛
※カクヨムの方にも載せてあります。サブストーリーなども書いていますので、よかったら、お越しくださいm(_ _)m
リアンは有名私塾に通い、天才と名高い少女であった。しかしある日突然、陛下の花嫁探しに白羽の矢が立ち、有無を言わさず後宮へ入れられてしまう。
王妃候補なんてなりたくない。やる気ゼロの彼女は後宮の部屋へ引きこもり、怠惰に暮らすためにその能力を使うことにした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる