まずは抱いてください

茜菫

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本編

好きです、旦那様(13)

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(…本当に、会えるなんて!)

 アデリナは嬉しさのあまり頬を緩め、そのままヴァルターの元へ駆け出してしまいたくなる。淑女が人前で走るのははしたないことだと、彼女はその気持ちをぐっと堪え、足を一歩進めた。

 彼女が一歩、さらに一歩と足を進めていくと、少しずつ彼との距離は縮まっていく。それが嬉しくて、アデリナはつい早足になってしまった。

(旦那様、…え…?)

 アデリナは上機嫌に彼の元へと向かっていたが、あることに気づいて、足を止める。浮かれていた頭が一気に冷えて、彼女は口元を片手で覆った。

(誰…?)

 ヴァルターは女性と向かい合っていた。その女性は笑顔で、彼は腕に花束を抱えて眉間に皺を寄せている。二人の姿を見つめながら、アデリナはそのまま立ち竦んでしまった。

(まさか…)

 彼女は二人が向かい合っているその理由を、簡単に思いついてしまう。それも、とても嫌な理由が。

(あの女性が…旦那様の…!?)

 今、ヴァルターの向かいにいる女性が、彼の口説きたい女性、つまりは愛人にしたい女性なのではと。アデリナはその予想に胸が締め付けられるのと同時に、貴族の婚姻に、伴侶に恋愛を求めるのは愚かだ、そう言われる理由が理解できた。

 もし伴侶に恋をして、それが報われないものであれば、夫婦という関係は牢獄に変わる。そこから逃げることもできず、ただ悲しみ、苦しみ、嘆くしかできなくなってしまうからだ。

(でも、でも…!)

 ヴァルターがアデリナに見せるあの表情、かける言葉、それは全て真実だった。アデリナもそれを信じている。例え、彼が目の前にいる女性へ想いを向けていても、自分への想いもあるはずだと、アデリナは自分に言い聞かせた。

(…いや。誰にも、譲りたくない!)

 アデリナはその想いを止められず、はしたないとわかっていても、ヴァルターの元へと駆け寄った。誰かが近づいていることに気づいたのだろう、アデリナがたどり着く前に、彼は彼女へと顔を向ける。

「アデリナ?」

 彼女を目に映したヴァルターは目を見開き、手にしていた花束を後ろ手に隠して、女性から離れた。その動作に、アデリナは怒りを覚える。

(…どうして)

 隠したということは、後暗さがあるのではないか。アデリナは悋気を起こすのは愚かだといわれても、起こさずにはいられなかった。

「ヴァルター」

「アデリナ、何故ここに」

 彼女の声は、震えていた。怒りなのか、恐怖なのか、それはアデリナ自身でもよくわからなかった。

「今、何を隠されたのですか」

「それは…」

 ヴァルターの言葉を濁した様子に、彼女の予想は確信へと変化する。アデリナは胸が張り裂けそうなくらいに苦しくなり、悲しみに涙を浮かべた。ヴァルターは驚き、目を見開いて彼女へと手を伸ばす。

「アデリナ、何があった」

 アデリナの常ならぬ様子に、ヴァルターは彼女にとってただならぬことが起こったのだと理解した。宥め落ちつかせようと彼女へ手を伸ばすが、それは避けられ、彼は驚きに目を見開く。

「う、後ろの女性は、…っ…一体…」

 アデリナが何とか言葉を絞り出すと、ヴァルターが虚をつかれたように口を半開きにした。彼は一度だけ後ろを振り返ると、彼女が何を訴えようとしているのか気づいたようで、その表情を引き締める。
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