まずは抱いてください

茜菫

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本編

情けないことはわかっている(6)

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 だが、今は違う。屋敷に戻ればアデリナが出迎えてくれるのだから、ヴァルターには帰らないという選択肢はなかった。

 こんなにも、たった一人の存在で感じ方が変わってしまうものなのかと、ヴァルターは自分の中に起きた変化に戸惑いもするが、彼女の姿を目に映しただけで嬉しく思う今も、悪くないとも思えた。見るだけでは足りず、色々と欲も湧くが。

「三日後に休暇を取っていただろう。都合があうなら、一緒に出かけてみたらどうだ」

「…出かける、か」

 ヴァルターは、少し前にエドゥアルトが妻と共にオペラを観に行ったと言っていたことを思い出す。彼は興味がなく一度も観たことはないが、もしアデリナに興味があれば、行ってみるのもいいかもしれないと考えた。

「あとは…そうだ。お前、ちゃんと何か贈ったか?」

「花を贈った」

「そうかそうか!それは良かった!」

「喜んでくれたから、毎日贈ったのだが…」

「…………毎日、だと?生花を、毎日?相手が困るから、止めた方がいい」

「そうだ。困らせたから、止めた」

「ヴァルター…お前ってやつは…本当に…」

 エドゥアルトは頭を押さえて俯いた。ヴァルターは最初に贈った花でアデリナが喜んでくれ、寝室に飾られたことに舞い上がってしまって、それから毎日花を贈っていた。少し困った顔をさせてしまったので、今は控えている。今でこそ少し考えればわかるが、その時はただ喜ばせたいという想いだけで、後のことを全く考えていなかった。

「…情けないことは、わかっている」

「そうか。自覚があるならよかった。…それと、贈り物は特別感を演出した方がいい。毎日は感動が薄れる」

「そうか…では、他にどうすれば」

「できるのなら、甘い言葉でも囁いてみたらどうだ。できるのなら」

「甘い…」

 ヴァルターもそれが物理的な甘さを指しているのではないことは、流石にわかっている。女性を喜ばせる言葉を指しているのもわかってはいるが、全く思いつかなかった。

「ほら、そろそろ戻りますよ。ヴランゲル軍団長」

「…ああ」

 しかし、エドゥアルトに話は終いだと言わんばかりに切り上げられ、ヴァルターはとぼとぼと仕事に戻るしかなかった。




 その後、ヴァルターは仕事を終えて家路につこうとしたところで、休息中の部下を見つけた。交際している女性と楽しそうに話していたので、参考にしようと少し緊張しながら遠目で二人の様子を見聞きしていたのだが。

「ひいっ、閣下…!?こ、これは、その…すみませんでした!」

「も、申し訳ございません…!」

 そのヴァルターに気づいた部下と女性は、頭を下げて逃げてしまった。ヴァルターは休憩中のことは節度を守っていればとやかく言うつもりはなかったし、むしろ、覗き見していた彼が非難される側だろう。

(…明日、邪魔した詫びをいれなければな)

 ヴァルターは遠く離れてしまった二人の背を眺めながら、明日に改めて詫びようと思い、帰るために再び足を進めた。そのため、何故か軍団長にめちゃくちゃ睨まれたと、部下がぼやいていたことなど、知る故もなかった。
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