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本編
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「……交際して恋人になったり、結婚して夫婦になったり……そっ、そういう仲でしかしないことをしたり……」
「それって、騎士さまの大事なもの見ることも?」
「…………まあ、そう、ですね。その場合、見るだけでは済まないと思いますが」
「どういうこと?」
「それは…………えっと、実際にそうなったら、わかります」
ヴィヴィアンヌの好奇心は未だにオリヴィエの大事なものに注がれている。オリヴィエは自分の体の一部ではあるが、もっとほかに自分に興味を持ってくれたらと多少釈然としない気持ちになった。だがいまはその不満を飲み込んで話を続ける。
「ともかく、僕は君が好きなんです」
「騎士さまは私が好きだから、そういう仲になりたいってこと?」
「……有り体に言えば、そういうことです」
「ふうん、そっか」
、オリヴィエはヴィヴィアンヌの生返事に苦笑いする。想いは微塵ほどにしか伝わっていないだろうが、ひとまずは知ってもらえただけでも良しとすべきかと諦めた。
「そのことを、頭の片隅でいいので覚えて……少し、考えてくれるとうれしいです」
「うん、わかった」
ヴィヴィアンヌはうなずくと、オリヴィエの背に回した腕を離して一歩後ろに下がった。オリヴィエは体が離れて少し残念な気分になって一つため息をつき、洞窟へと近づいていく。そんなオリヴィエの背中を眺めながら、ヴィヴィアンヌはさきほどの彼の言葉を考えていた。
(よくわからないけれど……そういう仲になったら、騎士さま、もっとここにいてくれるのかな)
ヴィヴィアンヌはオリヴィエが思うほど、彼に無関心ではない。恋人も夫婦もつい最近知ったばかりの言葉であり、その意味を知らないために興味がわかないだけだ。
毎日顔を合わせ、たわいもない話をし、話をしなくとも同じ場所で時間を過ごす。それは一人では知れなかったよろこびや楽しみだ。ヴィヴィアンヌはこれからももっとそれを感じたいし、もっと知りたい。だからこそオリヴィエとともに過ごす時間がこのままもっと長く続いてほしい、むしろずっと続いてほしいと思っている。
(……騎士さまはきっと、大切な方のところに行っちゃうんだよね)
オリヴィエは大切な方のために、命の危険を冒してまでこの森にやってきた。彼が望むものはいま、ヴィヴィアンヌの目に映る洞窟の中にあるのかもしれない。
(騎士さま、いなくなっちゃう)
そこはヴィヴィアンヌの曾祖母が住処として使っていた場所であり、ヴィヴィアンヌは中に入る方法を知っている。それを使えばオリヴィエは難なく洞窟に入り、目的を果たすだろう。そしてヴィヴィアンヌが続いてほしいと思っている時間は、終わりを迎える。
(やっぱり……ううん、だめ。騎士さま、きっとよろこぶもの。やらないと)
手伝いたくない。そんな気持ちが湧いたが、ヴィヴィアンヌは首を横に振ってそれをはらった。覚悟を決め、一足先に洞窟の入り口を調べているオリヴィエの元に向かう。
「……あれ?」
ヴィヴィアンヌは違和感を覚えて声を漏らした。洞窟の入り口にはヴィヴィアンヌが知らない結界が発生していたからだ。
「……こんなの、なかったのに」
「ヴィヴィアンヌは、この洞窟にきたことがあるのですか?」
「あっ」
ヴィヴィアンヌは慌てて口を両手で塞ぐが、オリヴィエの耳にはしっかりと届いていた。焦って視線をさまよわせるヴィヴィアンヌにオリヴィエは疑問を抱くが、その様子からなにか事情があるのだと察してそれ以上は追求しなかった。
「……おそらく、私のせいです」
「騎士さま、なにしたの?」
ヴィヴィアンヌは純粋な疑問から問いかけた。だがそのことが後ろめたいオリヴィエは批難されたように聞こえたようで、言葉に詰まる。
「えーっと……」
入り口から少し入った先にもう一つ結界がある。それは元々あるもので、オリヴィエが初めて訪れたときにももちろんあった。オリヴィエは魔法の知識などほとんどなく、苦労の末にようやくたどり着いた洞窟でそれを目にし、焦り、冷静ではない行動を取ってしまった。
「……あのときは焦っていたので……無理やり入ろうとして……」
「防衛魔法が働いちゃった?」
「……おそらく」
結果、オリヴィエはなすすべもなく吹き飛ばされてそのまま崖を転落し、意識を失うという大惨事になった。その際に入り口に結界が張られてしまったのだろう。
(……これ、私も識らない結界だ)
ヴィヴィアンヌは中の結界を一時的に解除する方法を知っている。だが入り口にはられた結界は初めて見るもので、解除の方法はわからない。見た限りは簡単に解除できるような代物ではなさそうだ。
(……っ、私、ひどいこと……)
ヴィヴィアンヌはこの結界がオリヴィエの足止めになったことをよろこんでしまった。慌てて首を横に振ると、オリヴィエの隣に立って彼を見上げる。
「……騎士さま、私が解いてみようか?」
「できるのですか!?」
「たぶん。すぐには無理だけど、時間をかけたら……」
オリヴィエは再び躊躇した。またヴィヴィアンヌに負担をかけることになるが、それ以外に方法がない。知識のないオリヴィエでは魔法を解くことは困難、いや、ほぼ不可能と言えるだろう。だが応援を呼ぶこともできず、そもそも呼べるのなら一人でここまでくるなどという暴挙にでなかった。
「……お願いします。私は、君しか頼れないのです」
ヴィヴィアンヌはオリヴィエの言葉に目をまばたかせる。頼られている、役に立てる、それがわかるとヴィヴィアンヌは笑顔になった。
「……へへ。私、がんばるね!」
腕をまくり、早速取り掛かろうとしたヴィヴィアンヌだが、あることが気になって動きを止める。この結界を解けば、中にある結界も解くことになるだろう。そうなれば曾祖母の洞窟にオリヴィエが入れるようになる。
「……ねえ、騎士さま。どうして、この中を調べたいの?」
大切な方を救うため、オリヴィエはそう言った。けれどもヴィヴィアンヌには曾祖母の洞窟を調べることがなぜ大切な方を救うことにつながるのか理解できなかった。
「それは……」
オリヴィエは言葉に詰まったが、ここで答えないのは不義理だろう。これまでヴィヴィアンヌは善意でオリヴィエに力を貸してきた。まだその恩に報いることができないでいる上に、問われたことに答えず隠し続けるなど人道に反している。
「……以前、狂王の話をしましたよね」
「う、うん。あの、怖い王さま……」
魔女狩りと称して多くの魔法使いや魔法に長けた人々の命を奪った、狂王。その所業を思い出しただけで、ヴィヴィアンヌはぞっとして体を震わせる。
(……おばあちゃんは、王さまから隠れるためにこの森に隠れたのかな)
ヴィヴィアンヌはその存在をオリヴィエから聞かされ、祖母が彼女に森の外に出てはいけない、魔法を使えることを知られてはいけないと言っていた理由が狂王から隠れるためだったのではないかと考えている。
「その狂王を殺そうとした、魔女のことも覚えていますか」
「うん。えっと……孫娘を魔女狩りで殺されて……でも、殺せずに殺されちゃったんだよね」
人の世に不干渉の魔女が狂王に牙を剥いたのは、魔女にとって大切であった血縁者を殺された恨みだ。それも、生きたまま火あぶりにするという残忍な方法で。
「……そうです。魔女は殺されてしまいましたが、ただでは殺されなかった」
「えっ、どういうこと?」
「魔女は狂王に、呪いをかけたのです」
魔女は狂王を追い詰めはしたが、結局殺せなかった。卑劣な手でその機会を逃した魔女は逆に追い詰められ、その場で首を切り落とされて殺されてしまった。
しかし魔女の首は狂王をひたと見据えたまま、怨嗟の言葉を吐いた。強大な魔力を持つ魔女の言葉は呪いとなり、狂王は呪われたのだ。
「……えっ、でも、その呪いがどうしたの? 王さまは王子さまと戦乙女が討ち取ったんでしょう?」
魔女が狂王に呪いをかけた。ヴィヴィアンヌはそこまではわかったものの、それがオリヴィエの目的にどうつながるのかわからなかった。すでに狂王は討ち取られてこの世に存在していない。ならばその呪いもいまこの世に存在していない、はずだった。
「それって、騎士さまの大事なもの見ることも?」
「…………まあ、そう、ですね。その場合、見るだけでは済まないと思いますが」
「どういうこと?」
「それは…………えっと、実際にそうなったら、わかります」
ヴィヴィアンヌの好奇心は未だにオリヴィエの大事なものに注がれている。オリヴィエは自分の体の一部ではあるが、もっとほかに自分に興味を持ってくれたらと多少釈然としない気持ちになった。だがいまはその不満を飲み込んで話を続ける。
「ともかく、僕は君が好きなんです」
「騎士さまは私が好きだから、そういう仲になりたいってこと?」
「……有り体に言えば、そういうことです」
「ふうん、そっか」
、オリヴィエはヴィヴィアンヌの生返事に苦笑いする。想いは微塵ほどにしか伝わっていないだろうが、ひとまずは知ってもらえただけでも良しとすべきかと諦めた。
「そのことを、頭の片隅でいいので覚えて……少し、考えてくれるとうれしいです」
「うん、わかった」
ヴィヴィアンヌはうなずくと、オリヴィエの背に回した腕を離して一歩後ろに下がった。オリヴィエは体が離れて少し残念な気分になって一つため息をつき、洞窟へと近づいていく。そんなオリヴィエの背中を眺めながら、ヴィヴィアンヌはさきほどの彼の言葉を考えていた。
(よくわからないけれど……そういう仲になったら、騎士さま、もっとここにいてくれるのかな)
ヴィヴィアンヌはオリヴィエが思うほど、彼に無関心ではない。恋人も夫婦もつい最近知ったばかりの言葉であり、その意味を知らないために興味がわかないだけだ。
毎日顔を合わせ、たわいもない話をし、話をしなくとも同じ場所で時間を過ごす。それは一人では知れなかったよろこびや楽しみだ。ヴィヴィアンヌはこれからももっとそれを感じたいし、もっと知りたい。だからこそオリヴィエとともに過ごす時間がこのままもっと長く続いてほしい、むしろずっと続いてほしいと思っている。
(……騎士さまはきっと、大切な方のところに行っちゃうんだよね)
オリヴィエは大切な方のために、命の危険を冒してまでこの森にやってきた。彼が望むものはいま、ヴィヴィアンヌの目に映る洞窟の中にあるのかもしれない。
(騎士さま、いなくなっちゃう)
そこはヴィヴィアンヌの曾祖母が住処として使っていた場所であり、ヴィヴィアンヌは中に入る方法を知っている。それを使えばオリヴィエは難なく洞窟に入り、目的を果たすだろう。そしてヴィヴィアンヌが続いてほしいと思っている時間は、終わりを迎える。
(やっぱり……ううん、だめ。騎士さま、きっとよろこぶもの。やらないと)
手伝いたくない。そんな気持ちが湧いたが、ヴィヴィアンヌは首を横に振ってそれをはらった。覚悟を決め、一足先に洞窟の入り口を調べているオリヴィエの元に向かう。
「……あれ?」
ヴィヴィアンヌは違和感を覚えて声を漏らした。洞窟の入り口にはヴィヴィアンヌが知らない結界が発生していたからだ。
「……こんなの、なかったのに」
「ヴィヴィアンヌは、この洞窟にきたことがあるのですか?」
「あっ」
ヴィヴィアンヌは慌てて口を両手で塞ぐが、オリヴィエの耳にはしっかりと届いていた。焦って視線をさまよわせるヴィヴィアンヌにオリヴィエは疑問を抱くが、その様子からなにか事情があるのだと察してそれ以上は追求しなかった。
「……おそらく、私のせいです」
「騎士さま、なにしたの?」
ヴィヴィアンヌは純粋な疑問から問いかけた。だがそのことが後ろめたいオリヴィエは批難されたように聞こえたようで、言葉に詰まる。
「えーっと……」
入り口から少し入った先にもう一つ結界がある。それは元々あるもので、オリヴィエが初めて訪れたときにももちろんあった。オリヴィエは魔法の知識などほとんどなく、苦労の末にようやくたどり着いた洞窟でそれを目にし、焦り、冷静ではない行動を取ってしまった。
「……あのときは焦っていたので……無理やり入ろうとして……」
「防衛魔法が働いちゃった?」
「……おそらく」
結果、オリヴィエはなすすべもなく吹き飛ばされてそのまま崖を転落し、意識を失うという大惨事になった。その際に入り口に結界が張られてしまったのだろう。
(……これ、私も識らない結界だ)
ヴィヴィアンヌは中の結界を一時的に解除する方法を知っている。だが入り口にはられた結界は初めて見るもので、解除の方法はわからない。見た限りは簡単に解除できるような代物ではなさそうだ。
(……っ、私、ひどいこと……)
ヴィヴィアンヌはこの結界がオリヴィエの足止めになったことをよろこんでしまった。慌てて首を横に振ると、オリヴィエの隣に立って彼を見上げる。
「……騎士さま、私が解いてみようか?」
「できるのですか!?」
「たぶん。すぐには無理だけど、時間をかけたら……」
オリヴィエは再び躊躇した。またヴィヴィアンヌに負担をかけることになるが、それ以外に方法がない。知識のないオリヴィエでは魔法を解くことは困難、いや、ほぼ不可能と言えるだろう。だが応援を呼ぶこともできず、そもそも呼べるのなら一人でここまでくるなどという暴挙にでなかった。
「……お願いします。私は、君しか頼れないのです」
ヴィヴィアンヌはオリヴィエの言葉に目をまばたかせる。頼られている、役に立てる、それがわかるとヴィヴィアンヌは笑顔になった。
「……へへ。私、がんばるね!」
腕をまくり、早速取り掛かろうとしたヴィヴィアンヌだが、あることが気になって動きを止める。この結界を解けば、中にある結界も解くことになるだろう。そうなれば曾祖母の洞窟にオリヴィエが入れるようになる。
「……ねえ、騎士さま。どうして、この中を調べたいの?」
大切な方を救うため、オリヴィエはそう言った。けれどもヴィヴィアンヌには曾祖母の洞窟を調べることがなぜ大切な方を救うことにつながるのか理解できなかった。
「それは……」
オリヴィエは言葉に詰まったが、ここで答えないのは不義理だろう。これまでヴィヴィアンヌは善意でオリヴィエに力を貸してきた。まだその恩に報いることができないでいる上に、問われたことに答えず隠し続けるなど人道に反している。
「……以前、狂王の話をしましたよね」
「う、うん。あの、怖い王さま……」
魔女狩りと称して多くの魔法使いや魔法に長けた人々の命を奪った、狂王。その所業を思い出しただけで、ヴィヴィアンヌはぞっとして体を震わせる。
(……おばあちゃんは、王さまから隠れるためにこの森に隠れたのかな)
ヴィヴィアンヌはその存在をオリヴィエから聞かされ、祖母が彼女に森の外に出てはいけない、魔法を使えることを知られてはいけないと言っていた理由が狂王から隠れるためだったのではないかと考えている。
「その狂王を殺そうとした、魔女のことも覚えていますか」
「うん。えっと……孫娘を魔女狩りで殺されて……でも、殺せずに殺されちゃったんだよね」
人の世に不干渉の魔女が狂王に牙を剥いたのは、魔女にとって大切であった血縁者を殺された恨みだ。それも、生きたまま火あぶりにするという残忍な方法で。
「……そうです。魔女は殺されてしまいましたが、ただでは殺されなかった」
「えっ、どういうこと?」
「魔女は狂王に、呪いをかけたのです」
魔女は狂王を追い詰めはしたが、結局殺せなかった。卑劣な手でその機会を逃した魔女は逆に追い詰められ、その場で首を切り落とされて殺されてしまった。
しかし魔女の首は狂王をひたと見据えたまま、怨嗟の言葉を吐いた。強大な魔力を持つ魔女の言葉は呪いとなり、狂王は呪われたのだ。
「……えっ、でも、その呪いがどうしたの? 王さまは王子さまと戦乙女が討ち取ったんでしょう?」
魔女が狂王に呪いをかけた。ヴィヴィアンヌはそこまではわかったものの、それがオリヴィエの目的にどうつながるのかわからなかった。すでに狂王は討ち取られてこの世に存在していない。ならばその呪いもいまこの世に存在していない、はずだった。
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