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本編

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 ヴィヴィアンヌはオリヴィエが戸惑っている間に彼の上の服をさっと脱がせた。前開きでボタンを留めていなかったとはいえ、オリヴィエはその早業に唖然とする。あっさりと上半身を裸にされたオリヴィエはヴィヴィアンヌがぬれた布を持った手を伸ばしているのが見え、はっと意識を引き戻した。

「ヴィヴィアンヌっ、じ、自分で拭きますから……!」

「その両腕じゃあ、無理じゃない?」

「う……っ」

 左腕は固定しているためにうまく動かせず、右腕は動かせば痛みが走る。体を拭く程度のことでもいまのオリヴィエには難しい。オリヴィエは視線をさまよわせたあと、大人しくうなずいた。

 ヴィヴィアンヌはオリヴィエの首元を拭き、右腕、左腕と続けて胸、腹を丁寧に拭いていく。オリヴィエは少し擽ったいような、気恥ずかしいような気持ちを堪え、ヴィヴィアンヌにされるがままとなっていた。

「騎士さまって、体、大きくて硬いんだね。私と全然違う」

 オリヴィエの胸筋や腹筋に触れ、ヴィヴィアンヌは感嘆する。その発言にほんのり顔を赤くしたオリヴィエは、手を動かしながらも興味深そうに彼の上体を観察するヴィヴィアンヌから目をそらした。

「…………私は男ですし、鍛えていますから」

「あっ、騎士さまは男なんだ」

(……やっぱり)

 オリヴィエはヴィヴィアンヌが彼を男としてみていない、というより男というものを理解していないことに脱力してため息をつく。ヴィヴィアンヌはオリヴィエの様子などまったく気にせず、後ろに回って背を拭き始めた。

「私、男って初めて見た」

「でしょうね……」

 祖母以外と話したことがないと言ったヴィヴィアンヌは祖母しか知らず、もちろん祖母は女性だ。ヴィヴィアンヌの様子からして、祖母は男女の性差については教えなかったのだろう。ヴィヴィアンヌは男と女が存在すると知っていても性差については学ぶ機会がなく実物を見たことがないまま、オリヴィエという他人を見て初めて男を知った。

「私は女で、騎士さまは男?」

「……そうですね。私は男で、君は女性です」

「ふーん、私と騎士さまは違うんだ。……どうして、男と女がいるの?」

「それは…………哲学です」

「テツガク?」

「……その、私にもわかりません」

「騎士さまもわからないことあるんだ。ふふっ。じゃあ、私と一緒だね」

 少しうれしそうに笑うヴィヴィアンヌにオリヴィエは頬を緩める。ヴィヴィアンヌは楽しそうに鼻歌を歌いながら背を拭き終えると、手に持った布を水で濯いだ。体を拭けたことで少しさっぱりしたオリヴィエは目を閉じて深く息を吐く。ヴィヴィアンヌはオリヴィエに服を着せると、彼の上体をベッドにそっと寝かせた。

「ヴィヴィアンヌ、ありがとう」

「どういたしまして」

 感謝の言葉ににこりと笑って返したヴィヴィアンヌにオリヴィエは胸を高鳴らせた。

(……ヴィヴィアンヌには、世話になってばかりだ)

 オリヴィエは崖から落ちたあと、完全に意識を失っていた。ヴィヴィアンヌが通りかかることなくあのまま放置されていたら、いまごろ生きていられたかすら定かではない。助けられた上にここまで甲斐甲斐しく世話をされ、ヴィヴィアンヌに感謝しかなかった。いや、多少は困惑もあるが。

(……無事に戻れたら、ちゃんとした礼をしにこよう)

 ヴィヴィアンヌの望みはオリヴィエから外の話をきくだけだったが、それだけでは彼の気が済みそうにない。オリヴィエは小屋を補強できるもの、新しい衣類、もしくは生活に使える道具などさまざまな案を考える。

(……女性だし、花を贈るのもいいかもしれない)

 オリヴィエはヴィヴィアンヌへの礼について考え、気を緩めて安心しきっていたため、魔の手がそこまで伸びていることにはまったく気づかなかった。

「じゃあ、次はこっちね」

「えっ……あっ!」

 ヴィヴィアンヌは洗った布を片手にオリヴィエの下半身に巻かれた布を剥がそうと手を伸ばす。オリヴィエは既のところで身を起こしてその手を右手でつかんだが、後先考えずに勢いよく動いたために激痛で悶えることになった。

「いっづ…………っ! ……う……ぐぅ……」

「えっ、騎士さま!? 大丈夫!?」

 痛みに支配されたオリヴィエは指一本すら動かせなかった。硬直し、冷や汗をかくオリヴィエを心配しながらヴィヴィアンヌは彼の体をそっと寝かせる。

「騎士さま。そんな急に動いたら、傷に響くじゃない」

「う、ぅ……」

 ヴィヴィアンヌは自分の手を力強く握るオリヴィエの手を指一本ずつ離させていった。言葉さえ出せずにうめくオリヴィエを腰に手を当てて見下ろしながら、ヴィヴィアンヌは無情にも彼が必死で守ろうとした布切れをさっと剥がしてしまう。

「……見られた……二回も……もう、死ぬ……」

「えっ!? 死んじゃだめだよ、騎士さま!」

 下半身を丸裸にされたオリヴィエは泣きそうな声を出し、死ぬという単語だけ聞き取ったヴィヴィアンヌは慌てて彼の手を取った。

 結局オリヴィエの抵抗はむだに終わり、両手で顔を覆いたかったが動かせず、虚ろな目で嘆くしかない。オリヴィエにはもはや抵抗する気力もなく、まな板の鯉の如く死んだ魚のような目ですべてを受け入れようとしていた。

「あ、そうだ騎士さま。昨日聞けなかったけど……これ、なんなの?」

「ひっ」

 ヴィヴィアンヌはおもむろにオリヴィエの大事なものをつかみ、彼は短く悲鳴を上げる。ヴィヴィアンヌはただそこを拭こうとしただけだが、いかんせん腕をつかむような調子で無遠慮だった。

「ヴィヴィアンヌ……っ、それ、大事なものですから、触るときは優しく……!」

「……大事なもの? 優しく?」

 オリヴィエは動揺しすぎて、触らないでほしいと願うより力の加減を懇願した。ヴィヴィアンヌは首をかしげつつも、そっと、優しくオリヴィエの大事なものを拭き始める。陰茎を片手で持ち上げ、陰囊をなでるように、そっと。それらを終え、次は陰茎を布越しに片手で包み込み、優しく、ゆっくりと、なでるように拭いていった。

「……っ」

 拭き方がどう考えてもまずかった。むずむずするような感覚にオリヴィエは息を吐く。オリヴィエは必死で堪えようとしたがその努力は虚しく、ヴィヴィアンヌは拭き終えてそれを手放すと驚きに声を上げた。

「あれ? ……浮いてる?」

「……!」

 女性に慣れていないがけっして女性に関心がないわけではない健全な成人男性が、大事なものを女性に優しく手で触られて反応しないわけがなかった。自身の体の変化に気づいたオリヴィエは羞恥に顔を真っ赤にする。ごまかそうとしても余計に意識してしまい、一向におさまらなかった。ヴィヴィアンヌはオリヴィエの変化が心配になり、善意から彼の大事なものを再び、今度は優しくつかむ。

「……あれっ!? どうしよう……熱が……腫れてきちゃった!?」

「そっ、それ、腫れているわけじゃないので! 生理現象なので、そのままそっとしていてください!」

「えっ、セイリゲンショウ……?」

「そっと! 離して、そのまま、そっとです!」

「えっ……うっ、うん……」

 オリヴィエの気迫に呑まれ、ヴィヴィアンヌは目をまばたかせてうなずく。大事なものから手を離すも、ヴィヴィアンヌの目はそれに向けられていた。ヴィヴィアンヌは気になりつつもそれに触れずに脚を拭き始め、その間オリヴィエは必死に自分の興奮を鎮めようとする。

(……考えるな!)

 油断をすればさきほどのヴィヴィアンヌの手の動きを思い出し、彼女の一度も見たことがないような妖艶な表情を妄想してしまいそうになる。オリヴィエは血反吐を吐きそうになった鍛錬の日々を思い出し、思わず縮こまってしまうような痛い体験も思い出して、湧き上がってこようとする情欲を無理やり抑え込んだ。

(……あ、下がった。あれって、動くんだ)

 ヴィヴィアンヌはオリヴィエから言われたとおりにそっとしていたが、その様子をしっかり見ていたらしい。ますますまだ正体をしらないオリヴィエのあれに興味が湧いたようだ。
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