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本編

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(…このままここに置いていくわけにはいかないよね。どうしよう、私じゃあ、抱え上げられないし…)

 男の意識があれば、肩を貸すことくらいは出来たかもしれない。だが、ヴィヴィアンヌの細腕では、男を抱えて運ぶことは不可能だ。かといって、このまま放っておくと、血の匂いを嗅ぎつけた獣に襲われる可能性がある。

(ううん…命は、大事よね)

 仕方がないと、ヴィヴィアンヌはひとつため息をついた。これからしようとしていることは、彼女にとっては出来るだけ使いたくない方法だった。しかし、人命には代えられないと、ヴィヴィアンヌは覚悟を決める。

(他に人は…いない、よね、うん)

 ヴィヴィアンヌは念の為、辺りに人がいないかを確認した。木々の隙間に人影はなく、ここには彼女と怪我をした男が転がっているだけだ。

「うん…よしっ」

 ヴィヴィアンヌは両手を握りしめてひとつ気合を入れると、集中して何かをつぶやくように唱えた。暫くすると、うっすらとした光が男を覆い、男の体がふわりと宙に浮く。それは、魔法と呼ばれる力だった。

「やった、上手くいった!」

 魔法は、魔力と生物ならば必ず持つ力を用いて、様々な現象をおこす技術だ。保持する魔力量には個体差があり、人間では殆どが自力で魔法を扱える程の量はなく、魔法道具と呼ばれるものを使うことにより簡単な魔法を扱える。稀に、常人よりも多くの魔力を保持し、知識を得て道具を用いずに魔法を扱える者もいた。人々は、彼らのことを魔法使いと呼んだ。ヴィヴィアンヌはこの世界では稀少である、魔法使いだった。

(他人に使うのは初めてだったけれど…よかった、失敗しなくて!)

 ヴィヴィアンヌは胸をなでおろし、男の様子をうかがう。男は先程一度呻いただけで動きはなく、意識は戻りそうになかった。

(…一先ず、移動しなきゃ)

 ヴィヴィアンヌが歩きだすと、付かず離れずの位置に浮いた男が追従するように動く。彼女はそれを確認して満足気に頷くと、そのまま住まいとしている小屋へと向かった。

 小屋の前までたどり着くと、ヴィヴィアンヌは男を浮かせたまま、先に一人小屋の中へと入る。中は簡素なもので、小さなテーブルと椅子が二つ、寝台が一つしかなかった。彼女は寝台の上においてあったものを雑に机の上に移動させ、敷いてあるリネンを整えると、男を中に引き入れた。

「うーん…」

 意識のない男を寝台に横たえると、ヴィヴィアンヌはまじまじと男を眺めた。年齢はヴィヴィアンヌより少し上か、二十代前半と思われる。彼女の男を見つめる目は、興味津々といったように輝いていた。
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