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本編
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鬱蒼とした木々に囲まれながら、一人の女が立ち尽くしていた。女の名はヴィヴィアンヌ、歳の頃は十代後半だろう。夕暮れどきの空のような茜色の目が特徴的で、背の中ほどまで伸びた赤髪は邪魔にならないように後ろでひとつに束ねている。動きやすい服の上から簡素な外套を羽織り、片手にさげた編みかごにはいくつかの草葉が詰められていることから、森の奥深くに採集にきていたのだろう。
「あ、ぁ……っ」
か細い声を漏らしたヴィヴィアンヌの顔からは血の気が引き、代わりに驚愕が彩られていた。ヴィヴィアンヌの大きく見開かれた両目はある一点を見つめていて、その視線の先には大きな塊があった。
「どうして……こんなところで、ひっ、人が……死んで……?」
塊をよくよく見ると、それは人であった。うつ伏せに倒れているためはっきりとはわからないが、体格からして成人男性だろう。ざんばらな金髪は砂埃に汚れ、身にまとっている服はところどころ裂けて破れて真っ赤に染まっていた。土砂を被り、体の下には折れた枝葉が敷かれ、地には血がにじんでいる。
「……う……」
ヴィヴィアンヌはあまりのことに思考を停止していたが、うめき声がきこえてはっとした。その声はヴィヴィアンヌのものではなく、彼女が死体だと思っていた男のものだ。ヴィヴィアンヌは慌てて男に駆け寄ると、男が息をしていることを確認する。
「大丈夫……ではなさそうだけど、じゃなくて、ええっと、あなた、私の声が聞こえる!?」
ヴィヴィアンヌの呼び掛けに、男は反応しなかった。軽く揺すってみても反応はなく、ただ呼吸による僅かな体の動きだけが男の生を証明している。
(反応ないけど……この人、生きている……!)
ヴィヴィアンヌは男の状態を確認するため、男をゆっくりと仰向けにした。男の服は汚れ、右腕のあたりが特に大きく裂けて血がにじんでいる。
(まさか……ここから落ちたの……?)
男のすぐそばには崖があった。けがや状況から見て、男は足を踏み外して落下した可能性が高い。木に引っかかったことで多少は衝撃が抑えられたのか、命は助かったものの到底無事とはいえない状態だ。
ヴィヴィアンヌはナイフを取り出すと、羽織っていた外套を脱いで裂く。裂いた外套を右腕の脇の下に布を回して縛り上げて、男に応急処置を施した。
(どうしよう……このままここに置いていくわけにはいかないよね。私じゃあ、抱え上げられないし……)
男の意識があれば肩を貸すことくらいはできたかもしれない。だがヴィヴィアンヌの細腕では、男を抱えて運ぶことは不可能だ。かといってこのまま放っておくと、血の匂いを嗅ぎつけた獣に襲われる可能性がある。
(ううん……命は、大事よね)
ヴィヴィアンヌにとって、これからしようとしていることは人に知られてはいけないことだ。しかし人命には代えられないと、ヴィヴィアンヌは覚悟を決める。
(ほかに人は……いない、よね、うん)
ヴィヴィアンヌは念のため辺りに人がいないかを確認した。木々の隙間に人影はなく、ここにはけがをした男が転がっているだけだ。
「うん……よしっ」
ヴィヴィアンヌは両手を握りしめて気合を入れると、集中してつぶやくようになにかを唱えた。途端、うっすらとした光が男を覆い、体がふわりと宙に浮く。
「やった! 魔法、ちゃんとできた!」
魔法は魔力という、生物ならばかならず持つ力を用いてさまざまな現象をおこす技術だ。保持する魔力量には種の差や個体差がある。人間のほとんどは自力で魔法を扱えるほどの量はなく、魔道具と呼ばれるものを使うことにより簡単な魔法を扱える程度だ。
しかし稀に常人よりも多くの魔力を保持し、魔道具を用いずにさまざまな魔法を扱える者がいる。人々は彼らのことを魔法使いと呼んだ。ヴィヴィアンヌはこの世界では稀少である、魔法使いだ。
(他人に使うのは初めてだったけれど……よかった、失敗しなくて!)
ヴィヴィアンヌは胸をなでおろし、男の様子をうかがう。男はさきほど一度うめいただけで動きはなく、意識は戻りそうになかった。
(……ひとまず、移動しなきゃ)
ヴィヴィアンヌが歩きだすと、つかず離れずの位置に浮いた男が追従するように動く。それを確認して満足気にうなずくと、そのまま住まいとしている小屋へと向かった。
小屋の前までたどり着くと、ヴィヴィアンヌは男をその場に浮かせたまま先に一人小屋の中へと入る。中は簡素なもので、小さなテーブルと椅子が二つ、寝台が一つしかなかった。ヴィヴィアンヌは寝台の上においてあったものを雑に机の上に移動させ、敷いてあるリネンを整えてから男を中に引き入れる。
「うーん……」
ヴィヴィアンヌは意識のない男を寝台に横たえると、まじまじと男を眺めた。年齢はヴィヴィアンヌより少し上か、二十代前半と思われる。
「……おばあちゃん以外の人、初めて見た」
ヴィヴィアンヌの男を見つめる目は、興味津々といったように輝いていた。
ヴィヴィアンヌが育った環境は少し特殊だ。物心つく頃にはすでに森の奥深くにあるこの小屋で、祖母と二人で住んでいた。ヴィヴィアンヌは祖母から魔法を教わり、森で暮らすための知識を教わった。
祖母はヴィヴィアンヌが十四歳の頃にこの世を去ったが、彼女に常日頃からけっして森の外に出ないようにと言い聞かせていた。ヴィヴィアンヌはその言いつけを守り、けっして森の外に出ることなく、小さな畑で食物を育て、山で恵みを採り、自給自足で一人暮らしていた。そのため、ヴィヴィアンヌは祖母以外の生きた人間を一度も見たことがなかった。
(髪の色、すごくきれい。こんな色もあるんだ。目はどんな色かな? 開けてくれないかな……あっ)
そこでようやく、ヴィヴィアンヌはこのままではいけないと気づいた。けがを負い、意識を失った男を放ってはおけないと運んできたものの、これからどうすべきかわからずにうなる。
(どうしよう。けがしているし……まずは、手当て? 服は……脱がすしかないかな)
悩んだ末、ヴィヴィアンヌは部屋の端に積んであった衣類を探った。その中から比較的大きめな前開きのシャツと大判のリネンを一枚手に取る。それらをベッドの近くにある椅子に引っ掛けると、横たわった男の服に手をかけた。
「……えっ。なにこれ、どうなっているの?」
ヴィヴィアンヌは服を脱がせようとしたが、男の服は彼女が見たことのない形状のものばかりだった。意識を失った男の体は重く、思う通りに脱がすことができない。ヴィヴィアンヌは眉間に皺を寄せ、不満そうな声を上げる。
「……もう!」
嫌になったのか、ヴィヴィアンヌは大胆にも魔法で上の服の前を切り裂いた。男に意識があれば、悲鳴の一つや二つ上げていたかもしれない。
ヴィヴィアンヌは男の服を背中側も真っ二つに切り裂き、左右に引っ張って上の服を脱がせた。同じ要領で男の履いているブーツも、穿いているズボンもぱっくりと裂いて脱がせる。
「これでよし!」
すべてを脱がし終えると、ヴィヴィアンヌはすぐに魔法を使って裂いた部分をつなぎ合わせる。それは一度真っ二つに裂かれたと思えないほど、見事に接合されていた。ただしもともと破け、ほつれていた箇所はそのままだ。
「あとは体を拭いて……っと……あ、あれ、まだ残っていたの?」
ヴィヴィアンヌは男の最後の砦であった下着に目を向ける。男の意識があれば全力で拒否していただろうが、ヴィヴィアンヌは無情にも男の下着まで裂いてしまった。ただの布切れとなったものがはらりと落ち、同時にそこに秘されていたものがぼろんと零れ出てしまった。
「あ、ぁ……っ」
か細い声を漏らしたヴィヴィアンヌの顔からは血の気が引き、代わりに驚愕が彩られていた。ヴィヴィアンヌの大きく見開かれた両目はある一点を見つめていて、その視線の先には大きな塊があった。
「どうして……こんなところで、ひっ、人が……死んで……?」
塊をよくよく見ると、それは人であった。うつ伏せに倒れているためはっきりとはわからないが、体格からして成人男性だろう。ざんばらな金髪は砂埃に汚れ、身にまとっている服はところどころ裂けて破れて真っ赤に染まっていた。土砂を被り、体の下には折れた枝葉が敷かれ、地には血がにじんでいる。
「……う……」
ヴィヴィアンヌはあまりのことに思考を停止していたが、うめき声がきこえてはっとした。その声はヴィヴィアンヌのものではなく、彼女が死体だと思っていた男のものだ。ヴィヴィアンヌは慌てて男に駆け寄ると、男が息をしていることを確認する。
「大丈夫……ではなさそうだけど、じゃなくて、ええっと、あなた、私の声が聞こえる!?」
ヴィヴィアンヌの呼び掛けに、男は反応しなかった。軽く揺すってみても反応はなく、ただ呼吸による僅かな体の動きだけが男の生を証明している。
(反応ないけど……この人、生きている……!)
ヴィヴィアンヌは男の状態を確認するため、男をゆっくりと仰向けにした。男の服は汚れ、右腕のあたりが特に大きく裂けて血がにじんでいる。
(まさか……ここから落ちたの……?)
男のすぐそばには崖があった。けがや状況から見て、男は足を踏み外して落下した可能性が高い。木に引っかかったことで多少は衝撃が抑えられたのか、命は助かったものの到底無事とはいえない状態だ。
ヴィヴィアンヌはナイフを取り出すと、羽織っていた外套を脱いで裂く。裂いた外套を右腕の脇の下に布を回して縛り上げて、男に応急処置を施した。
(どうしよう……このままここに置いていくわけにはいかないよね。私じゃあ、抱え上げられないし……)
男の意識があれば肩を貸すことくらいはできたかもしれない。だがヴィヴィアンヌの細腕では、男を抱えて運ぶことは不可能だ。かといってこのまま放っておくと、血の匂いを嗅ぎつけた獣に襲われる可能性がある。
(ううん……命は、大事よね)
ヴィヴィアンヌにとって、これからしようとしていることは人に知られてはいけないことだ。しかし人命には代えられないと、ヴィヴィアンヌは覚悟を決める。
(ほかに人は……いない、よね、うん)
ヴィヴィアンヌは念のため辺りに人がいないかを確認した。木々の隙間に人影はなく、ここにはけがをした男が転がっているだけだ。
「うん……よしっ」
ヴィヴィアンヌは両手を握りしめて気合を入れると、集中してつぶやくようになにかを唱えた。途端、うっすらとした光が男を覆い、体がふわりと宙に浮く。
「やった! 魔法、ちゃんとできた!」
魔法は魔力という、生物ならばかならず持つ力を用いてさまざまな現象をおこす技術だ。保持する魔力量には種の差や個体差がある。人間のほとんどは自力で魔法を扱えるほどの量はなく、魔道具と呼ばれるものを使うことにより簡単な魔法を扱える程度だ。
しかし稀に常人よりも多くの魔力を保持し、魔道具を用いずにさまざまな魔法を扱える者がいる。人々は彼らのことを魔法使いと呼んだ。ヴィヴィアンヌはこの世界では稀少である、魔法使いだ。
(他人に使うのは初めてだったけれど……よかった、失敗しなくて!)
ヴィヴィアンヌは胸をなでおろし、男の様子をうかがう。男はさきほど一度うめいただけで動きはなく、意識は戻りそうになかった。
(……ひとまず、移動しなきゃ)
ヴィヴィアンヌが歩きだすと、つかず離れずの位置に浮いた男が追従するように動く。それを確認して満足気にうなずくと、そのまま住まいとしている小屋へと向かった。
小屋の前までたどり着くと、ヴィヴィアンヌは男をその場に浮かせたまま先に一人小屋の中へと入る。中は簡素なもので、小さなテーブルと椅子が二つ、寝台が一つしかなかった。ヴィヴィアンヌは寝台の上においてあったものを雑に机の上に移動させ、敷いてあるリネンを整えてから男を中に引き入れる。
「うーん……」
ヴィヴィアンヌは意識のない男を寝台に横たえると、まじまじと男を眺めた。年齢はヴィヴィアンヌより少し上か、二十代前半と思われる。
「……おばあちゃん以外の人、初めて見た」
ヴィヴィアンヌの男を見つめる目は、興味津々といったように輝いていた。
ヴィヴィアンヌが育った環境は少し特殊だ。物心つく頃にはすでに森の奥深くにあるこの小屋で、祖母と二人で住んでいた。ヴィヴィアンヌは祖母から魔法を教わり、森で暮らすための知識を教わった。
祖母はヴィヴィアンヌが十四歳の頃にこの世を去ったが、彼女に常日頃からけっして森の外に出ないようにと言い聞かせていた。ヴィヴィアンヌはその言いつけを守り、けっして森の外に出ることなく、小さな畑で食物を育て、山で恵みを採り、自給自足で一人暮らしていた。そのため、ヴィヴィアンヌは祖母以外の生きた人間を一度も見たことがなかった。
(髪の色、すごくきれい。こんな色もあるんだ。目はどんな色かな? 開けてくれないかな……あっ)
そこでようやく、ヴィヴィアンヌはこのままではいけないと気づいた。けがを負い、意識を失った男を放ってはおけないと運んできたものの、これからどうすべきかわからずにうなる。
(どうしよう。けがしているし……まずは、手当て? 服は……脱がすしかないかな)
悩んだ末、ヴィヴィアンヌは部屋の端に積んであった衣類を探った。その中から比較的大きめな前開きのシャツと大判のリネンを一枚手に取る。それらをベッドの近くにある椅子に引っ掛けると、横たわった男の服に手をかけた。
「……えっ。なにこれ、どうなっているの?」
ヴィヴィアンヌは服を脱がせようとしたが、男の服は彼女が見たことのない形状のものばかりだった。意識を失った男の体は重く、思う通りに脱がすことができない。ヴィヴィアンヌは眉間に皺を寄せ、不満そうな声を上げる。
「……もう!」
嫌になったのか、ヴィヴィアンヌは大胆にも魔法で上の服の前を切り裂いた。男に意識があれば、悲鳴の一つや二つ上げていたかもしれない。
ヴィヴィアンヌは男の服を背中側も真っ二つに切り裂き、左右に引っ張って上の服を脱がせた。同じ要領で男の履いているブーツも、穿いているズボンもぱっくりと裂いて脱がせる。
「これでよし!」
すべてを脱がし終えると、ヴィヴィアンヌはすぐに魔法を使って裂いた部分をつなぎ合わせる。それは一度真っ二つに裂かれたと思えないほど、見事に接合されていた。ただしもともと破け、ほつれていた箇所はそのままだ。
「あとは体を拭いて……っと……あ、あれ、まだ残っていたの?」
ヴィヴィアンヌは男の最後の砦であった下着に目を向ける。男の意識があれば全力で拒否していただろうが、ヴィヴィアンヌは無情にも男の下着まで裂いてしまった。ただの布切れとなったものがはらりと落ち、同時にそこに秘されていたものがぼろんと零れ出てしまった。
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