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「じゃあ、エスガ。名前の呼び方から変えましょうか?」

「えっ」

「あなた…いつまで私を魔女様って呼ぶつもりなの?」

「あ…」

 レアケはエスガに名を呼ばれたことが一度もない。エスガが侍女であった頃は気にならなかったが、これから結婚を考える相手となれば話は別だ。レアケの期待に満ちた眼差しを受け、エスガは視線を彷徨わせる。

「えっと、…レアケ様?」

「どうして様がつくのよ」

「…レアケ、さん」

「結婚するっていうのに、他人行儀ね。何を照れているの?」

「…っ」

 エスガはレアケを助け出し、結婚したあとのことを何度も夢想した。勿論、想像の中のレアケの名を自然に呼んでいたし、それどころか口づけから何から何まで致していた。

 だが、現実でいざ名を呼ぶとなると、エスガは少し気恥ずかしかった。既に体を交えているが、そこは気持ちの問題だ。

「…………レアケ」

 顔を真っ赤にしている初心なエスガに、レアケは満足そうに微笑む。この四十年、彼女の名を呼ぶ者は忌々しい王族だけだった。レアケは自分の名前さえ忌々しく思う頃もあったが、これからはエスガが名を呼ぶのだと思うと、悪くない心地だった。

 エスガは赤い顔のまま、一歩レアケに近づいた。レアケが不思議に思いながら見上げると、エスガは彼女の頬に手を添える。

「…魔女様、口づけていいか?」

「名前」

「…っ…………レアケ、口づけていいか?」

 エスガは口づけはすんなりと言えるのに、名を呼ぶのはまだ照れくさいようだ。先程は契約を恐れて拒んだが、今は拒む理由などない。

「それ、聞くことなの?」

「…俺は、魔女様が…レアケが、嫌がることはしない」

 それは、長年彼女に従属を強いた王を意識しての言葉だろうか。エスガの心遣いにレアケは微笑むと、目を閉じて唇を差し出す。エスガは親指でレアケの唇に触れた後、そっと自分の唇を重ねた。

 軽く触れるだけの短い口付け。それだけのはずなのに、愛されていると感じ、愛おしく感じて、レアケの心は幸福感で満ちていく。そこから何度も互いに唇を重ね合わせ、レアケは口を開いて舌を差し出した。

「…ん…」

 エスガはうかがうように、少し躊躇しながら舌を交わらせる。どこまでも優しく甘いその交わりは、裏切りに傷つき、氷のように冷え切っていたレアケの心を溶かしていった。レアケが両腕を伸ばしてエスガの体を抱くと、彼も同じように彼女の体を抱きしめる。

「…っ、…魔女様…」

「ふふ。また、その呼び方ね」

「仕方ないだろ。…すぐに、慣れるから」

 エスガはレアケを抱き締める腕の力を少し強くする。レアケはそれに逆らわず、抱き合って伝わる熱を心地よく感じながら、その胸に顔を埋めて目を閉じた。
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