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本編

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「安全だと思う場所とはどこか。自分に自信のある方なら自分の手元でしょうし、そうでなければもっとも信頼している者の手元でしょう。……まあ、信頼する者がいなければ、自分の手元しかありませんね」

「……エスガは、王がもっとも安全だと思うのは自分の手元だと思っているの?」

 レアケはエスガの言葉が気になって口を挟んだ。自らが招いたことだとはいえ、彼女自身、レイフから逃れたいと望んでいる。彼の命には逆らえないが、命を受けていないことならば制限されていない。契約の話はできないが、ただ安全な場所を考える程度ならいまのレアケにもできた。

「いえ、王には信頼できる者がいます。王にとって、契約の力で縛っている魔女さまはもっとも信頼できるでしょう?」

 本人の意志でなくても、絶対的な強制力を持つ契約によってレアケは従う。けっして逆らえない上、魔女として力があるレアケはもっとも信頼できる者といえた。

「王も魔女さまの魔法を扱えますが、所詮は借り物。借り物の力しか持たず、老いていくだけの自分よりは、人々に恐れられる魔女さまの守りのほうがより安全と考えるはずです。ですから、私は契約の証は魔女さまの元にあると考えました」

 過去のレアケもエスガの言った通りのことを考えた。契約によって絶対に裏切らない、老いない魔女である自分の手元がもっとも安全だと。そうして考え抜いた結果が自分の首を絞めることになるとは、そのときは思いもしなかったが。

「魔女さまの手元に契約の証があると仮定して……少なくとも、侍女であった私がうっかり触れてしまえるような場所には保管していないはずです」

 エスガは侍女であったころ、結構なものを壊していた。バケツをひっくり返すことも、花瓶を割ることも、洗濯物を風に拐われ追いかけることも多々あった。レアケは怒りはしなかったが、そんなうっかり者の侍女が触れるような場所に大切なものを保管したりしないだろう。

「ですが、魔女さまは私の行動を制限しませんでした。入浴時の手伝いも許していましたから、常に身につけているというわけでもないのでしょう」

 入浴時もレアケはエスタの行動を制限しなかった。脱いだ服も自由に触れさせたし、惜しみなく裸体を晒した。

「仮定は誤りで、契約の証をもっているのは魔女さまではないのかと思いましたが……そこでひとつ、思い出したことがありました」

「……思い出した? なにを?」

「王は、魔女さまに男を近づけさせないということを」

 レアケはぎょっとして口をつぐむ。まさに、その行動の理由が契約の証に関わるからだ。レアケはエスガがそこまで想像力を働かせたことに感心すると同時に、末恐ろしさも感じた。

「ところで、魔女さま。体液にはその者の魔力が含まれますよね」

「……そうね」

「汗、唾液、血液……あと、精液も」

 体内に長く留まるほど、心臓に近くなるほどに魔力は多く含まれる。エスガは体液のみ話題にあげたが、それは髪や皮膚、肉、骨など、肉体すべてにいえることだ。

「契約の証は契約者の魔力を交わらせる必要があります。そして、契約の証は脆いものです。契約者以外の魔力を少し注ぐだけで、簡単に壊れます」

 塔の中で行動を制限されていない侍女が触れられない場所。契約を結ぶ際に、魔力を交わらせられる場所。契約者以外、それも男に限って魔力を注がれる可能性がある場所。すべての条件を満たす場所を、エスガは一つだけ思いついた。

「契約の証は、魔女さまの体内……それも、男の精を受け容れる場所に隠されているのではないかと」

 レアケは顔を真っ赤に染め、耳まで赤くしてうつむく。王から契約の証の所在地を明かしてはならないと命令されているが、黙っていられても自分の意志ではない咄嗟の反応や感情までは制御できるものではない。レアケの反応は、エスタの仮定が正しいと証明するも同じだった。

「……なかなか、奇天烈な発想ですよね」

「……」

 体内に保管しておこうという考えはレアケのものだった。その場所についてはレイフの考えであったが。

 他者の悪意に無知だったレアケは、自分が愛した人間に悪意があるなど気づかなかった。絶対に裏切らないという確信が欲しい、そう言ったレイフのために契約を交わした。本当に愛し合っているのならそのような契約に頼る必要などなかっただろうと、レアケは過去の自分を罵りたくなった。

「魔女さまほどの魔力で結ばれた契約なら、並の男の体液に含まれる程度の魔力では壊れることはないでしょう。ですが……」

 それでも万が一の可能性を考え、王はレアケに男を近づけさせないようにした。間違ってもレアケがほかの男を受け入れ、契約の証が壊れてしまわないように。あまりにも魔力が微弱でまったく脅威にならない息子だけは、目を瞑っていたようだが。

 レアケも命により抵抗するしかないし、エスガが言った通りに並の男がもつ魔力程度では契約の証が壊れることはない。体液に魔力が含まれるといっても、それはその者が持っている魔力の内、微々たる量でしかないのだから。

「けれどもし、元々の魔力量が膨大な……たとえば私ほどであれば、少しは可能性がないでしょうか?」

「エスガ、本気……なの?」

 レアケはレイフから逃れたいし、この国の人々のためにも契約を破棄、または無効とし、王の守りを崩したい。

(契約の破棄のため、エスガに……)

 契約の破棄のために男に抱かれる。レアケはそれで逃れられるのなら構わないと思うが、その相手がエスガとなると躊躇してしまう。

「……魔女さま、私は」

 エスガはなにかを言いかけて途中で言葉を止め、口を閉ざす。そのまましばらく黙り込んだが、決心がついたのか顔を真っ赤にして言葉を続けた。

「私は、魔女さまが……だっ、大好きです。一人の女性として、愛しています……!」

「……あなたが、私を?」

「はい」

 恥ずかしそうに目をそらすエスガに、レアケもつられて恥ずかしくなった。

「だから、俺は、魔女さまを抱きたい……」

「……エスガ」

「その……手段になってしまったけど、元々、そんなことは関係なく、俺は……!」

「わっ、わかったから! もういいから!」

 真っ赤になって必死で想いを伝えようとするエスガを制止する。レアケの顔も、エスガに負けないくらい赤くなっていた。

(……かわいいわ)

 真っ赤になって目をそらしているエスガは、たとえ見た目が立派な紳士になっていても、あのころのエスタと変わらない。レアケはそれが懐かしく、少しうれしくて小さく笑った。

「……ふ、ふふ。そなた、結婚のときは余裕そうだったというのに、愛を語るときは真っ赤じゃな」

 エスガはレアケの言葉に目を丸め、恥ずかしそうに笑った。

「あれは……練習したんだ。紳士っぽくなるように」

「ほう、ずいぶんと殊勝な心がけだの」

「……魔女さまに、よく見られたかったんだ」

「まったく、そなたは……」

 少しからかおうとしたレアケだが、エスガの純粋な答えに逆に照れることになった。
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