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(本当に、最悪の時間だわ!)

 レアケは愚かにも彼を愛していた頃は、どんなに痛くて苦しくとも、それが愛だからと喜んで受け入れていた。それが今では、ただの拷問の時間でしかない。

「…うん?」

 悪態をついたレアケだが、直後に転移の魔法が発動したような気がして首を傾げた。王は確かに王宮へと戻ったはずなのに、何故再び転移の魔法が作動したのか。ただの気のせいかとも思ったが、自分の感覚を信じたレアケは用心のために階段を下りる。

(…入れ違いで、王妃でも来たのかしら。だとしたら、早すぎじゃない?)

 相変わらず王の訪れがあった後は、王妃の突撃と暴言、暴力だ。もし今の転移が王妃なら、自ら殴られに出向いていることになる。

(…なんて馬鹿らしい)

 そう思いつつも、一抹の不安にレアケは足を進める。レアケの足取りは重かったが、階段を下りている間に塔の転移座標が消失したのを感じて一変した。

「…えっ!?」

 レアケは慌て、急ぎ足で階段を下りはじめる。この四十年、転移座標に異常が起きたことなど一度もなかった。

(…一体、何が起きているの?)

 座標がなければ王族が気安くやってくることはなくなり嬉しい限りだが、突然消失するなどどう考えても異常事態だ。レアケは階段を下りきると、塔の扉の前に立った。

(…誰かが、いる)

 レアケは扉の向こう側に、何者かの存在を感じる。その者が持つ魔力は、王のものではない。王妃でも王太子でもなかった。

 扉が小さな音を立てる。それがゆっくりと開かれるさまを、レアケは息をのんで見守った。レアケは緊張にどくどくと心臓が高鳴るのを感じ、固唾をのむ。

(まさか、あなたが…)

 レアケはいよいよ待ちに待った時が来たのかと、淡い期待を抱いた。必ず迎えに来ると、一方的に約束した少女。レアケはその言葉を忘れた時などなかった。

 扉が開かれ、一人の人物が塔の中へと入ってくる。その人物をひと目見た瞬間、レアケは目を見開いてぽつりと呟いた。

「…………えっ、誰?」

 光を浴びて輝く金色の髪と、切れ長のきりりとした新緑の双眸。レアケより頭半分ほど背の高い、美しく整った顔立ちの、男だ。彼はレアケをその目に映すと、蕩けるような微笑みを浮かべて両腕を広げた。

「迎えに来ましたよ、私の魔女。さあ、結婚しましょう」

 レアケは唖然として言葉を失う。男の存在もそうだが、その口から吐き出された言葉も意味がわからなかった。

「…いや、あなた誰よ?!」

 王以外の男との接触を絶たれていたレアケの記憶に、こんな男は存在しない。レアケは混乱し、頭を両手で抱えて後ずさった。
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