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本編
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「ともかく、王や王太子が来られた際は、なにが起きても手は出さず、口は出さず、部屋にこもるか外に出ておれ」
「うう、わかったよ……」
魔女の逆鱗に触れ、その恐ろしさの片鱗をしっかりと理解したエスタは大人しくうなずいた。
「では、気を取り直してティータイムだ」
「はい……」
エスタはティーカップに紅茶を注ぎ、レアケの前に差し出した。レアケはそれを口元に運び、一口飲む。ほほ笑むレアケに目を向け、エスタは少し不安そうに問いかけた。
「……どうだ?」
「ふむ。おいしいよ」
エスタはほっと胸をなでおろす。そのまま紅茶の香りに惹かれたのか、ポットをまじまじ眺めた。
「一人ではつまらぬ故、そなたも楽しまぬか?」
「えっ、でも……」
レアケはカップをソーサーに置くと、手で示してエスタに同席するように促す。エスタは戸惑いながら、ポットとレアケを交互に見つめた。
「嫌なのかの?」
「……魔女さまがいいなら」
エスタはレアケの顔色をうかがいながら向かいのソファに座る。それを見届けると、レアケは魔法で新しいポットとカップを運んだ。
「私がそなた専用にいれてやろう」
「えっ、さっきのでいいよ。もったいないだろ」
「そうか」
レアケはポットを戻し、さきほどエスタがいれた紅茶をカップに注ぐ。そのカップを手にとったエスタは紅茶を舌の上に流し、喉を通らせ――
「……うわっ、まず!」
エスタは思わず顔を顰めて叫んだ。茶葉を入れすぎたのか、非常に濃くて渋いそれは、お世辞にもおいしいとは言いがたい。
「こんなにまずかったなんて……魔女さま、ごめんなさい」
「そなたがはじめて、懸命にいれた茶だ。おいしいよ」
「いや、これは自分でも驚くっていうか……引くくらいまずい」
「ふふ、そうかの?」
レアケは表情を変えることなく優雅に紅茶を口にする。ソーサーにカップを置くと、眉をひそめてカップを眺めるエスタに声をかけた。
「エスタ」
「な、なんだよ」
「ここにいる間は、立派な淑女になるよう努めてもらうからの」
「…………は?」
エスタは間の抜けた声をもらす。淑女、それはいまのエスタからかけ離れた存在だ。
「はっ……はあ!? なんでそんな」
「そなたの言葉遣い、所作は……ひどいからのう」
「そんなの別に、どうだっていいだろ!」
レアケはその言葉には答えず、にっこりとほほ笑んで空いたカップを差し出した。驚いて固まるエスタに、レアケはただ一言。
「もう一杯」
「……えっ、正気か?」
エスタは自分でいれたものだが、そのあまりのまずさに二杯目を飲もうとするレアケの頭を心配した。レアケはなにも言わずに二杯目を待ち、観念したエスタが紅茶を注ぐ。
「たとえば、この紅茶」
レアケがカップを乱雑に握ると、ソーサーとカップが音を立てた。そのままカップを口に運び、音をたてながら紅茶を飲み干す。さきほどまでとは違う野蛮ともいえるレアケの所作に、エスタは呆気にとられた。
「……ふう。そなた、さきほどの私といまの私、どちらの私のほうが好ましく思えるかの」
「んなの、さっきのに決まって……」
そこまで言いかけてエスタは口をつぐんだ。いまの行動でレアケがなにを伝えたかったのかを理解したのだろう。レアケはその様子に満足げにほほ笑む。
「紅茶の飲み方一つでその人のすべてになるわけではない。だが、それは確かにその人の一部だろう? そうした一面の積み重ねが、その人を形取るものだ」
エスタはその言葉に顔を赤くしてうつむく。レアケはそっと、エスタの頭をなでた。
「……だって、そんなの、知らない。そんなの、だれも教えてくれなかった」
「そうだのう。だが、いま知る機会ができた。ここを去っても、きっと役に立つぞ?」
エスタは驚きに目を見開き、レアケを凝視した。ここを去る、それがどういった意味を含んでいるのか考えあぐねているのだろう。
「……っ」
塔に住む魔女に仕えた侍女は、どこかに消えていなくなる。そのうわさを思い出したのか、エスタは緊張に唾を飲んだ。
「ふふ、そのように緊張せずともよい。私が立派な淑女に育て、ここから送り出してやろうぞ」
エスタは言葉を失い、うつむく。迷いがあるようだが、ややあって顔を上げてうなずいた。
「……わかった。やってやるよ」
「ふふ、元気な返事だのう。私は、少々厳しいぞ」
顔を上げたエスタの目は英気に満ちていた。レアケは満足そうに笑って席を立つと、ゆっくりとした足取りでエスタに近づく。
「そう、まずは……」
レアケはすっと目を細め、エスタを眺める。その目にさきほどの意気込みはどこへいったのやら、エスタは蛇ににらまれた蛙のようにおびえてしまった。
「ま……魔女さま……?」
魔女は人とは比ぶべくもない膨大な魔力を持ち、多彩な魔法を扱う。見た目もまるで時間が止まったかのように成長することも、老いることもなくなっている。
大きな力を持った存在を前に、エスタは硬直し――
「……この、大きく開いた脚は閉じよ」
「ぎゃああっ!?」
レアケはエスタのそばにしゃがみ込むと、前触れなくエスタの大きく開かれた脚をつかんで閉じさせた。ひどい悲鳴を上げたエスタに、立ち上がったレアケはあきれたようにため息をつく。
「こらこら。女子なら悲鳴は小さく、こう……きゃっ、くらいに留めるものだ」
「んなこと、咄嗟に加減できるわけねぇだろ!」
ぎゃあぎゃあとわめくエスタを眺めながら、レアケはこれは前途多難だと肩をすくめた。
「うう、わかったよ……」
魔女の逆鱗に触れ、その恐ろしさの片鱗をしっかりと理解したエスタは大人しくうなずいた。
「では、気を取り直してティータイムだ」
「はい……」
エスタはティーカップに紅茶を注ぎ、レアケの前に差し出した。レアケはそれを口元に運び、一口飲む。ほほ笑むレアケに目を向け、エスタは少し不安そうに問いかけた。
「……どうだ?」
「ふむ。おいしいよ」
エスタはほっと胸をなでおろす。そのまま紅茶の香りに惹かれたのか、ポットをまじまじ眺めた。
「一人ではつまらぬ故、そなたも楽しまぬか?」
「えっ、でも……」
レアケはカップをソーサーに置くと、手で示してエスタに同席するように促す。エスタは戸惑いながら、ポットとレアケを交互に見つめた。
「嫌なのかの?」
「……魔女さまがいいなら」
エスタはレアケの顔色をうかがいながら向かいのソファに座る。それを見届けると、レアケは魔法で新しいポットとカップを運んだ。
「私がそなた専用にいれてやろう」
「えっ、さっきのでいいよ。もったいないだろ」
「そうか」
レアケはポットを戻し、さきほどエスタがいれた紅茶をカップに注ぐ。そのカップを手にとったエスタは紅茶を舌の上に流し、喉を通らせ――
「……うわっ、まず!」
エスタは思わず顔を顰めて叫んだ。茶葉を入れすぎたのか、非常に濃くて渋いそれは、お世辞にもおいしいとは言いがたい。
「こんなにまずかったなんて……魔女さま、ごめんなさい」
「そなたがはじめて、懸命にいれた茶だ。おいしいよ」
「いや、これは自分でも驚くっていうか……引くくらいまずい」
「ふふ、そうかの?」
レアケは表情を変えることなく優雅に紅茶を口にする。ソーサーにカップを置くと、眉をひそめてカップを眺めるエスタに声をかけた。
「エスタ」
「な、なんだよ」
「ここにいる間は、立派な淑女になるよう努めてもらうからの」
「…………は?」
エスタは間の抜けた声をもらす。淑女、それはいまのエスタからかけ離れた存在だ。
「はっ……はあ!? なんでそんな」
「そなたの言葉遣い、所作は……ひどいからのう」
「そんなの別に、どうだっていいだろ!」
レアケはその言葉には答えず、にっこりとほほ笑んで空いたカップを差し出した。驚いて固まるエスタに、レアケはただ一言。
「もう一杯」
「……えっ、正気か?」
エスタは自分でいれたものだが、そのあまりのまずさに二杯目を飲もうとするレアケの頭を心配した。レアケはなにも言わずに二杯目を待ち、観念したエスタが紅茶を注ぐ。
「たとえば、この紅茶」
レアケがカップを乱雑に握ると、ソーサーとカップが音を立てた。そのままカップを口に運び、音をたてながら紅茶を飲み干す。さきほどまでとは違う野蛮ともいえるレアケの所作に、エスタは呆気にとられた。
「……ふう。そなた、さきほどの私といまの私、どちらの私のほうが好ましく思えるかの」
「んなの、さっきのに決まって……」
そこまで言いかけてエスタは口をつぐんだ。いまの行動でレアケがなにを伝えたかったのかを理解したのだろう。レアケはその様子に満足げにほほ笑む。
「紅茶の飲み方一つでその人のすべてになるわけではない。だが、それは確かにその人の一部だろう? そうした一面の積み重ねが、その人を形取るものだ」
エスタはその言葉に顔を赤くしてうつむく。レアケはそっと、エスタの頭をなでた。
「……だって、そんなの、知らない。そんなの、だれも教えてくれなかった」
「そうだのう。だが、いま知る機会ができた。ここを去っても、きっと役に立つぞ?」
エスタは驚きに目を見開き、レアケを凝視した。ここを去る、それがどういった意味を含んでいるのか考えあぐねているのだろう。
「……っ」
塔に住む魔女に仕えた侍女は、どこかに消えていなくなる。そのうわさを思い出したのか、エスタは緊張に唾を飲んだ。
「ふふ、そのように緊張せずともよい。私が立派な淑女に育て、ここから送り出してやろうぞ」
エスタは言葉を失い、うつむく。迷いがあるようだが、ややあって顔を上げてうなずいた。
「……わかった。やってやるよ」
「ふふ、元気な返事だのう。私は、少々厳しいぞ」
顔を上げたエスタの目は英気に満ちていた。レアケは満足そうに笑って席を立つと、ゆっくりとした足取りでエスタに近づく。
「そう、まずは……」
レアケはすっと目を細め、エスタを眺める。その目にさきほどの意気込みはどこへいったのやら、エスタは蛇ににらまれた蛙のようにおびえてしまった。
「ま……魔女さま……?」
魔女は人とは比ぶべくもない膨大な魔力を持ち、多彩な魔法を扱う。見た目もまるで時間が止まったかのように成長することも、老いることもなくなっている。
大きな力を持った存在を前に、エスタは硬直し――
「……この、大きく開いた脚は閉じよ」
「ぎゃああっ!?」
レアケはエスタのそばにしゃがみ込むと、前触れなくエスタの大きく開かれた脚をつかんで閉じさせた。ひどい悲鳴を上げたエスタに、立ち上がったレアケはあきれたようにため息をつく。
「こらこら。女子なら悲鳴は小さく、こう……きゃっ、くらいに留めるものだ」
「んなこと、咄嗟に加減できるわけねぇだろ!」
ぎゃあぎゃあとわめくエスタを眺めながら、レアケはこれは前途多難だと肩をすくめた。
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