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本編

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(……この子、魔法を使っている自覚がないのかしら。気になるわ……)

 エスタの反応からして、無意識で魔法を使っているのか、それが魔法と認識せずに使っているのかのどちらかだろう。

 魔女は魔法に関しては興味が強い者が多く、レアケもその例にもれない。その正体が知りたくて、レアケは興味本位でエスタに問いかける。

「エスタや。そなた、なにを隠しておる?」

「えっ!?」

 エスタはおおげさに肩を震わせる。その反応からなにかを隠していることは明白であるが、エスタは口をつぐみ、答えようとしなかった。

「……ふむ、答えぬか」

「あ……」

 エスタは顔を青くし、焦った様子を見せた。塔に住む魔女に仕えた侍女は、どこかに消えていなくなる。そんなうわさがまことしやかにささやかれており、だからこそ、ここにはわけありの者しかやってこない。

 親が残した借金にまみれた少女、家族の病の治療費を必要とする少女、身寄りがなく今日生きることも厳しい少女など、その理由はさまざまだ。それらの問題を解決するかわりに、少女らは魔女のもとへと送られるというわけだ。

 わけありのはずのエスタは魔女に気に入られなければならない。なのに、仕えるべき相手の問いに答えようとしない。悪手だとわかっているだろうに、その頑なな様子にレアケはくすりと笑った。

「まあ、よい。そなたの使っておる魔法……それがなにか、自ら暴くのもまた一興か」

 エスタはびくりと体を震わせる。その反応があまりにも素直で、レアケはさらに笑みを深くした。

(今回の子も、反応がとってもかわいいわ)

 魔女の不興を買えばここから追い出されるのか、はたまたうわさ通りに消えてしまうのか。どちらにしても、わけありのエスタには望ましくない展開だろう。

「……さて、エスタ」

「な、なんだよ……」

「そなたは追々しつけるとして……腹もふくれたことだし、まずはこの塔を案内しようかの」

 こうして新しくやってきた侍女を案内するのは、レアケにとっては初めてのことではない。もう何度目だろう、慣れたものだ。

「なんだよ、しつけるって……」

「そのまま、言葉の通りだが? そなた、仕える者に対する態度でもなし、その上、淑女にあるまじき言葉遣い」

「うっ」

 つけ焼き刃で身につけた言葉遣い、いや、身につけられなかった言葉遣いだ。エスタも自覚はあるようで、指摘されて反論しようと口を開いたが、結局黙り込む。そもそも、反論しようとすること自体がしつけがなっていないと言えるのかもしれない。

「私がやさしい魔女であることにおおいに感謝し、つべこべ言わずにおいで」

「うう……」

 エスタは小さくうなりながらもレアケの言葉に従った。レアケが貴婦人や令嬢であれば、エスタは鞭打ちの罰を与えられて放り出されているだろう。

 二人は塔の内壁に沿った螺旋状の階段をひたすら上へとのぼる。レアケは塔のもっとも高い場所に位置する部屋の前に立ち、その扉を開いてエスタを中へ招き入れた。

「ここが、私の部屋だ」

 古びた塔には似合わない、天蓋のついた豪華で大きなベッド。それに比べてみすぼらしい、木製の簡素な机と椅子が一組。同じような木製の棚が置いてあるが、中はすかすかだ。

 そして、壁には鉄格子のはめられた窓が一つ。

「えっ、鉄格子?」

 エスタはその窓に驚いて声を上げた。初めて魔女の部屋に訪れた侍女はかならず窓に驚くと、レアケは笑う。

「はは、そなたもかわいい反応をするのう。元々、この塔は貴人を幽閉しておくために作られたものだからの」

「えっ」

「ほれ、次はこの下だ」

 レアケは驚くエスタをせっつき、部屋から追い出す。そのまま階段を一階下り、魔女の部屋の真下にある部屋に入った。

「ここが、そなたの部屋だ。好きに使うと良い」

 部屋の構造は上の部屋と同じだ。簡素なベッドと机と椅子が一組、小さな棚が一つ。窓には同じように鉄格子がはめられている。ベッドは魔女のものに比べるべくもないが、ほかのものに関しては魔女のものよりも立派だ。

「私の部屋とこの部屋には防音の結界を張っておる。気にせず、なにをしても構わぬぞ」

「なんだよ、それ」

「はは、なんだろうな」

 エスタの頭の中は疑問符でいっぱいになっているようだが、レアケは笑って話を終わりにした。

 そのまま塔の案内は続き、二人は階段を下りる。侍女の部屋がある階の下は開けており、くつろげるようソファやテーブルが配置してあった。一番下の階には炊事場などがある。

「ほれ。ここに魔力を注げば、水が生成されてでてくる」

「……すげぇ」

「そうだろう、そうだろう?」

 レアケは自身が快適に暮らせるよう、塔に魔法でさまざまな細工をしていた。魔法で窓の開け閉めを簡単にできるようにし、近くに水場がないため水を生み出す魔法を仕込み、扉の鍵も魔法、ほかにも細々としたものまですべて魔法で細工した。その結果、魔力がなければ不便極まりない塔になってしまった。なにごとも、やりすぎは良くないものだ。

「さて、休憩にしようか」

「は、はい! こ、紅茶を用意します!」

 塔の案内を終え、二人はソファがある階に戻る。エスタの侍女としての初仕事だ。

「ああ、そうだ。一番大事なことを言い忘れておったの」

 紅茶をいれようと悪戦苦闘しているエスタをほほ笑ましげに眺めながら、レアケは思いついたように口を開いた。なんとかポットに茶葉を入れ、湯を注いだエスタはそれをテーブルに置いて顔を上げる。

「よいか、エスタ。王がこちらに来られた際は大人しくおれ。なにが起きようともけっして目は向けず、一言も言葉を発してはならぬぞ」

「えっ、王がここに? あの、レイ……」

「その名を口にするな!」

 眉をしかめたエスタが敬意などなく王の名を口にしようとし、レアケは大きな声を出して遮った。あまりの声にエスタは驚き、目を丸くして硬直する。レアケは自分でもおどろくほどの声にはっとし、首を横に振って顔を片手で覆った。

「はあ。……本当に、礼儀もなにも知らぬ小娘だの」

「う……」

「言葉遣いも、礼儀も……そも、歩き方もひどい。足は開いてガニ股歩きだわ、肩はいからせておるわ……」

「なっ、歩き方なんてどうでもいいだろ!」

「良くない、美しくない。そなた、それではまるで男のようだ」

 レアケの言葉にエスタは顔を真っ赤にした。肩を震わせ、大きな声でけっして言ってはならぬ言葉を発する。

「うるせえ! ババア!」

「ほう……」

 レアケの目が据わり、部屋の温度が一気に下がった……気がした。エスタは恐怖を感じたのか、ぶるぶると震えだす。口だけに笑みを描いたレアケは、おびえて震えるエスタの頭をわしつかみにした。

「そ、な、た。私が魔女だということを忘れておろう!」

「あだっ、いだだだだっ」

 レアケはそのまま力を加え、エスタは痛みに淑女らしからぬ悲鳴を上げる。

「いい? 私がちょっと魔力を注げば、小娘の頭くらいひねり潰せるのよ」

「ひっ、……ご、ごめんなさいぃっ! 魔女さま、お姉さま! もう言いません!」

 エスタが涙目で許しを乞うと、レアケはぱっと手を離した。しゃがみ込み、痛む頭を両手でさするエスタを見下ろしながら、レアケは腰に手を当て深く息を吐く。

「まったく、最近の小娘は……」

「それ……い、いえ、なんでもないです!」

 レアケが鋭くにらみつけると、エスタは口をつぐんだ。
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