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18 難易度S

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 キサラギ・ナスターシャ教授は茨城の大学で特別講義をしていた。タイトルは「魔法力とダンジョン化現象」。
 しかし講義は、開始十分で中止となった。
 新宿にダンジョンが出現したためだ。
 ナスターシャは一報が入るや否やタクシーで新宿まで向かった。
 いつものように、バニーガール姿で。

 タクシーの車内で、ナスターシャは慌ただしくタブレットPCを操作していた。
 ナスターシャは都内各地に、魔力量を測定するセンサーを設置していた。ダンジョン周辺の数値から、新宿ダンジョンの規模をシミュレートしているのだ。

「けけけ……次にデカいダンジョンが来るとしたら、新宿あたりと踏んでたけど……くひひひひっ。正解だったよ! さあてさて、どんなデータが取れるかな? 恥ずかしがらずに、おぢさんに見せてごらん?」
 ナスターシャはねっとりと舐めるように、いやらしい手つきでタブレットPCを操作する。
 バニー衣装も相まって、あまりにも破壊力がある光景だった。

「ナスターシャ教授。あと五分で総理官邸とのウェブ会議が始まります」
 そこに、タブレットから女の声が響いた。
 ナスターシャのラボに常駐している、秘書の平宗ひらむねだ。
「えー、今一番良いところだったのに! さやっちの方で会議に出てくんない?」
「私は秘書です。ダンジョンのことは業務外ですので」
「あーもう、さやっちは堅いなあ」
「教授の常識がないだけです」

 ナスターシャ教授の秘書、平宗沙耶ひらむねさや
 23歳、独身。
 その名のとおり、ナスターシャとは対照的なバストサイズの女性だ。
 しかし控えめなのも、悪くはない。

「それに、そのバニー衣装では会議になりませんよ! 政府の皆さんに見られるんですよ?」
「これは衣装じゃなくて、魔法装備! 今からダンジョンに行くんだから、この装備が最適なんだよ。……ていうか今度さ。さやっちにもバニー装備あげるから、一緒にダンジョンにいこ?」
「行きません! そんなセクハラ装備が似合うのは、教授だけです! だったら、会議が始まったらカメラの角度を調整してください。政府の重要な会議なんですよ。せめて胸は映らないようにしてくださいね」
「はいはいっと」

 と、雑談をしつつも――バニーガールの才媛は、凄まじい勢いで新宿ダンジョンのデータを解析していた。
 さらに並行して、ナスターシャはタブレットを操作してウェブ会議のアプリを立ち上げた。

 ほどなくして、首相官邸の会議室が映し出された。
 タブレットに映し出される会議室は、ひどく混乱に陥っていた。


「SNSでは東京が壊滅したとの偽情報が飛び交っています」
「政府公式の情報を上げ続けろ! 十分後に記者会見も行う。全部包み隠さず配信するんだ!」

民間魔法会社PMCへの支援要請はどうなっている!?」
「今やっています!」

「とにかくダンジョン攻略が先だ! 人命を優先させろ!」
「しかし経済資源ダンジョン連合企業体から、クレームが入っています。『人命よりもダンジョン資源の採掘を先にやれ、ボスを倒したらダンジョンが消えてしまうだろう』と」
「経ダン連か……! 何を血迷ったことを! 今すぐ会長を呼んでくれ! 直接話をする!」


 東京のど真ん中に巨大ダンジョンが出現したことで、会議室は戦場の様相を呈していた。
 明らかにいつもの政府会議とは様子が違う。
 ナスターシャはもう繋がってるのに、誰も気づいていないようだ。

「あちゃー……みんな混乱してんねー。おーい、もう繋がってるよ? みんなー。私のこと見えてる? えっちなバニーだよ? だめか、見えてない。しかたないなあ……官邸のモニタをハッキングしてやろっと。ふひひっ」

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

 東京、千代田区、永田町。
 総理官邸、四階。
 会議室には『ダンジョン対策特別措置法に基づくダンジョン対策本部会議』と印字された紙が貼りだされ、政府のお歴々が喧々囂々の議論をしていた。

 誰も端末に映るナスターシャには気づいていない。

 そこに、会議室の天井から巨大なモニターが降りてきた。
 誰も操作をしていないのに、モニターの電源が入る。
 画面にはウェブ会議のアプリが表示される。

「あれ、誰かモニター操作してるのか?」
「いいや、誰も?」
 とその時だった。
 首相官邸のモニターに、ナスターシャの巨乳がアップで映し出された。

「ば、バニー……ガールだと……?」
「えっちだ。えっちすぎるだろ……」
 政界の大物や事務方のトップ達は動揺を隠せない。
 ナスターシャの姿はあまりにも場違いで、そしてあまりにも――えっちだった。
 会議室に甲高いバニーガールの声が響いた。
「いえーい、総理。見てるー? とりあえず落ち着こう? はやく会議やろうよ」

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 政府の対策会議が始まった。
「ナスターシャ教授、我らは一刻も早く新宿ダンジョンを解消したいと考えています。しかし発生から六時間が経過しても、ダンジョンの入口すら見つからないのです。……我らは、どのような手を打つべきでしょうか?」

 と総理が問う。
 新宿のダンジョン化によって、都市機能は今や完全にマヒしている。可能なら今すぐにでもダンジョン化現象を解決したい。それが国としての望みだった。

「今回のはいわゆる閉鎖型ダンジョン。入口が存在しないタイプのやつだね。この場合、重機で穴を掘って侵入経路を確保するしかない。そこから探索者を投入するんだ」
「何と……ダンジョンに直接穴を……?」
「滅多にないタイプだけどね。でも人命を救うならやるしかないね」

「さすがはナスターシャ教授だ。では急いで土木業者を手配させます」
「穴を掘る時は、魔力量を計測しながらやるといい。数値が高いところはダンジョンの通路になっているはずだからね。そうだ、私が独自に集めたデータを送ろう。参考にするといい」
「了解しました。政府への協力、感謝します」

「さて、私もダンジョンに向かうよ。研究者としてね。いいでしょ?」
「教授の研究あってのダンジョン対策です。一向に構いません」
 国はダンジョンを攻略し、全ての階層のボスを倒すことでダンジョンを消滅させる。
 研究者であるナスターシャは、ダンジョンが消滅する前に、できるだけアイテムやデータを集める。
 それがナスターシャと国の役割分担だった。

 ナスターシャを運ぶタクシーは都内に入っていた。
 もう少しで新宿御苑が見えてくる。
 ナスターシャは臨戦態勢に移行する。
 バニー衣装の胸の位置を調整し、脱ぎ捨てていたヒールに足を通す。

「え? ……何これ」
 と、いつでもダンジョンに行ける状態にしたところでナスターシャは固まった。目線がタブレットPCに釘付けになった。
 新宿ダンジョンの近くに設置していた魔力量を計測するセンサーが、異常な数値を出しいた。
「魔力量2000……だって? 何かのエラーかな? いや、他のセンサーもの数値もかなり高い。これはまずいな」
 ナスターシャは再び官邸に連絡を取った。

「総理、一つだけ忠告しておくよ。ダンジョンの中の90%の人間が死ぬだろうね。ダンジョン探索者の魔力量の目安は、最低でも1500だ。ダンジョンの規模は、昨年発生した宗谷そうやダンジョンの倍はあるよ。ダンジョン難易度は、Sランクだ」
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