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13 閉鎖型ダンジョン

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 次は新宿、新宿です。
 次は新宿、新宿、新宿……
 次は、次は、次は……………

 アナウンスが乱れた。そして車内が急に暗くなった。
 ドドドドド…………
 と地鳴りのような音が聞こえた。
 空間そのものが震えているような、どこか異様な音だ。

 列車が脱線事故でも起こしたかのように揺れた。
「きゃぁああ!」
 女性の叫ぶ声がした。
 弔木とむらぎの体がふわりと浮いた。
 薄明かりの車内を見渡すと、他の人々も一様に浮かび上がっていた。
 脱線事故にしては、異様な浮遊感だ。何かがおかしい。

 弔木とむらぎは我が目を疑う。
 ――最近の都会は、電車で人が浮かぶのか?
 もちろん、そんなはずはなかった。

「うわあああ!」
「だ、ダンジョンだ! ダンジョン化だああ!!!」
「何てこった! こんな時に限って武器を忘れた!!」
「逃げろ、早く列車のドアを開けるんだ!」
 車内はパニック状態に陥っていた。

 ブン、ブン、と異常な音とともに、人の姿が消えていった。
 この現象をマスコミでは「ダンジョンに呑まれる」と表現している。
 ダンジョン化現象が、始まっているのだ。
 弔木とむらぎがふと下を見ると、電車の床は硬い石畳へと変わっていた。

「ぎゃぁあああ!」
「ま、待ってくれええ!」
「やった! 初めてダンジョンに潜れるぞ!」
 様々な反応を示しながら、人々はダンジョンの各地に転送されていった。
 そして弔木とむらぎも、例外ではなかった。
(困ったぞ……俺魔力ゼロなんだけど)

 今ある空間を強制的に変異させる。
 その空間にいる人々を魔力に目覚めさせ、強制的に内部に転送する。
 異世界の浸食現象。
 それが――ダンジョン化現象の正体だった。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 弔木とむらぎが目を覚ますと、どこか懐かしい光景が広がっていた。
 ごつごつとした岩肌。
 ぴちょり、ぴちょりとどこかから水滴が垂れる音。
 息をするだけで肺病にかかりそうな、かびの匂い。
 小型の魔物が「コココココ」とせわしなく洞窟の中を走り回る音。聞いてるだけで不快になる。

 ここではない別の世界で、幾度となく過ごした場所。
「ダンジョン……か」

 弔木とむらぎはポケットの中からスマホを取り出した。そして表示される時刻を見て絶望した。
「面接時間が来てる!? うおお……終わった……」
 どうやら弔木とむらぎは30分ほど意識を失っていたらしい。
 
「ついてねえ……」

 国内では既に、数多くのダンジョンが発生している。
 それでも弔木とむらぎは、ダンジョン化現象が自分の身にふりかかるとは思ってもいなかった。
 それくらい弔木とむらぎは、自分の人生からダンジョンを、そして異世界での記憶を遠ざけていたのだ。

「はは、まさかこんなタイミングでとはなあ……。まあ嘆いててもしゃーない。何とかダンジョンから抜け出そう。事情を話せば面接もさせてくれるだろ」

 弔木とむらぎはスマホを操作して、ライトをつけようとした。
 すると、急にスマホの画面が真っ暗になり、動かなくなった。

「げ……。そう言えばニュースでやってたな」
 ダンジョンに電子機器を持ち込むと、数時間としないうちに壊れるのだ。
 原因は不明だが、ダンジョン内に漂う魔力か何かが電子機器を急激に劣化させてしまうらしい。

「最悪すぎる。スマホを買う金なんてないのに……」
 ある意味で弔木とむらぎはダンジョンという異空間には慣れている。
 金欠の弔木とむらぎにとっては、ダンジョンに閉じこめられた恐怖よりも、携帯が壊れたことの方がダメージが大きい。
「今月は、スマホなしで生活かもなあ。借金してまで買いたくないし」

 と、遠くから人の叫び声が聞こえてきた。
「何だ……?」
 弔木とむらぎは耳を澄ませながら、声がする方に近づいた。
 人間の声を模倣するタイプの魔物もいるかもしれない。
 声に惹かれて進むうちに食われていた……なんてことは、元勇者としては避けたいところだ。

 弔木とむらぎは用心しながら進んだ。
 だんだん暗闇にも目が慣れてきた。
 すると、叫び声の内容がよりはっきり聞こえてきた。
「誰かいるかあああ! こっちに人が集まってる! 攻略パーティを編成するから、聞こえてるなら、こっちに来てくれえええ!」

 ダンジョン化現象に巻き込まれた、他の人たちが集まっているらしい。
 さすがは都会だ。
 列車の中にもあれだけ人がいたし、剣や魔導具を装備していた人もいた。
 とりあえず人々と合流すれば、ダンジョンから抜け出すこともできるだろう。
「おおい! ここです! 今行きますよ!」
 弔木とむらぎは返事をしながら、先を急いだ。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 ダンジョンの上層では、数十人ほど集まっていた。
 上層の広場は闘技場――コロシアムのような形になっていて、運動会でも開催できそうなほどの広さがあった。
 明かりを灯す魔法を使える人がいたのか、広場は人の顔が判別できるほどには明るくなっていた。

 人々は円形の広場の外周に沿うように、何となく座り込んでいた。

 すると、広場の真ん中にスーツ姿で特大剣を持った男がやってきた。
 ジャケットは既にぼろぼろになり、裂けた布地から鎖帷子くさりかたびらが露出している。
 既に何度かモンスターと戦闘をしていたらしい。

「今から、経験者たちで周辺を調査した結果を説明します。別にリーダーを気取るつもりはありませんが、何となく流れでここに立っています。不服な人は、俺の話は無視してくれてかまいません。
 時間もないので、結論から。このダンジョンは恐らく『閉鎖型ダンジョン』になっています」

 広場からどよめく声があがった。
「閉鎖型? 何それ?」
「出口がないダンジョンってことでしょ」
「てことは、助けが来ないってこと?」
「ダンジョンのボスを全員殺せってことかよ。無理じゃね?」

 広場のどよめきが収まるのを見計らい、男が続けた。
「皆さんもご存じかと思いますが、ダンジョン化現象は全てのボスを殺すことで終息します。つまり我々の脱出条件は、このダンジョンをクリアすることになります」

「待ってくれ! 本当に出口はないのか? 昼までに会社に戻らなきゃならないんだが」
 と質問が会場の中から出てくる。
「可能性はゼロではありません。しかし攻略メンバーの中に、〝迷宮地図ダンジョンマッピング〟の魔法を使える者がいました。我々は、そのメンバーの地図を参考にいくつものルートを試してみた、という訳です。そして……残念ながらここに立っています」

 それが答えだった。
 このダンジョンに出口は、ない。

「マッパーがいたか……」
「てことは、出口はマジでないかもな」
「だったら攻略するしかねえか。まあせっかくだし、ドロップアイテムで一稼ぎしていくか」
「俺、武器の魔力付与エンチャントで高火力だせます! 魔力量800あります! 誰か俺と一緒に攻略する人! 彼女募集中です!」
「私、行きます!」

 会場のどよめきが再び起こり、収集がつかなくなる。
 中には勇み足でダンジョンに向かう者も現れた。
 説明していたサラリーマンの男は、強引に話を締めくくった。

「では我々もダンジョン攻略に戻ります。ここにいる皆さんも、パーティを組みながら攻略をするなり、誰かがダンジョンをクリアするのを待っているなりしてください。
 もっとも――こんな機会は滅多にないので、そんな人はいないと思いますがね」

(ここにいるんだよなあ……)
 弔木とむらぎは内心でため息をつきながら、会場の様子を眺めていた。
 本当に、大ダンジョン時代が到来しているんだなあ。と。
 そして人々の熱狂する様子を見て、少し怖くなった。
 この人たちはまだ、ダンジョンの恐ろしさを知らないのだ。

 そんな浮ついた様子では、間違いなく死んでしまうだろう。
 異世界で、何度も冒険者が死ぬのを見てきた。
 彼らの多くは、金に目が眩んでいた。

 弔木とむらぎの心配をよそに、魔力に自信がある者からダンジョンの奥へと消えていった。
 広場から人の気配がなくなり、最終的には五名ほどの人間が残った。
「なあ……そこのあんた。俺らも行かないか? とりあえず皆で、魔力量計ろうぜ。あと得意な魔法とか、魔力属性も教えてくれよ」

 作業員風の男が弔木とむらぎに声をかけてきた。
 話しぶりから察するに、あまり魔力量は高くないのだろう。
 もっとも、弔木とむらぎには悪い意味でかなわないだろう。何せ弔木とむらぎはゼロなのだから。

「期待させると悪いから、先に言っておきますよ。俺、魔力ゼロなんです。すいませんが、ダンジョンじゃ何の役にも立たないですよ」
「え、ええ……本気で言ってるのか? ゼロってあり得ないだろ。俺、テスター持ってるけど計っていいか? アマゾンで買ったやつだから、精度は微妙だけど」
「もちろんです」

 男はテスターを起動し、弔木とむらぎの魔力を計測した。
 テスターの結果を見ると、男の顔は驚きと落胆に染まった。
「ね? 言ったでしょう」
「ああ……すまないが、俺たちだけでダンジョン攻略するわ」

 そうして弔木とむらぎ一人だけが、ダンジョンの闘技場コロシアムに残された。
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