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2 14話後に死ぬモブ

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 翌朝、弔木とむらぎは在来線と地下鉄を乗り継いで新宿に向かった。
 奴隷志望者の採用試験だ。
 濃紺のスーツに灰色のネクタイ。
 灰色の靴下に真っ黒な革靴。
 どれもこれも、格安の紳士服の店で買ったものだ。
 今の弔木にとって、異世界で着ていた鎧よりも重く感じられる。
 仕事に、就かなければならない。
 それは今の弔木には、どんなクエストよりも難しいことだった。

「ドーレイ住宅の小野寺です。本日はよろしくお願いします。では最初に、名前と所属をお願いします」
「東城大学経済学部、経済学科の弔木京です。本日はよろしくお願いします」
「まずは志望動機をお聞かせください」
「ええと、あの……」

 奴隷のドーレイ住宅。
 その悪評はニュースに疎い弔木でも知っている。
 魔王を倒した勇者が、詐欺まがいの会社の面接を受けるなんて……。
 弔木は屈辱的な気分になりながら、応える。

「御社の企業理念に強く共感しました。誰にでも買える価格で住宅を提供するということは、社会貢献にもつながると思いまして、その、志望しました」
 生きるために吐く嘘の味は、苦い。
 こんなことなら、ずっと異世界で生きていればよかった。

「では次に、大学生活で打ち込んだものを教えてください。エントリーシートには『レイルグラントで魔王を討伐していた』とありますが……?」
 小野寺はにこやかな笑みを弔木に向けた。
 神経を疑う。
 異世界での経験は、弔木にとっては紛れもない事実だ。
 だがこの世界の人間にとっては荒唐無稽な作り話でしかない。
 なぜそんなことを聞くのか?

「すみません、ちょっとゲームのやり過ぎだったみたいです。あのエントリーシートはなかったことにしてください」
「そんなことはないよ。レイルグラント大陸は、俺も知っている。君は勇者だったんだろう? だったら今、魔法の一つくらい出して見せてくれよ。メラとか、イオナズンとかさ」
「え、その……」

 この世界に戻ってから、弔木は魔法を使おうとした。
 しかし何も起こらなかった。
 体の奥底に感じていた「魔力」は完全に消えていた。
 そして、小野寺が言った呪文はレイルグラントには存在しない。
 正しくは火炎魔法フレイヤ雷撃魔法シュピーゲンだ。

「ああ、今のはドラクエか。でも似たようなものかな。どうなんだい? 弔木君。魔法出せるんだろ?」
 次第に小野寺からにこやかな笑みが消えていく。
 かわりに浮かび上がってくるのは、侮蔑と嗜虐性が滲んだ表情だ。
 小野寺は、全てを理解した上で弔木に聞いているのだ。
「ええと…………」

 ――ガタン!!
 一瞬、何が起こったのか分からなかった。
 数秒の後に、弔木は状況を理解する。
 小野寺がテーブルを蹴っ飛ばしたのだ。
「え……?」
 唖然とする弔木。
 小野寺のこめかみに青筋が立った。
 そして怒号が面接室に響いた。

「おいお前! エントリーシートに書いたんだろ? 魔法が使えるってよ! 嘘ついた訳じゃないだろうな? どうなんだ? 出してみろよ、魔法。魔法を出せたら内定出してやるよ! 光の勇者、スターク君よお!!!」
「あの……」
「ああ、分かってるよ! 魔法なんて出せる訳がねえよなあ! テメー、おちょくりに来たんだろ!? 俺、知ってるんだよ。うちがネットで『奴隷のドーレイ』って言われてることくらい。こうやってからかいに来るクソガキがたまに来るんだよな。……ったく、時間の無駄なんだよ! 馬鹿にすんじゃねーよ!」

「あの……すいませんでした。でもバカにしてる訳じゃなくて……」
 弔木の謝罪などなかったかのように、小野寺は語気を強める。
「こんな時期にウチの面接を受ける奴は二種類しかいない。ゴミか、ゴミ以下だ。そして我が社は、ゴミ以下にでも内定を出す。だがお前は別格だよ、弔木。奴隷のドーレイ住宅始って以来の快挙だ――」

 すっ――。
 そして小野寺は、また柔和な表情に戻った。
 異常すぎる。
 この小野寺という男は、ある意味でどんなモンスターよりも異常だった。

 ドーレイ住宅販売というブラック企業は、途方もない魔物を生み出したのかもしれない。
 弔木は半ば唖然としながら、そんなことを思った。
 小野寺は弔木の前に立ち、芝居がかった笑みで言った。
「弔木君、おめでとう。君は不採用だ」

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 夜の十時。
 小野寺は新橋の立ち飲み屋で飲んでいた。
「そういや今日の面接の子、どうでした?」
 と卑屈な愛想笑いをするのは後輩の久保だ。
 小野寺は満足そうに嗤った後で、日本酒を煽った。

「駄目に決まってるだろ、あんなの。ウチの会社がどんだけやべーからって、光の勇者様に内定は出せねえわ。ゲームのやりすぎだバカ、きもちわりーよ」

「ぎゃはははッ!! マジ受けるっすね。でも小野寺さん、そんなのエントリーシートの時点で分かってたじゃないですか。何で呼んだんすか?」

「決まってんだろ、ストレス解消と、社会貢献だよ。どうせ来るのはふざけたクソ学生だろ? だったらボコボコにしてやって、社会の厳しさを教えてやった方がいいだろ。マジで最高だったぞ? あのガキが真っ青な顔になるの」

「でも営業部の奴らからクレーム来ますよ? どんなゴミでも良いから社員連れて来いって。今じゃ派遣会社からも人出されないじゃないすか」
「ばーか。本当のゴミみてーなの採ったら採ったで、クレームよこすだろ。あのバカタレども」
「あー、それもそうっすね!」

「それに実際、あの光の勇者様はマジで何かおかしかったんだわ。何か全身からが漂ってたぞ。俺も色んな人間を見てきたが、あんなに暗い人間は初めてだ。人殺しみてえな顔だ。あいつと話していると、吐き気がこみ上げてくる」
「へえー。小野寺さんが言うなんて相当じゃないすか。俺も見たかったかもっす」
「やめとけ。暗いのが移るだろ。お前はバカで明るいのだけが取り柄だからな」
「ぎゃはははっ。それもそうっすね」
 久保は、怒りの感情を軟骨の唐揚げとともに噛み砕き、ハイボールで流し込んだ。

「でも異世界の勇者っすか……そういや海外で『ダンジョン』が出たってニュースになってますよね」
「ああん? 何だそりゃ」
「これっす」
 久保はスマホで検索した画面を小野寺に見せた。
「文字が多すぎる。酔っぱらってよく見えねえよ。仕方ねえな」

 小野寺は目を細め、スマホを流し読みした。
 アメリカ、コロラド州……
 ゴブリン、スライム、ドラゴン……
 ダンジョンの中では魔法が使えるようになり……
 途中まで読んだところで馬鹿馬鹿しくなり、小野寺は久保の頭を叩いた。

「あーそういや、こんな話あったな。でも久保。お前本当にバカだな! こんなのディープフェイクに決まってる。陰謀論にハマったジジイくらいしか騙されねえだろ」
「えでもこれ、CNNっすよ? つうか日本でも北海道で――――」
「ある訳ねえだろ、ダンジョンなんてよ! バカはバカらしく風俗のサイトでも見とけ。風俗マラックスとかよ」
「ぎゃはははっ。それもそうっすね!」

 久保はさっきと同じ相槌を打ちながら、内心で悪態をついた。
 ブラック企業にはよくある光景だった。
(このクソ上司が……早く帰してくれよ。こっちはテメーの話なんかどうでも良いんだよ)


 この時はまだ、小野寺も久保も知らずにいた。
 やがて日本国内にも無数の迷宮ダンジョンが出現することを。
 自分たちが魔物に殺されることを。
 そして弔木のエントリーシートの内容が、真実であることを――。
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