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本章『ロドンのキセキ・瑠璃のケエス・芽吹篇』新版※再校正版です。物語の内容や文面は旧版と変わりません。

最終話『 XYZ 』

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 クリスマス当日。
 その日は、昨晩の冷え込みの原因を示すかのようにゆるやかな降雪日となった。
 それゆえか、ホワイトクリスマスとなったその年のクリスマスは、ほとんどの人々が屋内で過ごすことを選択したらしく、桔流きりゅうたちが働くバーは昨晩よりも客たちで賑やかだった。
 恐らく、昨晩花厳かざりが店に行くことを事前に伝えていなければ、仕事終わりに来店した彼の座る席はなかっただろう。


―ロドンのキセキ-瑠璃のケエス-芽吹篇❖最終話『XYZ』―


 花厳かざりはその日カウンター席の端、左隣には誰も座らない席に案内された。
 花厳はゆったりと席にこしかけ、そんなに遅くもない時間なのにカウンター席や予約席以外に空席のない店内を見回す。
(昨日、桔流きりゅう君に店に行くって言っておいて正解だったな……)
 花厳が心の中でそう安堵していると、店の奥から出てきた法雨みのりが花厳に声をかけた。
「あらハンターさん、いらっしゃい。メリークリスマス。今宵もどうぞゆっくりしていってくださいね」
 そう挨拶した法雨の口調は、語尾に音符でもついていそうなほど上機嫌だった。
 ただ花厳はそんな上機嫌な店長の口調よりも、自分に対して命名されていた聞き慣れない呼称に困惑した。
「ハ、ハンターさん?」
 それについて法雨に訊き返そうとしたのだが、すでにカウンター内を通過し別の客のもとへと向かってしまった為、かわりに目の前でカクテルを作る桔流を見た。
 すっかり困惑した表情の花厳にくすりと笑い、桔流は彼の瞳が訴える疑問に答える。
「法雨さん、花厳さんが俺の事狙って逃がさないって、最初から勘付いてたらしいですよ」
「えぇっ……俺、そんなにがっついて見えてたのかな」
「うーん、というよりは多分……」
「た、多分?」
 すっかり両耳がこちらを向き、答えを心待ちにしている様子の花厳を目を細めて見つめ返し桔流は答える。
「獲物を見る目をしてたんじゃないですか? 花厳さん」
「獲物を見る目……そ、そうなのかな……」
「多分ですけどね。経験者にはわかっちゃうのかも」
「経験者って……?」
 そう問うてくる花厳の視線を誘うように、桔流は法雨の方へと視線を移す。
 花厳がそれに従い接客している様子の法雨の方を見やると、法雨は花厳と同じくカウンターに腰掛ける男と親しげに話していた。
 その男は一見してオオカミ族の亜人らしいとわかる。
 毛並みは黒く、随分と体格の良い男だった。
 花厳も体格が良く背も高い方だが、法雨と話すオオカミ族の男は花厳よりも更に背が高くがっしりとしているように見えた。
 そんな男と法雨を見比べてから、花厳は桔流に向き直る。
「桔流君……もしかしてあのヒト、法雨さんと……?」
「ふふ、分かりますか?」
「な、なんとなくね。あのヒトの視線が……」
「ホラ、ね」
「え?」
 今度はきょとんとした表情を作る花厳に、桔流はやや首を傾けながら微笑む。
「がっついてなくても分かっちゃうでしょう?」
「な、なるほど……」
 分かる人には分かってしまうほど、自分も知らず知らずのうちに桔流を見る目が変わっていたのだろうな、と花厳は思う。
「法雨さんにはバレバレだったか……」
「ふふ、法雨さんの勘はめちゃくちゃ鋭いですからね」
 まいったな、と言いつつ先ほど桔流が出してくれたクリスマスらしいシャンパンベースのカクテルや料理を楽しんでいると、新規の客が来たらしく、ドアベルに反応した桔流が店の入口を見やる。
「わ……」
 そして、静かに驚いた様な声を漏らした桔流を不思議に思い、どうしたの? と問いつつ花厳も入口を見ると、二人組の新規客が来店したようだった。
樹神こだまさんが洋服着てる……」
 二人組を迎え入れている法雨の様子からして、どうやらあの客たちは常連らしい。
 そしてよく見れば、花厳は片方の青年に見覚えがあった。
 その青年は、かつて桔流が肩を貸して介抱していた、あのカラカル族の青年だった。
「樹神さんて、あのキツネ族のヒト?」
「はい、あの方は稲荷神社の神主さんなんですけど、いつも神社にいる時は和服なので……」
 樹神、というのはその青年と共に来店した、すらりとして温和そうな男の事らしかった。
 花厳は普段の樹神を知らない為ギャップなどは感じなかったが、その端正な顔立ちや振る舞いが落ち着いているところから、大人の男らしい魅力を持っている事は見てとれた。
「へぇ、あのヒト神主さんなんだ。随分若いね」
「そうなんです。白幸稲荷神社って名前の神社の神主さんで、結構ご利益あるって有名なんですけど、ご存知ないですか?」
「あぁ、あの神社か。そっか、名前しか聞いたことなかったけど、あんなに若いヒトが神主さんだとは……。なんだか、それだけでも人気が出そうだね」
「ふふ、鋭いですね。本当にその通りらしくて、神主さん目当ての参拝者も結構いるみたいですよ」
「あはは、やっぱりそうか」
 くすくすと笑い合いつつ、花厳はまた席に着いた二人を見やる。
 その二人は少し見ただけでも“そういう仲”なのだと分かるほどにはお互いの視線や雰囲気が独特だった。
 改めて、他人から見るとこうも相手への視線は分かりやすく出るものなのかと実感する。
 二人から視線を戻し、花厳はカクテルが残り少なくなったグラスを手に取る。
「次、何にしますか?」
 程よいタイミングで桔流がそう尋ねてきたので、先ほどまでは季節ものらしいカクテルだったし、と花厳は少し考えて答える。
「じゃあ、桔流君の今日のオススメをお願いしようかな」
「かしこまりました。ちょっと強めでも?」
「問題ないよ」
 桔流は楽しそうにオーダーを受けると、ミキシンググラスに氷を与える。
「相変わらずお強いですね」
「そこそこだよ」
 嬉しそうにそう言った桔流に、少し照れくさいような口調で返事をしつつ、花厳は桔流の手元を眺める。
 先ほどに続き、ミキシンググラスにブランデーとベルモットを注ぎ、軽くそれぞれを馴染ませ、手際よくカクテルグラスへ注ぐ。
 そして飾りを添え、滑らかな動作で花厳のもとにカクテルを提供する。
「キャロルです。クリスマスにも因んだ、私からお客様へのカクテルです」
「ありがとう。なんだかそう言われると特別な感じだね」
「えぇ、特別ですよ」
「?」
「俺からのプレゼントですから。ここから先は頑張って探って下さいね。本当はスコーピオンにしたかったんですけど、今の時期はちょっと冷えるので我慢しました」
 悪戯っぽくそう微笑んで言う桔流に、頑張って探らないと、と察しの悪さに自覚がある花厳は苦笑した。
「いかがですか? お口に合います?」
「うん、とても」
「良かった」
 そう言った桔流は、少しだけカウンターから身を乗り出すようにして花厳に小声で続ける。
「今晩、花厳さんの家に行った時に飲もうと思って、シェリー酒も用意してあるんです。これも俺からの気持ちなので召し上がってくださいね」
「う、うん……?」
 更に困惑している花厳を、桔流は楽しそうに見る。
 数多の種類が存在するカクテルの中には、“言葉やメッセージを授けられているカクテル”というものがある。
 花厳がその存在にいつ気付くだろうか、というのを桔流は密かに楽しみにしているのだった。
 そんなやりとりの後も、花厳のペースは乱れることがなかった。
 彼は本当に酒に強いようで、先ほどから度々強めのカクテルを提供しているというのに、顔や表情どころか呂律にすら一切の変化がみられなかった。
 そんな花厳に色々なカクテルを楽しんで貰えるのが桔流にとっての楽しみのひとつでもあった。
「あ、そうそう、花厳さん」
「ん、なんだい?」
 出されたカクテルに秘められた謎についてすっかり考え込んでいた花厳が、はっとして桔流を見る。
「良かったら来年の初詣、さっき言った白幸稲荷に一緒に行きませんか?」
「いいね。久々の初詣が君と一緒なのは凄く嬉しいよ」
「俺もです」
 嬉しそうにそう答える桔流は、シェーカーに氷を入れ少量の水で氷を馴らし、再び任されたオーダーに応える為気持ちを込めてカクテルを作ってゆく。
 ホワイトラムに次いでホワイトキュラソーを注ぎ、最後にレモンジュースを注ぐ。そしてすべての材料を素早く入れ終えると軽快な音を響かせシェーカーを振るう。
 そんな中、花厳はスマートフォンでざっくりと白幸神社についてを調べていた。
 白幸神社には健康や学問だけでなく、恋愛や縁結び、夫婦仲や子宝に関するなど、本当に様々なものにご利益があるのだと有名で、特に出会いを望む者、カップルや夫婦などが祈願に来ることの多い神社とのことだった。
 そんな情報を得た花厳は、ふと考え込む。
「うーん、何をお祈りしようかな」
 そんな花厳の様子を楽しみながら、桔流は仕上がったカクテルを注いだグラスを手に取る。
 カクテルの名は“XYZ”。
 様々な“終わり”や“最後”という由来を持つが、それとは別に“究極の”“これ以上にない”などの意味も持ち、このカクテルに“授けられた言葉”も、更に別にある。
 悩む花厳に桔流は微笑む。
「ふふ、来年の俺たちがお祈りする事なんて、ひとつしかじゃないじゃないですか」
「え?」
 不思議そうに首をかしげる花厳に目を細め、桔流は微笑む。
 そしてすっと花厳にカクテルを提供し、長くしなやかな尾を得意気に揺らしながら桔流は言った。
「夫婦円満」

“XYZ”。
授けられた言葉は、“永遠にあなたのもの”。
この物語の終わりに捧ぐ“XYZ”。
物語の主役となった彼らには、これ以上にない幸福を――。










 
Fin.
 
 
 
 
 
 
===後書===




この度は、当作品をご覧頂き誠に有難うございました。
お楽しみ頂けましたようでございましたら幸いでございます。


また、余談ではございますが
執筆活動におきましては、皆様のお気に入りやご感想などが活動の励みになります。
もしお気に召して頂けましたら、是非宜しくお願いいたします。

その他、ルビが欲しかった漢字、掲載形式(1頁に表示される文字数をもっと少な目にしてほしいなど)に関するご要望なども今後の参考になりますので、お声をお寄せいただけましたらと思います。

それでは、こちらまでご覧頂きました方々、本当に有難うございました。
今後も精進してまいりますので、これからもどうぞ宜しくお願いいたします。



偲 醇壱/化景 吉猫



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