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🎐本章❖第七話🎐

第七話『 崇高の薫香 』 - 01 / 05

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「――俺も、ネコさんに助けてもらったんだ」
 その夜。
 雪翔ゆきとは、しんと共に帰路を辿っていた。
 その道中、慎はそう語る。
「去年まで住んでたアパートがあったんだけど、――そこで俺、毎晩上の階から変な音がするのがすっげぇ怖くてさ……――それで、なんか嫌な予感がしたからちょっとネットで調べてみたんだ。――そしたら、俺が住んでたその部屋の真上がなんかやばい部屋だったらしくてさ――だから俺、それで余計怖くなっちゃったから、学校で綺刀あやとに相談したんだ」
 雪翔は、慎の言葉に相槌をうつように頷く。
 慎は続ける。
「――そしたらその後、綺刀がネコさんに相談してくれてな?――それで、その上の階を、ネコさんと大家さんと、あと警察の人が一緒に調べてくれたんだ……、そしたら――……あ」
「? どうしたんですか?」
 雪翔は、当時の事を思い出すように語っていた慎が突然言葉を切った為、不思議に思い問い返した。
 すると慎は、やや慌てたようにして続けた。
「あ、いや! なんでもない! えっと、それでな? 結局、理由はよく分かんなかったんだけど、――なんかあんまよくない物件かもしれないからって言われたから、それで俺、すぐに今の部屋に引っ越したんだ」
「……そうだったんですね」
「うん。でさ、その後、ネコさんが、安心剤になるだろうからって俺にも御守りくれて、――今はそれもあって、怖い思いもしないでいられてる。――だから雪翔も、今は辛いかもしれないけど、ネコさんなら絶対なんとかしてくれるから! それに――」
 慎はそこで、その愛嬌のある笑顔を雪翔に向けて続けた。
「もしさっきみたいにネコさん居ない時は、綺刀も恵夢めぐむさんも店長も居るし、その、頼りないかもだけど、俺も居るからさ!――俺もネコさんの御守り付きだし!――だから、困った時は頼ってなっ!」
 雪翔は、そんな彼に頷いた。
 そして笑顔を返し、礼を言った。
「――はい。ありがとうございます」
 またそんな中、雪翔は密かに様々な事を考え、思い出していた。
 ちゃんと人に頼る事。
 一人で抱え込まない事。
 彼、――孤独と苦痛にさいなまれ、死者となっても尚、優しく人を想う、雪平眞世ゆきひら まなせは、かつてそう言った。
 雪翔は、そんな彼の言葉を今も鮮明に覚えている。
 そして、そんな彼が命を絶った部屋。
 あの女の棲む部屋。
 雪翔が友との最期を過ごした部屋。
 恐らく、その部屋の階下に住んでいたのが、こうして雪翔を励ましてくれた彼、小虎慎ことら しんなのだろう。
 雪翔は、あの悪夢をきっかけに、また、あのアパートに通ずる様々な繋がりを経た。
 これも、何かの因果なのか――あるいは、これもまた、己の過ちに対する戒めの一環なのか。
 それは雪翔には分からない。
 だが、いずれにしても、多くの過ちを犯した者として、そして、かけがえのない友を救えなかった者として、雪翔が忘れてはならない事は数多くある。
(俺としゅんがしてきた事、俺がしてきた事、それから、色んな人がくれた言葉。――それは、この先も一つも忘れないようにして、犯した罪は、一生背負って生きていこう。――きっとそれが、これからの俺にできる、償いだろうから……)
 雪翔はその夜。
 そうして思い起こしたすべての事を、生涯の戒めとして、深く深く己の心に改めて刻み込んだ。
 
 
― 言ノ葉ノ綿-桔梗の夢❖第七話『崇高の薫香』 ―
 
 
「はぁ~美味かったぁ~……ネコさんマジですげぇ……」
 その夜。
 雪翔と慎が無事に禰琥壱ねこいちの家へと辿り着くと、そこには、家主の禰琥壱の他、二名の先客が居た。
 綺刀と嘉隼ひろとしだ。
 雪翔はその日、雪翔がアルバイトに出ている間、禰琥壱も外出する予定があるという事を事前に聞いていた。
 そしてその夜には、綺刀ともう一人の後輩が、その日の夕餉に同席する事になるという話も聞いていた。
 その為、その晩は、雪翔と禰琥壱に加え、綺刀、嘉隼の計四名で食卓を囲む予定となっていた。
 だが、その日に雪翔が慎と共に帰路を辿った事から、その夕餉には、臨時で更にもう一名が加わる事になったのだった。
 そうして彼らはその晩、計五名で食卓を囲んだのであった。
 雪翔は、そうして大勢でする食事も久々であった為、更衣室から引きずっていた恐怖心も、その時間の楽しさで完全に払拭する事ができた。
 そして、そんな楽しい夕餉が一つの区切りを迎えた頃。
 慎はそうして、禰琥壱に称賛の言葉を漏らしたのだった。
 禰琥壱は、そんな慎の言葉に微笑みながら礼を返す。
「ふふ、ありがとう。お粗末様」
 するとそこへ、一服を終えたらしい嘉隼が、リビングへと戻ってきては慎に言った。
「――んし、んじゃ帰るか。待たせたな」
「あ、はぁい」
 慎は、そんな嘉隼に返事をした。
 そして、自身の手荷物であるボディバッグを手に取り身に着ける。
 その日、三人の来客のうち綺刀だけはそのまま禰琥壱の家に泊まる事になっていた。
 その為、禰琥壱、雪翔、綺刀は、そのまま嘉隼と慎を玄関で見送る事となった。
 そして、そんな三人に見送られながら、慎と嘉隼が、玄関先で順々に挨拶をした。
「そんじゃ、ごちそうさまでした~!」
「ご馳走様した」
 すると、禰琥壱はそんな二人に微笑みながら言った。
「はい、お粗末様でした。――二人とも、気を付けて帰ってね」
「はぁい」
「はい。――あ、ネコさん」
 だがそんな中、嘉隼が何かを思い出したように禰琥壱の名を呼んだ。
 禰琥壱はそれに首を傾げるようにして問いの意を返す。
「ん?」
 嘉隼は答える。
「一応、さっき何回かみてみましたけど、やっぱ“こっち側じゃない方が強い”です」
 すると禰琥壱は了承の意を込めて何度か頷き、礼を言った。
「……そうか。ありがとう。助かるよ」
「いえ、それじゃ、また」
 嘉隼はそれにまた言葉を返すと、今一度軽く会釈をして踵を返した。
「うん」
 そして、それに禰琥壱が微笑んで答えると、嘉隼に続き、慎もまた挨拶をした。
「おやすみなさ~い」
「はい、おやすみなさい」
 そんな元気のよい慎にも禰琥壱は笑顔を返し、同じく挨拶を返した。
 そしてそれに続き、雪翔、綺刀も彼らに挨拶をした。
「おやすみなさい」
「おやすみぃ~」
 そうして挨拶を終えた彼らはその後、ゆったりと帰路を辿ってゆく彼らの背を見届けたのだった。
 
 そして、その後。
 禰琥壱の家に残った三人の中で、――寝るにはまだ早い――という意見が一致した為、その後はまた、彼らの夜は続いた。
 また、そんな続きの晩酌は、二階の客室で行われる事となった。
 その為三人は、その客室にある、“いつでも寝て下さい”とでも言わんばかりに置かれた柔らかなローソファに腰を下ろし、心地よい夜風を感じながら、ゆっくりとその後の酒を楽しんだのであった。
「――寝ちゃったかな?」
 そしてそれから少しの時間が経過した頃。
 禰琥壱は、綺刀の隣で机にうつ伏せている雪翔を見てそう言った。
 綺刀は、そこで雪翔を確認するなり、頷いた。
「うん……寝ちゃったっぽい」
 すると禰琥壱は、そんな雪翔を微笑ましく見るようにして言った。
「そうか。――じゃあ、横にしてあげてくれるかい? テーブルは痛いだろうから」
「ん」
 綺刀はそれに答え、そっと雪翔を横たえてやる。
 だがその時、ふと何かを気遣うようにして言った。
「――あ、大丈夫かな」
 禰琥壱はそれにそっと首を傾げる。
「ん?」
 綺刀は、そうしてゆったりと眠る雪翔に寄り添うようにして言った。
「普通に寝ちゃったけど……、夢、大丈夫かなって」
 すると禰琥壱は穏やかに笑んで答えた。
「あぁ、それは大丈夫だよ。彼、今もちゃんと御守りつけてるみたいだし、それに、今は君も俺も傍に居るからね」
「そっか」
「うん」
 綺刀は、そんな禰琥壱の言葉を受け、改めて雪翔の寝顔を見ては安堵したように笑んだ。
 その後、禰琥壱は、そんな二人を少し見守るようにしてからすっと立ち上がり、そして言った。
「――それじゃあ俺は、一旦食器を片付けてから、何か彼にかける物をもってくるから、綺刀君は傍に居てあげてくれるかい?」
 綺刀は、そんな禰琥壱の言葉に、緩く笑んで答えた。
「うん。分かった」
「ん、ありがとう」
 禰琥壱は、そんな綺刀に笑みを返し、彼の髪を一つ撫でるようにして礼を言った。
 すると、それが嬉しかったのか、綺刀はそれに心地よさそうにして瞳を閉じた。
 そんな綺刀の様子にまた笑み、禰琥壱はそのまま言葉を続けた。
「君も、眠くなったら寝てしまっていいからね。――今は、君が寝てしまっても、彼の傍に居てくれれば、それだけで大丈夫だと思うから」
 綺刀はそれに頷く。
「うん」
 禰琥壱はまた、そんな彼に頷き返した。
 そしてそれから少しの間、そうして甘えてくる忠犬をたっぷりと撫でてやってから、その部屋を後にした。
「………………」
 禰琥壱がその部屋を去った後、綺刀は手前にあるテーブルにうつ伏せるようにして、ゆっくりと深呼吸をした。
 そうして綺刀と雪翔が残されたその部屋には今、夜更けだというのに、ヒグラシの声が佇んでいる。
 そして、その声の合間には、雪翔の静かな呼吸音が聞こえる。
 綺刀はそんな中、そうして心地よさそうに眠る雪翔を、ゆったりと見守る。
 そして、静かに呟いた。
「狼、――か」
 綺刀はそこで、何かを思い立ったかのようにして身を起こした。
 そして、穏やかに眠る雪翔を起こさぬよう、ゆっくりと仰向けさせる。
「うちのは、どうかな……」
 起こしてしまうかと思ったが、雪翔は思った以上に深く眠りに落ちているようだった。
 恐らく、働いて疲れた体にアルコールが強く作用しているのだろう。
 綺刀はそんな雪翔の様子からそう悟り、仰向けた雪翔に覆いかぶさるような形で、彼の顔の両脇に肘をつくようにして顔を寄せた。
「今なら、ちょっとは感じられるか……」
 そしてそのまま己の額を雪翔の額にそっと当てるようにして、その真っ赤な瞳を閉じた。
 その間もまだ、ヒグラシの声は室内を満たし続ける。
 するとそんな中、ゆっくりと瞳を開いた綺刀は、ぽつりと言った。 
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