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🎐本章❖第一話🎐

第一話『 失われた記憶 』 - 01 / 05

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 今は亡き友と、得体の知れない黒い獣。
 そんな二者に襲われる異様な悪夢。
 雪翔ゆきとはそのひと月の間、そんな悪夢に悩まされ続けていた。
 そんなある夏の日の事。
 雪翔は、その友人――野崎俊のざき しゅんと過ごした、とあるアパートに向かっていた。
 
 
― 桔梗の夢❖第一話『失われた記憶』 ―
 

 2019年8月中旬頃の事。
 まだ夏の暑さも衰えを見せないその日。
 雪翔は、そのアパートを目指し、閑静な住宅街を抜けていた。
 昨年の夏に入居し、今は亡き友人であるしゅんと過ごしたそのアパートだが、実のところ、雪翔が過ごしたのはたったの数日間だけであった。
 では、雪翔がなぜそのアパートにそれほどしか過ごさなかったのかというと、雪翔はそこで、とある恐怖体験をしてしまったからだった。
 そんな事から雪翔は、退去から一年ほど経った今でも、もう二度とそこには近寄りたくないと思っていた。
 そんなアパートの一室だが、実はそこは、その手の界隈ではそこそこに有名な事故物件であった。
 そして、入居を決めた当時、大家が彼らにその事を説明する前から、雪翔と俊はその事を知っていたのだ。
 それゆえに彼らは、“何もない物件”だと大家に騙されてそこに入居した、というわけではない。
 むしろ、その当時には、大家からも事故物件である事をしっかりと説明されたし、その上で入居はお勧めしないと言われた物件だった。
 だが彼らは、その大家の制止を振り切って入居したのだ。
 その理由はただ一つ。
 彼らの目的が、事故物件そのものだったからだ。
 つまり、そこが事故物件でも問題ない、ではなく、事故物件でなければ意味がない、――というのが彼らの本心だったのだ。
 だがそれも、今にして思えば、なんて馬鹿だったのだろうと、雪翔は思う。
 そして雪翔は、それと共に当時の事を思い出すたび、背筋に嫌な汗を感じるのだった。
(本当は、絶対に行きたくなかったけど……)
 しかし、そんな雪翔がなぜこうしてまたあのアパートに出向いているのかというと、それは、ここひと月の間、彼を悩ませ続けている“悪夢”が理由だ。
 雪翔が見ているその悪夢は、まさにあのアパートの一室が舞台となっているのだった。
 そして、あのアパートが舞台となる悪夢では、身動きもとれず、声も出せぬままに拷問のような仕打ちを受け続け、最終的に獣に食われて殺される。
 だがそれは、夢にしては妙にリアルで、夢の中で受ける痛みなども、まるで現実で感じているかのように鮮明なのだ。
 それゆえに雪翔は、悪夢から目覚めてもその痛みの余韻に怯える日々が続いていた。
 そしてそんな悪夢は、一日たりとも違わず、眠るたびに雪翔を襲った。
 一度たりとも別の夢であったことも、一度たりとも夢を見ずに目覚めを迎えた事もない。
 あの悪夢は、眠ると必ず見てしまうのだ。
 そして、そんな悪夢のせいで、あまりにも惨く、あまりにも恐ろしい苦痛を味わい続けたことにより、雪翔の精神はすっかり疲弊していた。
 だがそんな中、雪翔の中で一つの憶測が浮かび上がったのだ。
 それは、あれはただの悪夢ではなく、死んだ俊が地縛霊となって見せているのではないか――という事。
 そして、未だあの一室に居るのであろうあの女の霊も、俊と共に自分を呪おうとしているのではないか。
 雪翔はそう思ったのだ。
 そして更に考えた。
(でも、それならきっと、お祓いとかして貰えば……)
 そうすれば、この悪夢からも解放されるはずだ。
(それに、どうせあの霊は外には出てこないんだ……だから、外から様子見だけして、後は除霊できる人にでも頼んで見てもらえばいい)
 雪翔はそこで、希望の光が見えたような気がした。
 そして、その希望に背を押されるようにして、雪翔は急いで家を出た。
 陽が陰る前に、まずはあのアパートに行って、今の状況を確かめようと思ったのだ。
(夜もだけど、夕方にあのアパートに行くなんて絶対嫌だしな、――それなら暑い方がマシだ)
 雪翔は、そんな考えから熱気の漂う空の下へと歩み出し、その足でそのアパートへと向かったのだった。
 そしてその後、幾分か歩いた果てで、雪翔はなんとかあのアパートまで辿り着いた。
 だが、そこで目にした光景に、雪翔は酷く動揺した。
「……嘘だろ……なんで」
 雪翔は思わず、その動揺を声にした。
 一年前――雪翔と俊が入居した当時。
 そのアパートは、オンボロというほどではないにしろ、かなり古めかしいアパートだった。
 だが今、雪翔の眼前にあるアパートは、どこからどうみても新築といった外観で、古めかしさなど一切感じさせない様相をしていた。
(もしかして、建て直されたのか……――なら、あの部屋は)
 雪翔は、咄嗟に正面にあるアパートの左上を見上げる。
 そして、見上げたその場所の光景にまた驚愕した。
(そんな……) 
 雪翔と俊がそのアパートに入居した当時、その場所には203号室の部屋の玄関があった。
 だが、今のその場所には、やや小洒落た外階段らしきものがあるだけで、あの部屋の面影などはどこにもなくなっていた。
(そんな……それじゃあ、やっぱりあの夢は俊達のせいなんかじゃないのか……)
 雪翔は、予想だにしなかった光景を目の当たりにして消沈した。
 だが、雪翔の頭には、すぐにまた別の考えが浮かんだ。
(いや、待てよ……――確か、地縛霊はその建物をどうにかしても、その場所に居続けるとかって何かに書いてあったよな)
 雪翔は必死で過去の記憶を思い起こす。
 そして、消えかけた希望にまた光が灯るのを感じた。
(――もしそれが本当なら、例えあそこが階段になったとしても、あの場所にはまだ居るのかも……――なら、あそこを霊媒師とかに見て貰ったりすれば……)
 雪翔は、そんな考えをもとに、今一度アパートの階段部分を見上げ、それから少しだけ歩み寄るようにした。
 少なからず恐ろしくはあったが、あの悪夢から逃れる為と思い、それからじっくりと目を凝らした。
 するとその時、ふと、近くで足音が聞こえた。
 雪翔はそれにはっとして、足音がした方へと目を向けた。
「あ……」
 するとそこには、ずいぶんと背の高い、髪を独特の色合いで染め上げた男が立っていた。
 雪翔は、この状況をどうしたものかと考え固まった。
 だが、対する男は雪翔と目が合うなり不思議そうな顔をしただけで、特に何も言う事はなかった。
 雪翔は、そんな男に浮世離れした雰囲気を感じ、思わず彼をじっと見入ってしまった。
(……な、なんか、変わったカラーしてるな……――って、銀髪の俺が思うのも失礼だけど……)
 そんな妙な雰囲気の男は、その髪を深緑に染め上げ、更にはアッシュグレイのメッシュを入れており、おまけに襟足を暗く染めていた。
 そして、そのそこそこの長髪をハーフアップにした男は、更にスクエア型の黒縁の眼鏡をかけていた。
 また、その体つきも目を引くもので、改めて見ると意外とがっしりとした体つきをしていた。
(ハーフとかなのかな……180以上ありそう……――うわ、タトゥー入ってるし)
 その男は、一見すればそうした派手な外見で、ピアスなどもちらと見えた。
 だが、その外見からの印象とは裏腹に、雪翔にそうして観察されているにも関わらず、男は柔らかく笑んでは軽く会釈をした。
 そして、それにはっとした雪翔が会釈を返すと、男はまた歩きだし、雪翔の横を通り過ぎて行った。
(……あれ、でも、このアパートの人じゃないのか?――なんか裏から出てきたけど――もしかして、ガチめにヤバイ奴とか……?)
 雪翔はそう思うなり、興味本位で後ろを振り返った。
 そして、浮世離れという言葉を体現したようなその男の去りゆく後ろ姿を見た。
(いや……でもさっき全然焦ってなかったし……もしかして大家が変わってあの人になったとか……?――あの人も、事故物件目当てでここの大家譲り受けたとか……)
 雪翔は、一年前にここの大家をしていた年配の男の顔を思い出した。
 その男は酷く人の好さそうな大家で、自分達を引き留めた当時も、あの部屋の事を言うとやや怯えているようにも見えた。
(あの大家さんも、こんなとこずっと持ってたくないだろうしな……)
 するとその時、雪翔はふと背中に寒気を感じ、また先ほどの外階段の上部を見上げた。
(……今なら、あの大家さんの気持ちが分かる気がする)
 雪翔は、そうして外階段を見ているうち、そこにあの女の面影を見てしまったような気がして思わず身震いした。
 そして、まだ日中だというのに妙に寒気を感じた為、慌ててそのアパートを後にした。
 すると、まだそこから見える位置に先ほどの男の後ろ姿があった。
(そうだ)
 それを確認するなり、雪翔は思いつくままにその男の背を追った。
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