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🎐 第二話『 邂 』🎐 新版 (2020年改訂版)※新版は、公開中までで一時更新停止中です
第二話『 邂 』- 02 / 02
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現在の時刻は17時過ぎ。
まさに、逢魔時の真っ最中といった時刻だ。
夏場であるからこそ、まだ明るさが残っているが、そうだからこそ、夕焼けがひっそりと残り、不気味さを際立たせている。
「逢魔時とは、その昼とも夜ともつかない曖昧さから、あの世とこの世の境すらも曖昧になる時間帯と恐れられた事から、または、その独特の薄暗さから、遭遇する者の正体が分かり難くなる危険な時間帯である事からの恐怖心から、忌み嫌われる時間帯としてその名を授かった。――そして、その不気味さから、妖怪や魔、そして人のような人ならざる者が活動的になる時間帯とも云われるように成った」
禰琥壱はゆったりと歩みを進めながら、言葉を紡ぐ。
「だが、云われるようになった――というだけではない。――事実、“そう”なのである――が、これは、学会や世に主張しても無駄な事だ。彼らは、いかにしても、“見えぬ者には見えぬ者たち”なのである。――であるからして、逢魔時は、科学が発展した現代ではより一層、――“と、云われる”――に留まるわけである」
「――でも危険なのは危険なので、見えない人も見える人も――っていうか見える人はより一層ちゃんと注意してくださ~い」
「――と、云う事だねぇ。ふふふ」
そんな禰琥壱の言葉に対し、綺刀がそうして言葉を添えると、禰琥壱はそれに締めの文言を添え、楽しそうに笑った。
だが、綺刀はそれに、納得がいかないといった表情で言った。
「“ふふふ”――じゃないっつの。――だからこそ、俺たちはこの時間に変なトコ行っちゃ駄目なんだろ」
そうなのだ。
実は、綺刀の言葉通り、綺刀も禰琥壱も“見える”側の人間なのである。
それどころか、綺刀に至っては、その身に犬神を宿す、犬神憑きの血筋の生まれなのである。
そして、彼が色素の薄い体質なのも、両の瞳の色が独特である事も、これに由来する。
また、それ故に、危険から身を守る術も、無力な者たちに比べれは多く持ってはいるのだ。
しかし、そうであるからこそ、危険であるというのも、また事実だ。
「まぁねぇ。――でも、今は俺が居るから大丈夫だよ」
しかし、その事実を踏まえてしても、禰琥壱は穏やかだった。
「はぁ……、まぁ、それはそうだけど……」
そして、その禰琥壱の言葉に、綺刀も一応は頷く。
そんな禰琥壱は、綺刀とは違い、特に何かしらの神を宿すわけではない――らしい。
だが、そうでありながら、その禰琥壱が持つ気は、神仙その物のような、人の物とは思えぬ異様な清らかさを持っているのだった。
そしてそれは、穢れ堕ちた邪鬼が恐れ慄くほどの物である。
しかし逆に、穢れ堕ちていない怪異や妖怪、神仙や様々な人外の者などにとっては、それが心地よい気となるようだった。
これについては、禰琥壱も深く語らぬ為、綺刀自身もよく分かってはいないのだが、それが力強い護身となる事は、身をもってい知っている。
だからこそ、禰琥壱のその言葉も、信じないという選択肢はなかった。
だが、それでも綺刀は、
(――とは言っても、ヤなものはヤだよな……)
という心は変えられずにいた。
そして、そんな事から綺刀が改めてげっそりとしていると、ふと、禰琥壱が足を止めている事に気が付いた。
「ん、センセ?」
そんな禰琥壱は、どうやらアパートのある方角を見ているようだった。
だが、勿論の事。
綺刀は禰琥壱に、アパートの詳しいデザインや、その場所までは教えていない。
「………………」
綺刀は、それにより思わず黙した。
そしてその直後、背筋に嫌な汗が伝うのを感じた。
だが、そんな綺刀の方を振り返りもせず、禰琥壱は言った。
「ふむ、そうか。なるほどねぇ」
そして、更に続けた。
「アレでしょ、そのアパート。――部屋は二階の端、203号室かな」
実は、綺刀はその日。
あのアパートに直接向かうつもりはなかった。
何せ、いかにしても近寄りたくなかったからだ。
だから綺刀は、禰琥壱を敢えてアパートとは別の方角へと誘い、坂の上へと至らせたのだ。
そこからであれば、そのアパートを“遠方から”見る事ができるからだ。
だが、住宅街であるこの一帯には、古いアパートなどいくらでもある。
しかし、それでも禰琥壱は、あのアパートを的確に示したのだ。
しかも、具体的な部屋の情報まで添えて。
それはつまり、――そうしてハッキリ示せるほどの何かが、あの部屋には棲んでいる――という事だろう。
綺刀はその事を察し、更に強い不快感を感じながら問うた。
「……こっからでも分かんの」
すると、禰琥壱はあっさりと頷き、続けて問うた。
「うん。――それで、綺刀君は、あそこの真下の部屋で一晩過ごしたんだっけ」
綺刀はそれに対し、ぎこちなく頷いた。
「う、ん……」
禰琥壱は、そんな綺刀を労い、慰めるようにして言った。
「よく耐えられたね」
綺刀は、それには素直に頷き言った。
「うん……。まぁ……、凄かった」
そんな綺刀に、禰琥壱は苦笑して言った。
「だろうねぇ。――というか、彼に止められなかったの?」
“彼”とは、綺刀に宿る番犬の事だ。
そして、それを理解した綺刀は、おずおずといった様子で言った。
「……止められたけど……、そのまま放っておけないから、眠らせた……」
「おやおや……」
その晩。
綺刀が自ら危険を冒した、という事実に、流石の禰琥壱も多少呆れたのか、更に苦笑の色を深めては続けた。
「後で怒られたでしょう」
「う……うん……」
そんな禰琥壱に、綺刀は叱られた愛犬のようになりながら頷いた。
禰琥壱は、それにまたひとつ苦笑した。
だが、随分と反省しているらしい綺刀の様子に、次いで慰めるようにしてその髪を撫でた。
そして、言った。
「まぁ、無事ならいいよ。――とりあえず、今日はこのまま帰ろうか」
「え? 行かねぇの?」
綺刀は、そんな禰琥壱の言葉に少し驚いた様子でそう言った。
禰琥壱は頷く。
「うん。大体の事は分かったからね。――それに、この距離だと、君も鳥肌くらいたってるんじゃない?」
すると、綺刀はまた更に驚いた様子で言った。
「え、バレた……」
禰琥壱は、そんな綺刀の反応をおかしそうに笑って言った。
「ふふ。そりゃあ分かりますとも」
実のところ、綺刀の状態は、禰琥壱の云う通りのものであった。
逢魔時という頃合だからだろうか。
それとも、一度でもあそこに深く入り込んでしまったからだろうか。
あの嫌な気配は、この距離でもはっきりと感じるようになっていた。
そんな綺刀に、禰琥壱は続けて言った。
「あそこには、随分と深く根を張っている何かが棲んでいるようだからね。――とはいえ、分かったのは“ちょっとヤバそうなカンジ”って事くらいだから、君がその夜、何を見て何を感じたのか、今晩改めて聞かせてもらえるかな」
綺刀は、そんな禰琥壱の言葉に、
「分かった」
と頷いては、自分もまた、あのアパートを見た。
その日。
綺刀が事前に事情を話さず、先に禰琥壱をアパートの見聞へと連れ立ったのには理由があった。
(あの部屋に棲んでる何かしらの思念からは、確かに強い負の念を感じた。――でも)
綺刀は禰琥壱に、一切の補足情報がない状態で、あの部屋に棲んでいる者について視てほしかったのだ。
それゆえに、綺刀は、――自分が一晩過ごした一室の、真上の部屋の様子がおかしい――としか、禰琥壱に伝えなかったのだ。
しかし、やはりその状態であっても、あの部屋の危険性は、禰琥壱によって証明されたのだった。
そして、その一室のあるアパートへ、禰琥壱もまた視線をやる。
そんな中、綺刀は、あの夜に感じた事を思い返す。
(でも、確かに強い負の念は放っていても、あの部屋に棲んでる思念は、無差別に生者を攻撃したりはしないんだ。それに、誰かを憎んでいたり、殺意や怨念を抱いているような感じでもない……。――だから)
綺刀は、ひとつ息を吐き、軽く拳を握るようにした。
(だから、もし、無理やり消滅させるような手段を選ばなくてもいいんなら、そうしてやりたい。――もちろんアイツの事は助けたいし、あの部屋もどうにかしないといけないけど。助けられるなら、あの思念も助けてやりたい)
だからこそ自分は、迷惑を承知で、禰琥壱に助力を乞うたのだから。
そうして綺刀は改めてその事を思い、しばしの間、禰琥壱と共にあのアパートを見据えた。
そして、その後。
とっぷりと暮れてゆく空を背に、あの晩の事を語るべく、綺刀は禰琥壱と共に彼の家へと戻ったのだった。
まさに、逢魔時の真っ最中といった時刻だ。
夏場であるからこそ、まだ明るさが残っているが、そうだからこそ、夕焼けがひっそりと残り、不気味さを際立たせている。
「逢魔時とは、その昼とも夜ともつかない曖昧さから、あの世とこの世の境すらも曖昧になる時間帯と恐れられた事から、または、その独特の薄暗さから、遭遇する者の正体が分かり難くなる危険な時間帯である事からの恐怖心から、忌み嫌われる時間帯としてその名を授かった。――そして、その不気味さから、妖怪や魔、そして人のような人ならざる者が活動的になる時間帯とも云われるように成った」
禰琥壱はゆったりと歩みを進めながら、言葉を紡ぐ。
「だが、云われるようになった――というだけではない。――事実、“そう”なのである――が、これは、学会や世に主張しても無駄な事だ。彼らは、いかにしても、“見えぬ者には見えぬ者たち”なのである。――であるからして、逢魔時は、科学が発展した現代ではより一層、――“と、云われる”――に留まるわけである」
「――でも危険なのは危険なので、見えない人も見える人も――っていうか見える人はより一層ちゃんと注意してくださ~い」
「――と、云う事だねぇ。ふふふ」
そんな禰琥壱の言葉に対し、綺刀がそうして言葉を添えると、禰琥壱はそれに締めの文言を添え、楽しそうに笑った。
だが、綺刀はそれに、納得がいかないといった表情で言った。
「“ふふふ”――じゃないっつの。――だからこそ、俺たちはこの時間に変なトコ行っちゃ駄目なんだろ」
そうなのだ。
実は、綺刀の言葉通り、綺刀も禰琥壱も“見える”側の人間なのである。
それどころか、綺刀に至っては、その身に犬神を宿す、犬神憑きの血筋の生まれなのである。
そして、彼が色素の薄い体質なのも、両の瞳の色が独特である事も、これに由来する。
また、それ故に、危険から身を守る術も、無力な者たちに比べれは多く持ってはいるのだ。
しかし、そうであるからこそ、危険であるというのも、また事実だ。
「まぁねぇ。――でも、今は俺が居るから大丈夫だよ」
しかし、その事実を踏まえてしても、禰琥壱は穏やかだった。
「はぁ……、まぁ、それはそうだけど……」
そして、その禰琥壱の言葉に、綺刀も一応は頷く。
そんな禰琥壱は、綺刀とは違い、特に何かしらの神を宿すわけではない――らしい。
だが、そうでありながら、その禰琥壱が持つ気は、神仙その物のような、人の物とは思えぬ異様な清らかさを持っているのだった。
そしてそれは、穢れ堕ちた邪鬼が恐れ慄くほどの物である。
しかし逆に、穢れ堕ちていない怪異や妖怪、神仙や様々な人外の者などにとっては、それが心地よい気となるようだった。
これについては、禰琥壱も深く語らぬ為、綺刀自身もよく分かってはいないのだが、それが力強い護身となる事は、身をもってい知っている。
だからこそ、禰琥壱のその言葉も、信じないという選択肢はなかった。
だが、それでも綺刀は、
(――とは言っても、ヤなものはヤだよな……)
という心は変えられずにいた。
そして、そんな事から綺刀が改めてげっそりとしていると、ふと、禰琥壱が足を止めている事に気が付いた。
「ん、センセ?」
そんな禰琥壱は、どうやらアパートのある方角を見ているようだった。
だが、勿論の事。
綺刀は禰琥壱に、アパートの詳しいデザインや、その場所までは教えていない。
「………………」
綺刀は、それにより思わず黙した。
そしてその直後、背筋に嫌な汗が伝うのを感じた。
だが、そんな綺刀の方を振り返りもせず、禰琥壱は言った。
「ふむ、そうか。なるほどねぇ」
そして、更に続けた。
「アレでしょ、そのアパート。――部屋は二階の端、203号室かな」
実は、綺刀はその日。
あのアパートに直接向かうつもりはなかった。
何せ、いかにしても近寄りたくなかったからだ。
だから綺刀は、禰琥壱を敢えてアパートとは別の方角へと誘い、坂の上へと至らせたのだ。
そこからであれば、そのアパートを“遠方から”見る事ができるからだ。
だが、住宅街であるこの一帯には、古いアパートなどいくらでもある。
しかし、それでも禰琥壱は、あのアパートを的確に示したのだ。
しかも、具体的な部屋の情報まで添えて。
それはつまり、――そうしてハッキリ示せるほどの何かが、あの部屋には棲んでいる――という事だろう。
綺刀はその事を察し、更に強い不快感を感じながら問うた。
「……こっからでも分かんの」
すると、禰琥壱はあっさりと頷き、続けて問うた。
「うん。――それで、綺刀君は、あそこの真下の部屋で一晩過ごしたんだっけ」
綺刀はそれに対し、ぎこちなく頷いた。
「う、ん……」
禰琥壱は、そんな綺刀を労い、慰めるようにして言った。
「よく耐えられたね」
綺刀は、それには素直に頷き言った。
「うん……。まぁ……、凄かった」
そんな綺刀に、禰琥壱は苦笑して言った。
「だろうねぇ。――というか、彼に止められなかったの?」
“彼”とは、綺刀に宿る番犬の事だ。
そして、それを理解した綺刀は、おずおずといった様子で言った。
「……止められたけど……、そのまま放っておけないから、眠らせた……」
「おやおや……」
その晩。
綺刀が自ら危険を冒した、という事実に、流石の禰琥壱も多少呆れたのか、更に苦笑の色を深めては続けた。
「後で怒られたでしょう」
「う……うん……」
そんな禰琥壱に、綺刀は叱られた愛犬のようになりながら頷いた。
禰琥壱は、それにまたひとつ苦笑した。
だが、随分と反省しているらしい綺刀の様子に、次いで慰めるようにしてその髪を撫でた。
そして、言った。
「まぁ、無事ならいいよ。――とりあえず、今日はこのまま帰ろうか」
「え? 行かねぇの?」
綺刀は、そんな禰琥壱の言葉に少し驚いた様子でそう言った。
禰琥壱は頷く。
「うん。大体の事は分かったからね。――それに、この距離だと、君も鳥肌くらいたってるんじゃない?」
すると、綺刀はまた更に驚いた様子で言った。
「え、バレた……」
禰琥壱は、そんな綺刀の反応をおかしそうに笑って言った。
「ふふ。そりゃあ分かりますとも」
実のところ、綺刀の状態は、禰琥壱の云う通りのものであった。
逢魔時という頃合だからだろうか。
それとも、一度でもあそこに深く入り込んでしまったからだろうか。
あの嫌な気配は、この距離でもはっきりと感じるようになっていた。
そんな綺刀に、禰琥壱は続けて言った。
「あそこには、随分と深く根を張っている何かが棲んでいるようだからね。――とはいえ、分かったのは“ちょっとヤバそうなカンジ”って事くらいだから、君がその夜、何を見て何を感じたのか、今晩改めて聞かせてもらえるかな」
綺刀は、そんな禰琥壱の言葉に、
「分かった」
と頷いては、自分もまた、あのアパートを見た。
その日。
綺刀が事前に事情を話さず、先に禰琥壱をアパートの見聞へと連れ立ったのには理由があった。
(あの部屋に棲んでる何かしらの思念からは、確かに強い負の念を感じた。――でも)
綺刀は禰琥壱に、一切の補足情報がない状態で、あの部屋に棲んでいる者について視てほしかったのだ。
それゆえに、綺刀は、――自分が一晩過ごした一室の、真上の部屋の様子がおかしい――としか、禰琥壱に伝えなかったのだ。
しかし、やはりその状態であっても、あの部屋の危険性は、禰琥壱によって証明されたのだった。
そして、その一室のあるアパートへ、禰琥壱もまた視線をやる。
そんな中、綺刀は、あの夜に感じた事を思い返す。
(でも、確かに強い負の念は放っていても、あの部屋に棲んでる思念は、無差別に生者を攻撃したりはしないんだ。それに、誰かを憎んでいたり、殺意や怨念を抱いているような感じでもない……。――だから)
綺刀は、ひとつ息を吐き、軽く拳を握るようにした。
(だから、もし、無理やり消滅させるような手段を選ばなくてもいいんなら、そうしてやりたい。――もちろんアイツの事は助けたいし、あの部屋もどうにかしないといけないけど。助けられるなら、あの思念も助けてやりたい)
だからこそ自分は、迷惑を承知で、禰琥壱に助力を乞うたのだから。
そうして綺刀は改めてその事を思い、しばしの間、禰琥壱と共にあのアパートを見据えた。
そして、その後。
とっぷりと暮れてゆく空を背に、あの晩の事を語るべく、綺刀は禰琥壱と共に彼の家へと戻ったのだった。
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