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第六話『 人 』 - 01 /06
しおりを挟む「実はさっき、もう撮影も終わったしって帰ろうとしたら、俺やばいもん見つけちゃったんですよ~! 知りたい? 何か気になる? 気になるよねぇ~っ!――っつぅ事で今回はぁ~、おまけにもう一本! お届けしちゃいますよぉ~」
人気のない山の中、野崎は小ぶりのビデオカメラを片手に木々の間を進んでいた。
野崎はその間、息を切らせながらリポーターのような口ぶりで喋り続ける。
「よっし、到着~! カメラ持ってるとめっちゃ歩きにくいわこの道。なんかめっちゃブレてたらすんません」
そうして山中にある目的地に辿り着いた野崎はそう謝罪し足を止める。
その謝罪は、後日野崎がネット上に投稿する動画の視聴者に向けたものだ。
野崎は別段、テレビ業界に携わる人間というわけではない。職業欄だけ見れば、ごく普通の大学生だ。
ではなぜこのように山の中で一人喋り続け、カメラを片手に撮影などしているのかと言えば、これが野崎の趣味の一環だからだ。
野崎が自身のオカルト研究の発表方法として選んだのは、撮影した動画や経験談をインターネット上に投稿するというものだった。そんな活動も今年で四年目となる。
そのようにして様々なオカルト検証や、降霊術の実験、心霊スポット巡りなどを行ってきた結果、野崎には現在、数千人ほどのファンもついている。
「それじゃ、心の準備はいいっすか~? いっきまっすよぉ~」
そんな野崎は慣れた手つきでカメラを操り、ややもったいつけてから眼前にある被写体を映した。
「どうどう? やばいっしょ~――さっきあの廃病院から帰ろうとしたら、上の階からちらっと見えてぇ、もう行くしかないなぁって思って来ちゃいました。オフダとか縄とかしてあるんすよ、ホラ」
野崎の目の前には古びた祠があった。
野崎はその祠をカメラでしっかりと映しながら近付いてゆく。
そして、祠に貼られた札や、その手前にかけられているしめ縄をなめるようにカメラに映してゆく。その間も野崎は興奮した様子で喋り続けた。
そうして一通り祠とその周辺を撮影し終えると、さて、と言い、背負っていた荷物を降ろした。
「そんじゃ、今回は超豪華なおまけってことで! ここでも一発、降霊術やっちゃおうと思います! 後、ここのオフダ、一枚だけ持って帰ろうと思ってます! 多分こんだけ貼ってあるから一枚くらい大丈夫っしょ!――っつぅことでそっちはブログに載せるから、そっちも見ってねぇ~」
野崎はそこまで言うと一度録画を切り、カメラを丁寧に足元に置いた。
それから荷物を漁り、小さなぬいぐるみを取り出した。本来なら綿が入っているであろうそのぬいぐるみの中には米と自らの爪、そしてとある女の髪の束が入っている。
これらは野崎がその日の朝方ぬいぐるみに仕込んだものだ。
「こんなヤバそうなトコ……見逃すわけにいかねぇよな」
先ほどから歪みきっていた野崎の口元が更に歪む。
興奮からか、全身が震えている。呼吸も震え、少し喋るだけでも声が震えているのがわかる。
だがこのままでは撮影どころではなくなってしまう。野崎は気持ちを落ち着かせるように一つ深呼吸をし、次いで祠を見る。
「楽しませてくれよ……」
野崎はそう呟き、降霊の準備を終えるとカメラを手に撮影を再開した。
「はい! じゃあ準備完了したんで、まずはオフダを頂いてぇ~」
野崎は一枚の札を丁寧に祠から剥がしてゆく。その様子もしっかりと映像に収め、剥がしきった札を手際よく鞄にしまう。
そして今度は先ほどのぬいぐるみとペーパーナイフを片手に持ち、それをレンズに近付け画面いっぱいに映す。
「――と、お土産を頂いたところで~、もう準備も整ってるんで今回もこいつで! 霊の皆さんをお呼び致しましょ~!」
そう言って声を張り上げた野崎の瞳は興奮でやや濡れていた。
野崎の声と興奮に呼応するように周囲の木々がざわめき出す。
後日投稿された動画では、この直後に一瞬カットが入るようになっていた。これは野崎が故意に編集した為だ。
野崎はある程度のイメージ作りをして活動していた為、その直後に入ってしまった音声により、これまで守り抜いてきたそのイメージを壊すわけにはいかなかった。
だから野崎は映像ごとカットしたのだ。
興奮で異様なほどに昂り、我慢しきれず狂ったように大声で発した、その笑い声を――。
そのようにして野崎が祠と出会ってしまったのは、2018年の梅雨入り前の事であった。
― 言ノ葉ノ綿-想人の聲❖第六話『人』 ―
2018年7月27日の昼過ぎ。
目的地までの道中で昼食をとった禰琥壱、恵夢、綺刀の三人は、その後も引き続き目的地への道のりを辿っていた。目的地は都内にあるものの、都心からはそう近くはない。
その為、禰琥壱の提案もあり、その日は彼の車で移動する事となった。
その日。
そんな彼らが向かっていたのは、前日に話題に上がった例の祠だ。
運転手は、その祠に何度も足を運んだ事のある禰琥壱が担った。助手席には恵夢、後部座席には綺刀が座っている。
そんな中、運転手以外の二人はこれまでの情報整理を行っていた。
そうしている内に、車道の周辺には緑が目立つようになった。車道も山へ向かうらしい湾曲した坂道となり始め、それから少し経った頃――禰琥壱はふとミラーで後部座席を見た。
そんな禰琥壱とミラー越しに目が合ってしまった綺刀は、咄嗟に目を反らした。
その綺刀の反応を受け、すぐさま走行速度を緩めた禰琥壱は、後方を確認しながら車を後退させ始める。
「――我慢してたね」
「……ごめん」
禰琥壱の言葉を受けた綺刀は、気まずそうな表情でそれだけ言うとドア部分にもたれかかる。
「なるべく早く離れるから、もうちょっと頑張って。――恵夢君」
「はい」
禰琥壱に名を呼ばれた恵夢は状況を把握し、車が緩やかに動いている中慎重に後部座席へと移動する。
「恵夢君も掴まっててね」
「大丈夫です」
恵夢が後部座席へ移動しきった事を確認すると、禰琥壱は安全にUターンできそうな位置で車を切り返す。
そして。車を完全に切り返したところで、今度はそのまま辿ってきた道を足早に戻る。
綺刀は恵夢が隣に来た事で緊張の糸が切れたのか、体をぐったりと倒れさせ、恵夢の膝に頭を預けるようにする。
そんな彼の表情は何かしらの苦痛に耐えているようだった。
「綺刀クンはほんとにお馬鹿さんネ」
「……ん」
恵夢は綺刀の目元を覆うように手をあてがい、優しい声色で綺刀を窘める。
綺刀はそれに謝罪を述べようとしたが出来なかった。
言葉が発せられるような状況ではなかったのだ。
その為、その代わりに彼は掠れた声でその一音だけを発した。
綺刀の体は今、恐ろしいほどに冷えている。
恵夢はその冷たさを感じながら、綺刀を一人後ろに座らせた事を後悔していた。
もし身体的に無理な状況になっても、綺刀は我慢をするだろうという事はわかっていた。
だが、綺刀が我慢しなければならないほどの状況なら、恵夢自身にも影響が出るだろうと思っていたのだ。
だから、自分自身の危険信号をサインに綺刀の様子を見れば大丈夫だろうと考えていた。誤算だった。
あの祠に宿る者はおそらく、犬神憑きと相性が悪い存在なのだろう。――あるいは相性が良すぎる相手なのかもしれない。
見えざる者たちと憑神たちには、少なからず相性がある。
綺刀は犬だが、恵夢は蛇だ。
よって、この二人が並んだ際に、犬と反発、あるいは共鳴しやすい者と対峙した場合、干渉されやすい犬神憑きに強く早く反応が出るのは必然というわけだ。
だが、恵夢はその事を失念していた。
「とりあえずここまで来れば大丈夫だと思うけど、どうだい」
ある程度まで道を戻り、車を十分に寄せられそうな場所まで来た禰琥壱は、車道から外れた場所に車を停める。
そして、周辺の安全を確認してから後部座席を伺った。
だがその問いに反応が出来ないのか、綺刀からの返事はない。
恵夢はそれに気付き、様子を伺う為に彼の目元を覆っていた手を離そうとするが、それは綺刀の手によって制止された。
「綺刀?」
「ま……って……」
「どうした」
綺刀の体温は、先ほどよりは人らしいものに戻ってきているようだったが、呼吸は乱れてたままだ。
ただ、先ほど苦痛に耐えていた時と今とでは、やや違う呼吸音に感じる。
確かに呼吸は乱れているが、どうにも特徴的で度々聞いたことがあるような呼吸音だ。
今の綺刀は、一定のペースで強く短く息を吸い、その度に肩を軽く跳ねさせるという呼吸を繰り返している。
恵夢は、綺刀に制止された手をそのままにし、手のひらに触れては落ちていく温かなそれの感触と、その呼吸音から綺刀の状況を察した。
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