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第五話『 解 』 - 01 /05

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「それ、どうだった? 役に立った?」
「はい! すごく!」
 野崎のざきの問いに対し、宮下みやしたは嬉しそうにそう答えた。
 宮下は、野崎よりも三つ年下の男子高校生で、その年に二年生になったばかりだった。
 対する野崎は、大学二年生だった。
 そんな彼らはお互い、それぞれ所属する学校での生活で、二年目の春を終えようとしていた。
 そんな頃の事。
 宮下は、そろそろ新居への引っ越しを考えているという野崎の家に遊びに来ていた。
 そんな野崎は、新居では友人とルームシェアをする事になっているという。
 そして、そうなれば、これまでのように気軽に宮下を家に呼べなくなるし、呼べたとしても二人きりの時間を過ごすのは難しいだろうという事だった。
 つまりその日は、その前に二人でゆっくり過ごそう――という事での予定だった。
「そっか、良かった。君が喜んでくれると俺も嬉しいよ」
「俺も、お守りじゃないですけど、こうやってしゅんさんから貰ったものを毎日持っていられるのがすごく嬉しいです」
「そう? そう言って貰えると俺も嬉しいな」
 野崎はそう言って宮下の頬を優しく撫でる。宮下はそれに少し恥ずかしそうにしながら目を伏せる。
 野崎はそんな中、今の自分の言動を親しい友人たちが見たら笑い転げるだろうなと思った。
 ただ、野崎は宮下を騙したいわけではない。
 だが、宮下と多くの時間を共にするうち、尊敬と好意の眼差しで自分を見てくる純粋な彼に落胆されるのが怖くなり始めた。
 それで野崎は結局、宮下との初対面時に作り上げていた"優しいお兄さん"といったようなキャラクターの皮を、本日までも脱ぐことが出来なくなっていたのだった。
「新しい家に引っ越したら、夏向かなた君とこういう風に過ごせる時間も減るのか……。そう考えると、やっぱり寂しいな」
「はい……」
「……ごめんね。夏向君にもそんな思いさせる事になって」
「えっ、そんな、大丈夫ですよ! これは俊さんにとって大切な事ですから。その為ならいくらでも我慢します」
「そっか」
 野崎と宮下は、まだ恋人同士というわけではない。
 だが、宮下が大学生になり成人するまでこの関係が続いていれば、お互いに恋人になる事を考えていこうという約束を交わしていた。
 そんな約束をした当時、宮下はその約束に対し、嫌がるどころか喜んだ。
 そして、出会ってからそんな約束をして約一年ほどになる本日までも、彼は健気に過ごした。
 そんな二人の出会いのきっかけは、お互いの共通の趣味でもある怪奇研究だった。
 主にオカルトと呼ばれるような現象、事物に対しての興味が異常に強い彼らは、言ってしまえばオカルトマニアといったところだが、宮下においてはそういった物事に関する学術書を読み漁るほどで、研究と言っても申し分ない趣味となっていた。
 対する野崎はフィールドワーク派、実験派と自称しており、インターネットで文章を読み漁る事はあっても、文献には興味がなく、学術的なものは主に宮下から話を聞く程度であった。
「君は本当にいい子だね……」
「そ、そんな事ないです……それに、俺にはこれもありますから」
 そう言う彼が先ほどから大切そうに持っているのは、以前野崎が渡したお守りであった。
 二人の間では、主にそれをお守りと言っているが、それはその方が聞こえがいい気がしたというだけで、実際のところは“呪物じゅぶつ”と言った方が正しい代物だ。
 その呪物は、一見してどこかしらの神社でも売っているようなお守りなのだが、中にはその外見とは何の関係もない物が入っている。
 では、なぜそんな呪物が、あたかもお守りのようになっているかといえば、その中に入っている“物”を気軽に携帯できるようにする為だ。
 一般的なお守りと変わらぬ外観をしていれば、例えその中身が気味の悪い物だったとしても、人目に触れたところで問題はない。
 そういった事から、宮下がその呪物を気軽に学校へ持っていけるようにする為、野崎は季節外れの時期に神社でお守りを購入したのだ。
「このお守り、効果もすごく強くて、学校に居る時も、一人でいる時も心強いです」
 そんな御守りの皮を被った呪物は現在、彼の言う通りずいぶんとその効力を発揮させているらしい。
 なんでも、彼の呪いを受けた者は皆、怪我をしたり原因不明の体調不良になったりなどしているとの事だった。
 そして野崎は、その報告を受ける度に興奮した。その興奮がどれほどのものであったかといえば、それが昂ぶった時などはそのまま宮下をしつこいほどに褒めながら抱いたりもするほどだった。
 そして今もまた、彼からその言葉を受けた野崎は密かに興奮していた。
 自分が作り出したものが、不可思議な力を発揮し、自らの実験の成功を示している。
 更に、自分に尊敬の念を抱いている愛らしい少年は、自分の事を常に想い続け、その呪物を胸に抱き続けているのだ。
 そんな事実と光景を前に、興奮せずにいられるわけがなかった。
「可愛いなぁ夏向君は。そんな風に可愛い事言われたら、我慢出来なくなっちゃうよ」
「え?」
 野崎の目には、宮下が異常なほど愛おしく映る。
 また、今のように、野崎の興奮を焚き付けるような言動をしている時は特にそう見え、自分を常に高く買ってくれる彼は、野崎の様々な欲求を満足させていた。
 そして何よりも野崎は、自分自身を求めてくれる宮下の存在が嬉しかった。
 それゆえに、宮下が野崎に依存するように、野崎もまた宮下に依存し、オカルト以外に執着のなかった野崎は、ついには彼に独占欲まで抱くようになったのだった。
 最近では、クラスメイトとも打ち解けてきたなどという話や、話のわかってくれる教師がいるなどという話を聞くと苛立ちを感じるほどだ。
「俊さん……」
 そんな彼が目の前で恥じらうように初々しい反応をみせていれば、その先に進むまない選択肢はなかった。
 今もまた、初めて熱を合わせた時と変わらない、酷く無垢で愛らしい反応を見せながら、宮下は熱っぽく野崎の名を呼ぶ。
 そんな宮下が優しく胸に抱いているのは、野崎が渡した彼のお守りだ。
 その時の野崎の視覚聴覚を満たすものは、野崎の興奮を煽るものだけだった。
 野崎は、優しい年上の男という皮がはがれ落ちそうになるのを必死で耐え、その日もまた、自分でも鳥肌がたつほどの甘い台詞を宮下に囁きながら、様々な欲を満たす為に彼を抱いた。
 
 そして、その日と同じように興奮し昂ぶったままに彼を抱いたのが、それから数か月後の夏頃の事だ。
 期末試験が無事に終わったらしい宮下と予定を合わせ、野崎は彼を新居へと招いた。
 久々に会う為か、野崎に促されながら家に入った直後の彼は妙に緊張しており、野崎はすっかり夏日が続く為に薄着だった彼のその後ろ姿にそそられた。
 それゆえ、その日はムード作りもせず、そのまま後ろから抱きしめるようにして汗ばんだうなじに口づけた。
 久々だから抑えられないや、ごめんね、などと作られたような台詞を囁き、昂ぶりが形を成している事を悟らせるように体を密着させてみれば、彼もそれに応じるように愛らしい吐息を漏らす。
 少し前にルームシェアをしていた友人が出て行ってしまい、欲求不満だった野崎はその反応に理性をやられ、そのままむさぼるように宮下を抱いた。
 せっかく午前中から会う約束をしていたというのに、食事ではない形で互いに腹を満たした頃には、すでに昼過ぎという時刻になっていた。
「――それじゃあ、まだ見つからないんですか?」
「うん、そうなんだよね」
「心配ですね……」
「うん」
 ひとしきり互いに熱を与え合った後、薄手のシーツに身を横たえ、体を冷やさぬようにと軽く夏掛けをかけた宮下は、野崎からとある話を聞いていた。
 その話というのは、共にルームシェアをしていた友人が、この部屋を出て行った後行方不明になったという内容のものだった。
 その友人が出て行ったのは、彼がこの部屋に出る女の霊の恐ろしさに耐えられなかったから、と野崎は語った。
 その話を聞いた宮下はひどく心配そうにしているが、その深刻そうな物言いや表情が事の大きさを示しており、それにより野崎は先ほど冷ましたばかりの興奮がまた湧き上がるのを感じた。
 その興奮のままに、野崎はこの部屋がどのように事故物件になったのか、この部屋ではどのような怪奇現象が起こるのかを宮下に語った。
 宮下はその話を聞いて目を輝かせる。
 その時のその部屋に、“異常”という文字が入り込む隙間はなかった。
 そして、そんな宮下の反応にまた気を良くした野崎は、その日。
 日が落ちるまで、ここ最近で体験した事を語りつくした。
 
 
 
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