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第四話『 情 』 - 02 /07
しおりを挟むそしてその翌日。
彼は、その事故物件サイトの管理人から、電子メールでの連絡を受けた。
そして、その内容を確認した彼は、再び湧き上がる興奮で吐き気すら覚えながら、その事故物件サイトを見た。
すると、管理人からの連絡通り、自らの住む203号室の事故情報欄には――行方不明――の文字が追加されていた。
そうして彼は、堪え切れず、己の口角を釣り上げた。
これらは、2018年7月19日までに起こった出来事である。
― 言ノ葉ノ綿-想人の聲❖第四話『情』 ―
「お邪魔します」
「はい、どうぞ」
梓颯と彰悟は、昼というにはまだ少し早い時間に禰琥壱と待ち合わせていた。
予定としては、梓颯が先に彰悟の家まで行き、そこに禰琥壱が迎えに来るという約束になっていた。
その為、少し早めに彰悟の家についていた梓颯は、彰悟と共に彼の家の玄関前で禰琥壱の到着を待っていた。
すると禰琥壱は、二人のもとへ時間通りにやってきたのだった。
以前、とある廃墟に行った時と同じ愛車で迎えに来た禰琥壱はその日、その助手席に綺刀を乗せていた。
どうやら、禰琥壱の家に居るらしいと聞いていた綺刀も、禰琥壱と共に二人を迎えに来てくれたようだった。
そして二人は、そんな綺刀と禰琥壱による送迎のもと、無事に禰琥壱の別宅へと到着した。
梓颯はその日。
禰琥壱が所有しているという、様々な文献資料を見せて貰うという約束をしていたのだった。
「は~あぢぃ~、とりあえず飲みもんだな~」
綺刀は、Tシャツをばさばさとさせながらそう言い、リビングに向かう。
「あ、手伝います」
「お~」
すると、そんな綺刀と共に一足先に車から降りた彰悟は、禰琥壱への挨拶と共に家に上がるなり、彼を追って一階のキッチンのあるリビングへと向かった。
そして、そんな彼らに続き、禰琥壱と梓颯も丁寧に靴を脱いで家にあがる。
「――資料庫にしてるのは、一階のこの部屋と、後は二階の一部屋。――一応、地下室もあるんだけどね。そっちは冷暗保管が必要そうなものしかないから、手始めに見るなら、二階にある資料がいいかもしれない」
禰琥壱は、梓颯を家にあげるなり、玄関口で簡単にそう説明した。
「す、すごいですね……資料専用の部屋がそんなにあるなんて……」
梓颯は、そんな禰琥壱に驚嘆の声を漏らす。
すると、禰琥壱はひとつ笑んでは言った。
「はは、そうだね。ここは本来、二世帯家族でも住めるように建てられたらしくてね。だから最初から部屋数が多かったんだ。――お蔭様で、資料の保管に困らなくて助かってるよ」
「確かに、それなら困らなさそうですね……」
梓颯は、禰琥壱からそんな説明を受けた後、玄関口でその家の中をゆっくり見回してみる。
二世帯家族が住む予定で建てられたというこの家は、もしかして引っ越しなどがあって安値で売りに出されていたのだろうか。
禰琥壱の所得についてはよく知らないが、このような立派な家であれば、例え安くても学生が資料室代わりなどとして購入できるようなものではないはずだ。
梓颯は、そんな事を思いながらも、玄関口から見える範囲の内装を確認してみた。
玄関をあがってすぐ右手の扉向こうには、リビングとキッチンがある。
そして、正面左手には短い廊下があり、いくつかの部屋に通ずる扉がいくつか並んでおり、正面右手には二階へ上がる階段がある。
そんな中、左手に並ぶ手前の方の部屋は、一階の資料庫なのだそうで、和式の部屋になっているらしい。二世帯住宅らしい造りだ。
そして、その奥にももう一つ部屋があるようだった。
梓颯は、その廊下の左手に並ぶ、一番奥の扉を見た。
恐らくだが、構造的にもその廊下の突き当たりにある扉は、トイレや浴室への扉なのだろう。
だが、梓颯が気になったのはそのすぐ隣。廊下の左手に面した扉の方だ。
「どうかしたかい?」
梓颯がその扉に目を奪われていると、禰琥壱から声がかかった。
梓颯は、その声にはっとして我に帰る。
そして、あまりにも気になるその扉の部屋について、素直に尋ねてみる事にした。
「あ、あの。この廊下の奥の部屋は……」
すると、禰琥壱はごく自然に説明してくれた。
「あぁ、あの突き当たりは地下室。ドアを開けるとすぐに階段があるんだよ。――で、その隣は貸部屋、みたいな感じかな」
「“貸部屋”? ――じゃあ、ここには同居人の方もいらっしゃるんですか?」
禰琥壱は、そんな梓颯の問いに対し、少し間を置いてから考えるようにして答える。
「同居人……うん、そうだね。同居人も、居るかな」
「……?」
「色んな子達が居るんだよ」
「…………」
同居人。色んな子達。
梓颯は、その二つの単語から、あの奥の部屋が何なのか、そして、禰琥壱が先ほどの説明の中に“敢えてあの部屋の事を入れなかっ理由”を察した。
梓颯は先日、彰悟からも――ネコさんが持ってる家では、ネコさんの力で抑えてる色んな呪物の保管もしてるらしい――という話を聞いたばかりだ。
つまりは、あの奥の部屋が“その為の部屋”なのだろう。
だが、それがわかったというのに、梓颯は妙にあの部屋に目がいってしまう。
まるで、甘い香りに誘われ、惹きつけられているかのようだ。
「――気になると思うけど、やめておく事をおすすめするよ」
梓颯がまたあの部屋に意識をとられそうになっていると、禰琥壱がそんな言葉を投げかける。
梓颯は、またそれにはっとして、現実感を取り戻すした。
そして、その禰琥壱の言葉を反芻しながら背筋が寒くなるのを感じた。
「は、はい」
その後、梓颯はその禰琥壱の言葉に緊張気味に返事をしつつ、今一度だけ奥の扉に目をやった。
するとそこで、その一角に妙な違和感がある事に気付いた。
そこでは、小窓や玄関口から差し込む光に加え、廊下の照明もしっかりと点いており、しっかりと全てが照らされているようだった。
だが、なぜだかその廊下の奥の一角だけが妙に暗いように感じるのだ。
あの真上には明るめの照明が設置されているというのに、妙に暗い。
梓颯は、それにまた恐怖を覚えた。
そして、緊張のせいか、そのまま身動きが取れないでいると、後ろからそっと声を掛けられ、頭を撫でられた。
「大丈夫だよ。あっちからは来ないから、安心して。――ただ、少しでも興味がある者を呼ぼうとするから、じっと見つめたり、近付いたりしないようにね」
「……はい……」
そうして梓颯と禰琥壱が、“この家の事”についてを話していると、リビング奥のキッチンの方から、禰琥壱を呼ぶ綺刀の声がした。
「センセー、冷蔵庫の飲みもん、開けちゃダメなやつあるか~?」
「あぁ、ちょっと待ってね」
すると禰琥壱は、そんな綺刀に応えるように声をかけるなり、梓颯に向き直り、優しく微笑んで言った。
「さ、行こうか」
梓颯は、そんな禰琥壱に今一度返事をし、促されるままにリビングへと入った。
それから一同は、禰琥壱お手製の昼食を頂いた。
そして、それぞれがほどよく腹を満たした頃、二階へ移動する事となった。
「二階の資料は、民俗学の入門的な文献や、代表的な関連文献なんかがまとまってるんだけど――それ以外にも、“彼ら”に関する世俗や考察をまとめた文献。――後は、君たちの親族にあたる先輩たちの書籍もまとまってるから、多分、何を学ぶべきかも見つけやすいと思う」
「なるほど」
そうして禰琥壱の話を聞きながら二階に上がった梓颯は、その二階の内装にもまた驚いた。
なんとこの家は、二階にも小さなキッチンスペースが設けられており、更には浴室やトイレもしっかりとあった。
これだけ多くの部屋があるだけでも豪勢だというのに、二階にまでその設備があるとは驚きだった。
まったく禰琥壱はどうやってこの家を手に入れたのだろうと、梓颯はまた心底不思議に思った。
「あ、あの、禰琥壱さん。二階にもキッチンとかお風呂まであるのって、二世帯家族向けだからなんでしょうか」
そして、その不思議に耐え切れなくなった梓颯は、思わず尋ねた。
すると禰琥壱は、また非常に穏やかな様子で説明した。
「あぁ、いや。二階にキッチンがついたのは数年前でね。――元々はなかったんだよ」
「え? じゃあ、どうして」
だが、梓颯はそんな彼の回答が予想とは違うものであった事で、また首を傾げて尋ねた。
禰琥壱は、それにひとつ頷くようにして続ける。
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