上 下
24 / 68
🎐旧版🎐 ※旧版はひとつの章にまとめて表示しております。ご了承ください。

第三話『 成 』 - 05 /08

しおりを挟む
 彼が夜桜に秘密で警察学校への進学を目指したのも、少しでも同じ場所に居られたらと思ったからだったらしい。
 そんな雪平の告白を受けた夜桜は、酒のせいで鈍った頭で必死にその事を受け止め、どのように返事をしたらいいのかをひたすら考えた。
 だが、すぐに答えは出なかった。
「あーその……」
「大丈夫だよ」
「え?」
「返事は、しないで」
「いや、それは」
「いいんだ。いらないから。ごめんね、どうしても言いたかったから言っただけ。それじゃ、また!」
「あ、おいっ」
 夜桜は、そのまま勢いよく飛び出して行ってしまった雪平を追えなかった。
 今の自分が彼を引き留めたところで、おそらく返事などできない。
 別段、雪平からの告白に嫌悪感があったわけではない。
 だが、これまでそんな経験をした事がなかった夜桜は、果たして軽んじて彼の告白に頷いていいものかと考えてしまったのだ。
 もし、下手な返事をすれば、かえって雪平を傷つける事になるのではないか。
 そんな様々な考えが渦巻いている中、雪平は飛び出して行ってしまった。
 夜桜はただ心配だったので、その後雪平に、家についたら連絡だけしてくれとメッセージを送信した。
 すると、数十分ほどした後、帰宅した旨を知らせるメッセージが届いていた。
 夜桜はそれに対し、しっかり体を休めるようにというメッセージを返信し、アルコールもあり疲労が限界に達していた為、その後はベッドにもたれるようにして眠りに落ちた。
 そうして夜桜は、また次の日から再び激務の波に呑まれて毎日を過ごしていた。
 それからも、雪平に返信をすべきだろうと思いつつも、片手間に返事をするのは悪いだろうと考え、時間がとれる日が来るのを待った。
 だが、運命とは残酷なもので、そんな夜桜には数か月以上もの間休みらしい休みがなく、一瞬でも休める瞬間があれば食事と睡眠に充て、再び仕事へ戻るという日々が続いた。 
 誰もがそんな日々を送っているわけではないのだが、まさに運が悪かったとしか言いようがないほどに業務が立て込んだのだった。
 また、雪平からも一切連絡がない事から、夜桜は彼も忙しいのだろうと思っていた。
 そんな時、やっと暇ができそうだった夜桜に急きょ現場検証の任が課せられた。
 夜桜は、心の中で大きく溜め息を吐き、軽い休憩を挟んだ後に現場へと向かった。
「未だに、あの時あいつを追いかけなかった事も、無理やりにでも連絡しなかった事も後悔してるよ……」
 その日、夜桜が向かった現場は、署からさほど遠くない場所にあった古いアパートだった。
 現場の状況としては、朝方そのアパートの大家から直接通報があったらしく、とある部屋の住人が首を吊って自殺を図ったらしいとの事だった。
 夜桜は、現場に着くなり警官たちに案内され部屋に辿り着いた。
 そして、外気の冷たさに身震いしながら現場となっている203号室へ足を踏み入れる。
 すると、こじんまりとした畳張りの部屋では、住人が最後に踏み台にしていたであろう小さな椅子が横倒しになっていた。
 そんな部屋の中を見渡していると、夜桜はひどく見覚えのある鞄とジャケットを見かける。
 更にその直後、現在の状況を説明していた鑑識から、この状況で一番聞きたくない名前が告げられた。
 雪平眞世。
 その名が鑑識から発された直後、思わずその胸倉に掴みかかって何度も嘘を吐くなと怒鳴り散らしたいほどの衝動に駆られた。
 その時既に、遺体は検死の為に運び出されていた。だが夜桜には、現場を飛び出して彼のもとへ行くなどという事はできなかった。
 主人を失い、寂しく壁にかけられたままのジャケットは、あの日最後に会った時も雪平が着ていたものだ。
 そのジャケットを見ながら現実感を喪失した夜桜は、不幸中の幸いと言うべきか、その後取り乱す事もなく現場検証を終える事ができた。
「ったく、その仕事が終わったら、突然暇になりやがるんだから困ったもんだよな」
 煙草に火を点けつつ、夜桜は物悲しそうに笑った。
「で、その後、あいつの葬式に出て一週間くらい経った頃か……流石に最初は俺も驚いたよ」
 夜桜の話によれば、雪平の葬儀から一週間ほど経った頃から、突然、雪平の夢を見るようになったのだという。
 はじめ、夢の中の雪平は、ただ物悲しげに苦笑しながら、夜桜に謝罪を述べていたのだそうだ。
 そして、どの優しい声色のまま、もういいよ、大丈夫だからと言い、今一度謝るのだという。
 夜桜は、その夢の中、雪平の言葉に返事をする事はおろか、体も動かせなければ声も出せない。
 そして、そんな状況にもどかしさを感じていると、いつのまにか朝になっており、目が覚めるという事を繰り返した。
 ただ、そんな夢を繰り返し見るうちに、あまりのもどかしさからか夜桜は夢の中で必死に体を動かそうとしたり、声を出そうとしたりをし始めた。
 すると、その成果が徐々に表れたのか、夢の中でも体が動かせるようになったのだそうだ。
 そして、ついに声が出せるようになった時、夜桜は、雪平に真っ先に伝えたかった言葉を口にした。
「すまない」
 夜桜は、彼にやっとの思いでその謝罪の言葉を述べる事ができた。
 だが、その頃にはもう、目の前の雪平は苦笑すらしていなかった。
 そして、夜桜の謝罪を受けた彼は、はじかれたように泣きだしたのだ。
 その後はただひたすら、雪平は夜桜に縋るようにして泣くだけになってしまった。
 そんな事があった次の日もまた、雪平は同じようにただ泣き縋ってきた。夜桜は、ただ動揺し、やっと動かせるようになった腕で、縋りつく雪平を抱きしめたり、その背を撫でてやる事しかできなかった。
 その間も泣き止まぬ雪平は、ただごめんねと謝罪を繰り返した。
 夜桜はそれに、大丈夫だからと返事をしながら、また彼を撫でてやる。
 そうしてその日も朝になり、目を覚ました。
 ただ、そんな夢を見るようになり、雪平が泣き縋るようになってからのとある日。
 泣き縋る彼にごめんなと謝ると、突然名前を近くで呼ばれたような気がした。
 その日はその直後に目が覚め、時計を見れば深夜だった。またその時、部屋は十分に暖めてあったというのに、妙にしんと冷えている気がした。
 ただそれでも、夢の中で泣き縋ってきていた彼がその身を預けていた自分の胸元には、先ほどまで人肌があったかのような暖かさを残している気がしたのだった。
「そんな事があってから、ありえないとは思ってたんだが、もしかしたらあいつは、あっちに行けてないんじゃないかって思ってな。――だから、なんとなく気は引けたが、霊媒師とか寺にでも相談してみようかと考え始めたんだ」
 ただそんな事を考え始めた日を境に、今度は雪平がいやだ、と言いながら泣き縋って来るようになったのだった。
「最初は、何の事かわからなかったんだけどな。そのうち、多分、俺が霊媒師とかの事を考え始めたから、そう言うようになったんじゃねぇかなと思って、それはやめるって言ったんだ。そしたらまぁ、なんか相変わらず泣きそうな顔はしてるんだけど、いやだとは言わなくなった」
 そんな事があってから、もしかしたら雪平とは意思の疎通がとれるのではないかと夜桜は思い至り、馬鹿げてると思いながらも、紙とペンを机の上に置いたまま寝てみたり、誰もいないであろう空間に声をかけたりしてみた。
「ま、その結果は悲しいもんで、なんも起こらねぇし、なんも聞こえなかった」
 そんな結果に落胆しつつも、夢の中の彼が落ち着いているならそれでいいか、とそのまま約二年ほどの時を過ごした。
 そんなある日のこと。
 偶然にも、以前その部屋で現場検証を担当したという事もあり、今回の203号室の小さな事件でも聴取と捜査を担当する事になり、今に至るのだという。
 そこまで話した夜桜は、そんな夜桜の話を静かに訊いていた禰琥壱と綺刀あやとに対し、少し照れくさそうな顔をした。
「悪い。少し余計な事も喋りすぎた……事実だけでよかったな」
「ふふ、いえ。でも、こうしてお話しして頂けて良かったです」
「?」
「やっと、お二人の事情が把握できました」
「そ、そうか。それなら良かったが」
 残った酒を飲み干し、ライターを手に取りながら夜桜は言った。
「なぁ……禰琥壱君」
「はい」
「あいつは今、どういう状況なんだ? まさか、彼女みたいに、俺の部屋に憑いちまったなんて事は」
「あぁ、それは大丈夫ですよ」
「そうか」
 夜桜は、禰琥壱の言葉を聞いて、安堵したようにひとつ息を吐く。
「――て事は、やっぱり俺の思い込みとか、後悔の念みたいなもんがこんな夢をみさせてるって事か」
「……いえ。それも違います」
「違う? じゃあなんだってあんな――」
「残念ですが、夜桜さんがお考えの通り、雪平さんはアチラには行けていません」
「え、……ならあいつは」
「雪平さんは今、……貴方と居ます」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

禁断の寮生活〜真面目な大学生×体育会系大学生の秘密〜

藤咲レン
BL
■あらすじ 異性はもちろん同性との経験も無いユウスケは、寮の隣部屋に入居した年下サッカー部のシュンに一目惚れ。それ以降、自分の欲求が抑えきれずに、やってはイケナイコトを何度も重ねてしまう。しかし、ある時、それがシュンにバレてしまい、真面目一筋のユウスケの生活は一変する・・・。 ■登場人物 大城戸ユウスケ:20歳。日本でも学力が上位の大学の法学部に通う。2回生。ゲイで童貞。高校の頃にノンケのことを好きになり、それ以降は恋をしないように決めている。自身はスポーツが苦手、けどサカユニフェチ。奥手。 藤ヶ谷シュン:18歳。体育会サッカー部に所属する。ユウスケとは同じ寮で隣の部屋。ノンケ。家の事情で大学の寮に入ることができず、寮費の安い自治体の寮で生活している。

【R-18】♡喘ぎ詰め合わせ♥あほえろ短編集

夜井
BL
完結済みの短編エロのみを公開していきます。 現在公開中の作品(随時更新) 『異世界転生したら、激太触手に犯されて即堕ちしちゃった話♥』 異種姦・産卵・大量中出し・即堕ち・二輪挿し・フェラ/イラマ・ごっくん・乳首責め・結腸責め・尿道責め・トコロテン・小スカ

鬼騎士団長のお仕置き

天災
BL
 鬼騎士団長のえっちなお仕置きの話です。

【R18】保健室のケルベロス~Hで淫らなボクのセンセイ 【完結】

瀬能なつ
BL
名門男子校のクールでハンサムな保健医、末廣司には秘密があって…… 可愛い男子生徒を罠にかけて保健室のベッドの上でHに乱れさせる、危ないセンセイの物語 (笑)

娘の競泳コーチを相手にメス堕ちしたイクメンパパ

藤咲レン
BL
【毎日朝7:00に更新します】 既婚ゲイの佐藤ダイゴは娘をスイミングスクールに通わせた。そこにいたインストラクターの山田ケンタに心を奪われ、妻との結婚で封印していたゲイとしての感覚を徐々に思い出し・・・。 キャラ設定 ・佐藤ダイゴ。28歳。既婚ゲイ。妻と娘の3人暮らしで愛妻家のイクメンパパ。過去はドMのウケだった。 ・山田ケンタ。24歳。体育大学出身で水泳教室インストラクター。子供たちの前では可愛さを出しているが、本当は体育会系キャラでドS。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

男色官能小説短編集

明治通りの民
BL
男色官能小説の短編集です。

処理中です...