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第二話『 泥 』 - 07 /07

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 「おやまぁ……」
 警察での事情聴取を終え、すっかり夜も更けてしまった頃。
 家の近場まで警察に送り届けて貰った禰琥壱ねこいちは、兄弟たちのいる実家ではなく、別宅の方へと帰る事にした。
 そして、そんな禰琥壱が別宅の前に辿り着くと、そこには静かに佇む人影があった。
「まさか、あれからずっとここで待ってたのかい?」
「センセ、巻き込んでごめん……。なんか大事になっちまったな。大丈夫だったか?」
 禰琥壱の質問には答えず、綺刀あやとは頭を下げ謝罪を述べた。
 禰琥壱は、そんな綺刀に微笑み、彼の頭を撫でる。
「もちろん、大丈夫だよ。まったく、こんな蒸し暑い所に居たら干からびちゃうよ。とりあえず中にお入り。話はちゃんと聞かせてあげるから」
「うん」
 綺刀は小さくそう返事をすると、未だに申し訳なさそうな表情のまま、促されるままに禰琥壱の後に続いた。
 
 
 
「――で、その髪の毛って、結局誰のだったんだ?」
 禰琥壱と共に家に上がってからは、あまり暗い顔をし続けてもしょうがないと思い、気分を切り替えた綺刀あやとは、早速禰琥壱の話を聞く事に徹していた。
「それはこれから鑑定するらしいから、結果が出たら、その刑事さんが個人的に俺に連絡をくれるってさ」
「マジで……なんかセンセーほんとツイてるっつぅかなんつぅか」
「そうだねぇ……運は、良いかもねぇ」
 どうやら禰琥壱は、その日彼の事情聴取を担当した刑事と、この短時間でずいぶんな信頼関係を築いて帰ってきたらしく、その刑事から、あの203号室に関する色々な情報を貰ってきたのだそうだ。
「持つべきは友だね」
「え?」
「その刑事さん、豪阪こうさかの人間に友人がいるんだって。俺も君たちとは親しい友人関係にあるという事を言ったら、今回の件も、203号室の件も情報を教えてくれる気になったらしいよ」
「え、じゃあつまり、その刑事さんは今回の事、こっち側のものが原因になってるって踏んでるって事か?」
「そうみたい。今回のような"不可思議な事件"みたいなのは意外と多いみたいでね。なんとか結論付ける事もあるけど、具体的な被害者や犯人が見つからないまま時効とか、表沙汰にならずに迷宮入りしたりするものも少なくはないんだって」
「へー……じゃあ今回の髪の毛事件も?」
「うん。今回も、例えあの髪がその殺された女性の髪だとわかっても、事件は解決済みだからという事で、そのまま表沙汰おもてざたにはならないだろうって言っていたよ。もちろん別の女性のもので、新しい事件性が出てきたら別だろうけどね」
「なるほどなぁ」
「でも、その刑事さんとしては、どうにもあの203号室に絡んだ事柄について、個人的に気になってるみたいでね。だから、その筋の人間に頼ってみたいとも思っていたらしいんだ」
「――だから、こんなに色々教えてくれるのか……」
「そのようだね」
「ま、前の住人も、今回の事がわかりゃ、少しは浮かばれるかもな……」
「そうだね」
 綺刀が言う前の住人とは、203号室に住んだ最後の住人の事である。
 その前に住んでいたのが、2015年に殺人事件を起こした男なのだが、実はその年の4月に、あの203号室には新たな住人が入ったのだった。
 刑事の話によれば、その住人は、あの203号室に住み始めてから深夜に鳴り出す怪音と、女の囁くような声に悩まされ始め、日に日に睡眠不足も重なり目に見えてやつれていったのだそうだ。
 それは、彼の友人や、大家である牧村の証言からわかった事らしい。
 また当時、その203号室に住んでいた青年は、ある時期からその怪奇現象に悩まされているという事を、友人たちにも打ち明けていたのだそうだ。
 だが友人たちは、それは彼が疲れているせいだろうと、まともに取り合わなかったという。
 彼らも多忙の日が続き、心霊現象ではないにしろ、幻覚や幻聴が出ることなども度々あったらしく、そのせいだと彼を励ましはしたが、それ以上の事はしてやれなかったのだそうだ。
 そして、そんな彼がとうとう体を崩し、転職をしようと会社を退職したものの、なかなか体調が快復に向かわず、家から出られぬ日が続き、家賃も滞納気味になり始めた。
 そこで家賃の相談を受けた牧村は、とりあえず直接話をしようと203号室を訪れたのだそうだ。
 そこで久しぶりに彼を見て、牧村は己の目を疑ったという。契約当時は優しげで健康そのものといったような青年だったのに、その時にはその面影もなく、げっそりとやせ細り今にも倒れそうなほどだったという。
 流石にそんな彼を見て手を差し伸べずにはいられなかった牧村は、体の事を優先して構わないからと、家賃支払いの延期を快諾した。
 そしてそんな牧村の対応に深く深く頭を下げた彼は、本当にありがとうございます、と言って力なく笑ったのだそうだ
 そしてその晩、彼は首を吊った。
 それが2015年12月の事であった。
「つまり、その頃にはもう、あの女は203号室に居たって事だよな」
「そうだろうね」
 おそらく、先日綺刀が対峙たいじしたあの大量の思念の泥を発生させていた霊も、203号室の青年を自殺に追いやった霊も、同じ女の霊なのだろう。
 禰琥壱が聞いた話によれば、自殺したその青年の死体にはmややおかしい所があったのだという。
 実は、その青年が発見されたのは、自殺したすぐ後の事だった。
 その為、寒い時期であった事もあり、腐敗らしい腐敗もなく床に降ろしてやる事ができたのだそうだ。
 だだ、それにしては縄がずいぶんと首に食い込み、まるで下から引っ張られたかのような痕跡があった。
 彼は、体調を崩しげっそりとやせ細ってしまっていた為、自重は普通の成人男性よりもかからないで済んだはずだった。
 だが、それにも関わらずそのような痕跡が発見された。
 そしてそれに加え、もう一つ不可解な点があった。
 彼の体を調べてみると、足首に強く掴まれたようた手形がついていたのだそうだ。大きさからして、女性の手形であろうと判断されたらしいが、足には皮脂や人物が特定できるような付着物が一切なく、結局それが誰の物かはわからずじまいだったらしい。
 このような事から予想できるのは、彼のもとにはずっとあの女の霊が寄り添っていたのだろうと言う事である。
「あの女、何がしてぇんだろうなぁ」
「それも、色々わかった後で改めて彼女と話をしてみないと、かな」
「とりあえずはその刑事さんからの情報待ちかぁ……」
「うん。それ次第で、あの部屋をどうするかはまた決めよう」
「ん」
「――と、いうことで、夕食にしようか」
 ここ数日で様々な出来事を経て、更に今度は大量の情報を脳に入れた事で、綺刀は心身共にすっかり疲れ切っていた。
 今日も今日で、禰琥壱の心配をし続けていた為、綺刀はそこでやっと一息つけたといったところであった。
 その為、その一区切りをつけてくれたような禰琥壱の提案には綺刀も大賛成だった。
「それ。めっちゃ腹減った……」
「綺刀君も、今日はお疲れ様だったね。今晩は何か元気が出るものにしよう」
「え、じゃあ肉がいい」
「はは、いいね」
 力一杯に伸びをして脱力した綺刀が遠慮なくリクエストすると、禰琥壱はひとつ微笑んでその希望を呑んだ。
 そうしてあまりにも慌ただしい一日を終え、疲れ切った心身を癒すべくカロリー高めな夕食を経た二人はその晩、ゆっくりと夜を過ごしたのだった。

それが、2018年7月9日の事である。













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