蟷螂村

津嶋朋靖(つしまともやす)

文字の大きさ
上 下
1 / 1

蟷螂村

しおりを挟む
 あずま 京介きょうすけが妻の郷里『蟷螂とうろう村』を訪れるのは結婚以来一年ぶりの事である。
 前回来た時は、山奥のごく普通の村としか感じなかった。
 村人が女ばかりだというのを妙だとは思ったが、特に気にはしなかった。
 ましてや、こんな風習があるなど、知る由も無かったのである。
 もし、知っていたら……
「やめてくれえぇ! 楓さん!!」
 京介は、体中をロープで縛られ身動きを取れない状態のまま、あらん限りの声を張り上げた。
 だが、夫の必死の懇願に対して妻の楓は少し済まなそうな表情を浮かべただけでこう答える。
「ごめんなさいね。あなた。私の村の女は、身ごもったらこういう事をするのが風習なの」
 楓は妊娠二ケ月目の子供が入っている腹をそっと撫でると、出刃包丁を持って立ち上がった。
 その背後で火に掛けられた大鍋がぐつぐつと煮え滾っている。
 彼女の親族数名が、鍋をかき回していた。
 それを使ってナニが料理されるのか想像した京介の顔は恐怖に歪む。
「やめてくれえ! 僕の事を愛していないのか!? 僕と風習とどっちが大事なんだ!?」
 楓は、出刃包丁の腹を一なめしてから言う。
「いいえ。私はあなたの事が大好きよ。愛しているわ。世界中の誰よりもあなたが好き」
「だったら……助けてくれ……」
「風習なんかよりも、もちろんあなたの事が大好きよ」
 京介の中でほんの少し希望の火がともった。
「誰よりもあなたが好き」
 恍惚とした表情で言う楓を、京介は引きつった笑みを浮かべて見つめた。
 だが、次の瞬間、楓は包丁を構え直した。
「誰よりもあなたが好き。だから……食べてしまいたい」
 希望の火は瞬く間に消え失せた。
 日本のどこかの山奥にある女だけが住む蟷螂村。そこには男は一人もいない。
 なぜなら……
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

サマーデイズ!!!

首筋
ホラー
最低限に幸せな日常を送っていた主人公。 ある日を境に日常が崩れていく。

意味が分かると怖い話(解説あり)

月緑夢
ホラー
一部作り話があります 一話ごとに完結する話です

生きている壺

川喜多アンヌ
ホラー
買い取り専門店に勤める大輔に、ある老婦人が壺を置いて行った。どう見てもただの壺。誰も欲しがらない。どうせ売れないからと倉庫に追いやられていたその壺。台風の日、その倉庫で店長が死んだ……。倉庫で大輔が見たものは。

夜嵐

村井 彰
ホラー
修学旅行で訪れた沖縄の夜。しかし今晩は生憎の嵐だった。 吹き荒れる風に閉じ込められ、この様子では明日も到底思い出作りどころではないだろう。そんな淀んだ空気の中、不意に友人の一人が声をあげる。 「怪談話をしないか?」 唐突とも言える提案だったが、非日常の雰囲気に、あるいは退屈に後押しされて、友人達は誘われるように集まった。 そうして語られる、それぞれの奇妙な物語。それらが最後に呼び寄せるものは……

意味がわかるとえろい話

山本みんみ
ホラー
意味が分かれば下ネタに感じるかもしれない話です(意味深)

意味がわかると怖い話

井見虎和
ホラー
意味がわかると怖い話 答えは下の方にあります。 あくまで私が考えた答えで、別の考え方があれば感想でどうぞ。

短編ホラー

黒鬼
ホラー
1話完結のホラーを 少しづつ書きます 学校の帰りに... 会社の帰りに... 残業して帰ろうとした時 そこには... 怖いかどうかは分かりませんが 読んでいただけるだけでも 嬉しいです!

処理中です...