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怪盗ミルフィーユの引退宣言

鬼頭邸〈ショコラ〉2

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「私が思うには、この予告状はイタズラですよ。たぶん時間になっても何も起きないんじゃないんですか」

 刑事さんは時計を見ながら言った。時計は一二時を指している。あと十分。

「ミルフィーユが、今まで犯行を働いたのは、小惑星〈セレス〉、土星の衛星〈タイタン〉、木星の衛星〈エウロパ〉、そして地球。今まで、第一太陽系にいた奴が、わざわざ一千天文単位も離れた第二太陽系ネメシスくんだりまで来ますかね。大方どっかのバカが第一太陽系のニュースを見て、こんなメールを出して我々をからかっているんですよ」
「だと、いいのだがな……しかし、そのメールが本物ならばどうする?」
「もちろん、我々が完璧にガードして見せます」

 刑事さんは、自信たっぷりに言う。

「大した自信だが、何を根拠に言っているのだね?」
「いえ、こういうふうに答えるよう、警察マニアルで決まってますので」

 一瞬、あたりの空気が凍り付いた。

 普通、言うかよ! そんな事。

「なあ、真奈美よ」

 おじい様は心底不安そうな声であたしに話しかける。

「今から、どこぞの私立探偵を雇った方がよくないか?」
「おじい様。この時間ではどこの探偵事務所も閉まってますわ。それに、もう時間です」

 あたしがそう言った直後、突然部屋の明りがすべて消えた。
 非常灯も灯らない。
 あたりは真っ暗闇となる。
 周囲が騒然としだした。

「だれだ! 明りを消したのは!」「懐中電灯持ってこい!!」「蝋燭はどこだ!?」

 停電くらいで混乱なんて、つくづく無能な警官達だわ。
 だいたいにして、予告状の時刻に部屋の明かりを消してから犯行におよぶのは怪盗の常套手段なんだから、それに備えて暗視ゴーグルぐらい手元に用意しときなさいよ。
 あたしが内心つぶやいた時、けたたましい警報が鳴り響いた。
 この警報音はガラスケースに何らかの異常があったときに鳴るものと同じ音だ。
 と言う事は……
 あたしはポケットから懐中電灯を取り出すと、台座のあるあたりを照らした。程無くしてライトの明りが台座を照らしだす。だが、その上にあるはずの物がなかった。

「おじい様!! 〈天使の像〉がありません」
「なに!?」

 暗闇の中からおじい様が聞き返す。警報音がうるさくて聞こえないようだ。

「〈天使の像〉が無くなってます」
 「なに? 良く聞こえん。ちょっと待て。今、警報を切る。……おや? どうなっとるんだ。音が止まらん」

 ライトをおじい様の方に向けた。リモコンのスイッチをカチャカチャ押しているのが分かる。不意に警報がやんだ。

「おお、やっと止まったか。で、なんだ?」
「だからあ、〈天使の像〉が無くなってるんだってばあ!!」

 ハ! いかん。言葉使いが乱れた。

 だが、おじい様はそんな事を気にする様子は無かった。まあ、この状況では当然だろう。あたしは、再び台座にライトを向けた。同時に複数のライトが台座に集中する。
  警官達のライトだ。
  ここで、ようやくみんな〈天使の像〉が無くなっている事に気が付いたらしい。
「やや! いつの間に……」「おのれ! してやられたか」

  石造りの台座が多少ゆがんでいるように見えるが、誰もその事に気が付いていないみたいだ。
「おい! 天窓のところに誰かいるぞ」
 警官の一人が叫んだ。全員の視線が天窓に集中する。
 月の光を背景に、人物のシルエットが浮かび上がっていた。
「ほーっほっほっほっ!」突然、若い女の高笑いが響いた。「無能な警察のみな様、こんばんわぁ・うちがミルフィーユどすえ。あんじょうよろしゅうに」
「貴様!! 〈天使の像〉を返せ!」

  暗闇の中で刑事さんの声が響く。

「あかん、あかん。これはもう、うちのもんになってもうた。ほな、さいなら」

 人影は飛び下りた。

「逃がすな! 追え!」
「おお!」

 刑事さんの号令と同時に、警官達は一斉に部屋の外へ飛び出して行く。部屋の明りが再び灯ったのは、そのすぐ後だった。
 見回すと、室内にいるのは、あたしとおじい様と、あの無責任な刑事さんの三人だけ。

「な……なんだ!? これは……」

 おじい様が指差す先に例の台座があった。二つほど……
 片方の台座には、何も乗っていない。そして、もう片方の上には……〈天使の像〉がちゃっかり乗っていたりする。
 そう、暗闇の中であたしがライトで照らしたのは、何も乗っていない方の台座だった。 真っ暗だったので、台座の位置が少しずれていることに誰も気が付かなかったのだ。
 もちろん、二メートル離れた所にある本物の台座に、誰かが光を当てたらあっさりとばれていただろう。
  だが、そうならないよう、あたしは台座を背後に隠し、そしてあたしの反対側に刑事さんが立ちトレンチコートを広げて台座を覆い隠していた。そのために、本物の台座に他の警官達のライトが当たる事はなかった。
 
 え? なぜ、そんなことをしたかって? それは……
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