上 下
807 / 846
第十七章

青年と老人2

しおりを挟む
 老人が刑務官に押さえつけられてから、青年は話を続けた。

「あなたは一つ勘違いをしていますね。僕はあなたに『なぜ戦争を始めたのか教えてほしい』と、お願いをしに来たわけじゃありません」
「では、『教えろ』と命令でもしに来たのか?」
「いいえ。観測しに来たのです」
「観測? 何をだ?」
「あなたをですよ。元大統領」
「私を?」
「そうです。先ほど僕は、戦争はバカが起こすと言いましたね。だから、バカの試料サンプルを科学的に分析して、戦争を防止する方法を探そうというのですよ」
「バカの試料サンプルとは、私の事か?」
「他に誰がいます?」

 老人はしばし怒りを堪えてから口を開いた。

「言っている意味がよく分からん。私を科学的に分析するだと? どうすると言うのだ」
「そのままの意味ですよ。僕は最初に脳科学者と言ったでしょ。脳科学者として、あなたを観測するのです。僕は先日まで日本に留学して、田崎優梨子教授の研究室にいました」
「田崎優梨子?」

 老人はその名前に聞き覚えがあった。

「確か……人間の記憶を電子データ化して、猫に移したとか……」
「そうです。彼女の開発したブレイン・スキャナーという装置は、人間の脳内にある記憶を読みとります」
「まさかと思うが……それを私に使う気ではないだろうな?」
「はい。その通りです。さっき僕は言いましたね。なぜ戦争を始めたのかを『知りたい』と。しかし『聞きたい』とは一言も言っていません。ブレイン・スキャナーを使って、あなたの意志など関係なく、記憶を吸い上げるという意味で言ったのですよ」

 老人の顔に、初めて恐怖が浮かんだ。

「記憶を、吸い上げるだと?」
「ええ。根こそぎ吸い上げます」
「やめろ! やめてくれ。それだけは……プライバシーの侵害だ!」
「ほお。その様子だと、よっぽど頭の中を見られたくないようですね」
「当たり前だ!」
「そうですか。あなたが、それほどまでに嫌がるのなら……」
「やめてくれるのか?」
「いいえ。ますます、やりたくなりました」
「若造! 私に、何か恨みでもあるのか!?」
「はあ? 僕は最初に言いましたよね。親を殺されたと……」
「……いや……それは……私が手を下したわけでは……」
「戦争があった頃、僕は十歳でした。あの時、住んでいた家が突然崩れ、目の前で父と母が瓦礫に押しつぶされた。その時に受けた僕の悲しみが、あなたに分かりますか?」
「それは……」
「僕だけが瓦礫の間にある僅かな隙間に取り残され、隣国の兵士に救出されるまで糞尿まみれで過ごした間に味わった絶望が、あなたに分かりますか?」
「待て! 隣国の兵士に救出されただと? では君は我が国の国民なのか?」
「そうです」
「ならば、私を恨むのはお門違いだ。恨むなら、我が国に一方的に戦争を仕掛てきた隣国に……」

 その言葉を耳にして、今まで笑顔だった青年の顔は憤怒の形相へと変貌し、老人を怒鳴りつけた。

「戦争を仕掛けたのはてめえだ! ジジイ!」
「ひぃ……」

 青年の唐突な豹変ぶりに、老人は思わず悲鳴を上げた。

「いい加減、下手な嘘を付くのはやめろ! おまえが隣国に一方的に戦争を仕掛け、隣国の恨みを買ったのだろう! そのせいで僕の両親は死んだ。すべてはおまえのせいだ! おまえの下らない妄想が原因だ!」
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

乾坤一擲

響 恭也
SF
織田信長には片腕と頼む弟がいた。喜六郎秀隆である。事故死したはずの弟が目覚めたとき、この世にありえぬ知識も同時によみがえっていたのである。 これは兄弟二人が手を取り合って戦国の世を綱渡りのように歩いてゆく物語である。 思い付きのため不定期連載です。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

貴妃エレーナ

無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」 後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。 「急に、どうされたのですか?」 「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」 「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」 そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。 どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。 けれど、もう安心してほしい。 私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。 だから… 「陛下…!大変です、内乱が…」 え…? ーーーーーーーーーーーーー ここは、どこ? さっきまで内乱が… 「エレーナ?」 陛下…? でも若いわ。 バッと自分の顔を触る。 するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。 懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

シーフードミックス

黒はんぺん
SF
ある日あたしはロブスターそっくりの宇宙人と出会いました。出会ったその日にハンバーガーショップで話し込んでしまいました。 以前からあたしに憑依する何者かがいたけれど、それは宇宙人さんとは無関係らしい。でも、その何者かさんはあたしに警告するために、とうとうあたしの内宇宙に乗り込んできたの。 ちょっとびっくりだけど、あたしの内宇宙には天の川銀河やアンドロメダ銀河があります。よかったら見物してってね。 内なる宇宙にもあたしの住むご町内にも、未知の生命体があふれてる。遭遇の日々ですね。

処理中です...