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第七章

ブレインレター

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 なぜ、カルルがこんなところに……
 しかし、敵意を感じない。

「海斗。ダメじゃないか。船外活動するなら、宇宙服を着ないと」
 そう言ってるカルルの服装は、半袖アロハにバミューダパンツ……
「人の事を言えるか!」

 え? なんだ? 今のは、僕のセリフなのか? でも、僕はそんな事を言おうとしていないぞ。

「ワハハ! 仮想現実バーチャルリアリティの世界なんだから、んな事関係ないよな」

 仮想現実バーチャルリアリティ? じゃあ僕が今、見ているのは……
 よく見ると、僕もカルルも宇宙空間に漂っているわけではない。
 銀色に輝く、金属の床の上に立っている。
 これって、宇宙船の一部?

「一度、人に言ってみたかっただけだよ。前に宇宙服の事で、香子にこっぴどく怒られたことがあってな」
「何があったんだ?」
「香子が同人誌に書いていた小説に、俺がイラスト付けていた事は前に話したよな」
「ああ」

 いや『ああ』じゃない。初耳だぞ。

 香子が同人誌出している事は知っていたが、読んだことなかったし……
 いや、読んでみたい気持ちもあったけど、もしBLだったら気まずくなるし……

 それより、カルルがイラストレイターだったって?
 全然そんな文化的なイメージじゃないなあ。

「香子が書いている宇宙戦争の話に、主人公が宇宙に出て船の修理をするシーンがあったんだ。その時に俺、主人公を宇宙服ではなくて普段着で描いたら、あいつ激怒したんだよ」

 どうやら、BLではないようだ。

「そりゃあ怒るだろう。香子ってリケ女だからな」
「そうなのか? とにかくあいつ科学考証への拘りが異常なんだよ。他の同人作家の小説を読んで『宇宙なのに無重力の描写がない』とか『宇宙ステーションの壁をぶち破ってロボットが飛び込んできたのに、何で空気が漏れないのよ!?』とか言って、喧嘩になった事もあって……あんとき、俺が止めなかったら、暴力沙汰になりかねなかった」
「いや、宇宙を舞台にした話を書いている奴が、そういうところで、手抜きしちゃダメだろう」
「小説なんて読んで面白ければ、それでいいだろ。科学考証なんて誰も気にしないと思うが……」
「僕は気にするが」
「俺は気にしない」
「気にしろよ」
「だって、実際には俺達こうやって普段着で宇宙に出て、船の故障個所探しているじゃん」
「いや、今の僕らは宇宙空間にいるように見えるが、実体は電脳空間サイバースペース内のデータに過ぎない。この宇宙空間も宇宙船外へ出たプロープのセンサーが拾ったデータを元に構成しているだけ」

 電脳空間サイバースペース!? それじゃあ、今僕は電脳空間サイバースペースにいるのか? しかし、それは良いとしても、僕の身体が僕の思い通りに動かないのはどういう事だ?

 それに、なんで僕はこんなにカルルと仲良く話をしているんだ?

 あれ? 急にカルルの動きが止まった。どうしたんだ?

『さぞかし、驚いた事と思う』
 
 なんだ? 今の声は? 

『予め言っておくが、この声は録音だ。だから返事をしても無駄だよ。今、君が体験しているのは、僕の記憶そのものを再生したものだ。ある程度、編集はしてあるが』

 僕って? 誰だよ?

『これを聞いている君は生データから再生された北村海斗だと思う。そして僕は電脳空間サイバースペースで再生された北村海斗』

 電脳空間サイバースペースの僕?

『君は何も知らないで再生された。本来なら、リトル東京に降りた君にゆっくり事情を説明するはずだったのだが、シャトルが撃墜されたためにそれはできなくなった。なので、ミクにブレインレターを持たせて君の元に送る事にしたのだよ』

 ブレインレター?

『おっと! 僕がデータを取られた時にはブレインレターはなかったね。簡単に言うと、人間の記憶を他の人間に移す装置だと考えてくれ』

 あのマイクロロボットがそれなのか?

『それを聞いて君は思うだろう。そんな良い物があるなら、最初から使えと』

 思った。

『実はブレインレターには、やっかいな問題がいろいろとあってね。特に洗脳とかに使われる危険があるので、使用は制限されているのだ。使用してよいかAIが判断しないとプリンターで出力できない。今回の事情をAIが判断して一回限りの使用が許可された』

 そんな貴重な物だったのか。

『それではブレインレターの再生を再開する。なお巻き戻しはできないので、大事な情報を、見落とさないようにしてくれ。それと、君が見ていて辛くなるような記憶は、早送りして編集するから安心してくれ』

 止まっていたカルルが動き出した。

「ところで海斗。故障は見つかったか?」

「いいや、レーザー受光板には、まったく異常はない」

「じゃあなんで《イサナ》の加速は止まっている?」

「レーザーを受けていないんだよ。太陽系側のレーザーが故障したのか《イサナ》がレーザーから外れてしまったかのどちらかだろう?」

 《イサナ》? 《イサナ》ってなんだ?

 唐突に、僕の頭に中に知識がわいてきた。

 《イサナ》とは、JAXAが建造した亜光速宇宙船。
 目的地はタウ・セチ恒星系。
 太陽系から出る時は、小惑星上から照射されるレーザーで加速し、減速は対消滅エンジンを使用する。
 生きている人間はいない。
 メインコンピューター内の電脳空間サイバースペースに千人分の人間のデータがある。

 なんで、僕は こんな事を知っている?
 これもブレインレターで送られてきた情報なのか?

「海斗。この場合、どういう対策があるんだ?」
「レーザーが止まっているなら、こちらの位置を太陽系に送信しながらレーザー照射が再開されるのをひたすら待ち続けるしかない」
「レーザーから、外れていた場合は?」
「レーザー光線そのものは目に見えないが、星間物質などに当たった時に反射する光が観測できるはず。それを探し出して《イサナ》を移動させる」
「どっちも大変だな。太陽系はすでに一光年離れているから通信を送っても返事が来るまで二年かかるし、近くの船に助けてもらうとかできんのか?」
「こんな恒星間空間のど真ん中で、他の船なんて……いや! いるかもしれない」
「本当か?」
「太陽系からタウ・セチに向けて照射するレーザーで《イサナ》は加速していたわけだが、《イサナ》の後から台湾の宇宙船《天竜》が、同じレーザーに乗ってタウ・セチに向かう事になっていたはずだ。《天竜》が近くにいれば、連絡が取れるかもしれない」
「よし、海斗。早速、船長室へ」
「待ちなさい!」
 その声は、背後からだった。
 振り返ると、どこかの軍隊か警察組織の制服を着て、長い髪をポニーテイルにしてまとめている女が、腕組みをして立っていた。

 この女……香子じゃないか? 

「二人とも、まさかその恰好のまま船長室に行く気じゃないでしょうね?」

 え?

「そうだぞ。海斗」
 カルルが僕を指差す。
「Gパンで、船長に会うなんて失礼だろう」
「アロハシャツにバミューダパンツのお前に言われたくないわ!」
「良いから、二人とも制服に着替えなさい」
 香子は、服装のデータを僕達に差し出した。

 なるほど、電脳空間サイバースペースではデータだけで服装が変えられるのか。
 アバターだから当然か。
 制服に着替えた僕たちは、《イサナ》の森田船長に報告に行った。

 その結果……

「危なかったよ」

 森田船長は安堵の表情を僕たちに向けていた。

「北村君、エステス君。二人ともよく気が付いてくれた。後、一日遅かったら《天竜》と連絡が取れなくなるところだった」

 《天竜》は、すぐ近くまで来ていたのだ。
 そして、数時間後に《イサナ》を追い抜いてしまうところだった。
 《天竜》に問い合わせたところレーザー照射は止まっていない事が分かった。
 ただ、《イサナ》はレーザーから外れてしまっていたのだ。
 《天竜》から送られてきたデータでレーザーの正確な位置が判明した。
 それによると、現在《イサナ》はレーザーから一・八AU(二億七千万キロ)外れていたようだ。早速、軌道修正を開始したが、今からだと《イサナ》のタウ・セチ到着は《天竜》より六年遅れることになるらしい。

「ところで《天竜》の船長からの提案なのだが、すれ違う前に互いの船の電脳空間サイバースペースをリンクさせて交流会を開こうという事になったのだが、君たちも参加してくれないか?」
「喜んで。海斗も行くよな」
 カルルは乗り気のようだ。
「いや、僕は、ちょっとそういうのは……」

 分かる。分かるぞ。昔から僕は交流会とかいうのが大の苦手……

「そう言うなよ。せっかく制服に着替えたのだから、ついでに出ようぜ」
 カルルは、僕の背中をバンと叩く。
「そうよ、海斗。少しはこういうのに慣れないと。そんなんだから、会社をクビになったのよ」
「香子! 言っておくが、僕はクビになったんじゃない! 自分から矢納課長に、辞表を叩きつけてやったんだ!」

 見栄を張るなよ。電脳空間サイバースペースの僕。あの時は、胃の痛みに耐えながら、恐る恐る辞表を差し出したのじゃないか。決して叩きつけるなんてカッコイイ事はしていない。

 あれ? みんなの動きが止まった。

『今、見栄を張るなよと思っただろう?』

 また電脳空間サイバースペースの僕の声……てか、妖怪サトリか!

『この時に僕のついた嘘は、まだばれていないと思う。だから、このまま嘘をつき通しておいてくれ』

 我ながら、情けない。てか、こんなしょうもないことで、再生中断すな!
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