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第七章

酒場4

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「なにか?」

 僕は、ドロノフの方を向いた。
 さりげなく、懐に手を入れて拳銃の感触を確認。
 ここで流血騒ぎを起こすわけにはいかないので、非殺傷性のゴム弾を装填してあるが、できれば使わないで済ませたい。

「久しぶりだな」

 ち! やはり、覚えていたか。

「ど……どちら様でしたっけ?」

 ここは、知らない人作戦。

「おい、俺を忘れたのか? ミスター・モリタ」
「いや、森田は僕の上司で、僕は北村……」
「そうか。キタムラというのか。あの時は、名前を聞いてなかったからな」

 う……もしかして嵌められた?

「ミスター・キタムラ。亡命は、まだ受け付けてくれるかい?」

 これ以上、とぼけるのは無理か。

「あんたは……アレクセイ・ドロノフ」

 と、今頃、思い出した様なフリ……

「やっと、思い出してくれたかい」

 ドロノフはニヤリと笑った。

 こいつ、何が目的だ? 旧交を温めたいとかいうわけでもないだろう? 昔の復讐か? 

「で、ドロノフさんが、今更なんの用かな?」

「そう、身構えるなよ。ここで、どうこうしようと言う気はない。あの戦争の事なら恨んでないぜ。ただ、たった七人で、俺の部隊を壊滅させた英雄さんの顔を拝みたかっただけさ」

 それをやったのは、前の僕なんだけどな……

「こんな顔、拝んでもご利益はないよ」
「ワハハ! そう謙遜するなって。どうだい? 今から俺と飲まないか?」

「いや、僕達はこれから帰るところで……」

  すると、小男が威嚇するような目を僕に向けてきた。

「兄ちゃんよ。俺達と一緒じゃ飲めねえってのかよ」

 拳銃を握っている手に、いつでも撃てるように力を込める。

 横を見ると、ミールが木札を、その背後でミクが紙の人型を手にしていた。

「馬鹿野郎! 余計な口を出すな!」
 そう一喝したのは、ドロノフだった。
 小男は、なぜ自分が怒られたのか理解できずに震え上がる。
「この兄ちゃんは、俺の古いダチだ。そしてあそこにいる爺さんは……」
 
 ドロノフは勘定をしているダモンさんを指差した。

「炎の魔神カ・ル・ダモンと恐れられた男だ」

「ゲッ」

 知らなかった。ダモンさんて有名人なんだ。

「それとだな。ちょっと耳を貸せ」
 小男がドロノフの口元に耳を寄せた。
 ドロノフが何かを囁く。

「そういう事でしたか」
 
「分かったら、怪我人を連れてさっさと帰れ」
  男たちは、そそくさと店から出ていく。

  入れ違いに、勘定に行っていたダモンさんが戻ってきた。

  ドロノフは僕の方を向き直る。

「馬鹿な部下が失礼したな。どうだい。気を取り直して飲まないか?」
「いや、そうは言っても、こっちは子供もいるので早く帰らないと……」
「じゃあ、兄ちゃんだけでも、残らないか。なんなら俺が奢るぜ」

  それも、やだな……

「いや、ありがたい話だけど、女子供だけで夜道を帰すわけには……」
「なあに。女子供の護衛なら、そこの爺さん一人で十分だろう。少なくとも、この町には、炎の魔神に手を出す命知らずは居ねえよ」
「まあ、そういうなら」
「ご主人様。私も残ります」
「Pちゃん」
「私が目を光らせないと、ご主人様はすぐ飲みすぎますので」
「カイトさん。あたしも残ります」
 ミールが僕にしがみ付いてきた。

 結局、ミクはダモンさんとキラに任せて宿に帰し、僕とミールとPちゃんはドロノフと杯を交わすことになった。不本意ながら……

「二人追加になったけど、いいのかい? 奢ってもらって」

 もっとも、Pちゃんは飲まないけど……

「男が一度『奢る』と言ったんだ。構わないぜ。それに、追加が美女なら大歓迎だ」
 ウエートレスが水とメニューを運んできた。
「五年前のあの日」
 不意にドロノフは語りだす。
「俺は軍を脱走したんだ。もっとも、軍の方では戦死扱いのようだったがな」
「なぜ、帝都へ帰らなかった?」
「帰れなくしておいて、よく言うぜ」

 だからあ……それをやったのは前の僕なんだって……

「俺としては帝国と縁を切るまたとないチャンスだったのでな、兼ねてから示し合わせていた仲間と一緒に戦場からトンズラこいたのさ」
「帝国と縁を切る? また、なんでそんな事を?」
「あんなクソみたいなところに、いられるか」

 クソみたいと言われても、どんなところか分からんし……
 とにかく、ドロノフにとっては居心地が悪かったのだろう。

「ところでキタムラ。あんたコピー人間だろ?」
「そうだが……」
 僕としては別に隠すことでもないが、帝国人はそれを隠したいのじゃないのか?
「俺の口から『コピー人間』なんて言葉が出たことが意外か? そうだろうな。帝国では、それを口に出すことすら禁止されていたんだ」
「そうらしいね」
「リトル東京では、あんたらに嘘をつかなければならなかったが、今なら本当のことが言える。俺たちは地球人だ」
「知ってた」
「だろうな。ばれているとは分かっていた。苦しい嘘だと笑われているのも分かっていた。だが、あの場で本当の事を認めたら俺は処分される。あんたに『亡命しないか』と言われた時は、心が揺れたぜ」
「あんたはどっちなんだい? コピー人間? それとも凍結受精卵?」
「俺はコピーの方だ。地球で俺がコピーを取られたのは十歳の頃。地球の記憶も残っている。だが、それを人に話すことは禁止されていた。そして、訳の分からん帝国語とかいう言葉を覚えさせられた。だが、俺は物覚えの悪い方でな、ブレインレターで無理矢理覚えさせられたんだ」
「ブレインレター? そんな物が残っていたのか?」
「帝国軍がフリントロック銃なんか使っているから思い違いをするのは分かるが、帝国にも地球の科学技術の産物は残っている。数は少ないがな」
「それは分かっている」
「ところで兄ちゃん。あんたら、何をしにカルカへ来たんだい?」
  
 なるほど。これが本題か。

 どうやら、ドロノフは、ダモンさんを相当恐れているみたいだ。

 その恐ろしいダモンさんが、自分の目の前で仇敵……つまり僕と酒を酌み交わしている。

 気が気じゃなかったんだろうな。

「人探しだよ」
「人探し? お尋ね者か?」
「いや。高貴なお方なので名前は言えない。この町にいるらしいのだが、最近物騒になって来たから、一刻も早く保護して、安全な所へ移動してもらおうというのさ」
「それ……だけか?」
「ああ。それだけさ」
「そうか、そうか。まあ、ジャンジャン飲んでくれ」
 ドロノフは、安心したのか、ウエートレスを呼んで料理と酒を注文した。
「カイトさん。この人の言っている事、変じゃないですか?」
 ミールがナーモ語で話しかけてきた。
「何が?」
 僕も翻訳機を 日本語⇔ナーモ語 にセット。
「リトル東京包囲戦て五年前ですよ。カイトさんがいるわけありません」
「その事か。前の僕が、そこでドロノフと会っているのだよ。僕は、さっきブレインレターで、その記憶を受け継いだ」
「ああ! そうだったのですか」
「まあ、隠す事でもないけど、説明するのも面倒だから黙っていただけ」
 僕は翻訳機を 日本語⇔帝国語 に合わせた。

「僕からも聞いていい?」
「何を聞きたい?」
「帝国って、戦死を装ってまで逃げ出したくなるほど、嫌なところなの?」
「まあ、人によってはな。俺みたいなコピー人間には、どうしても我慢できない事かある」
「どんな?」
「宗教だよ」
 また、宗教か。いったい、どんな宗教だ?
「俺はデータを取られた時点ではクリスチャンだった。ろくに教会にも行ってなかったけどな。ところが、この惑星で再生された途端、レム神とかいう神を信仰する事を強要された」

 レム神? 初めて神の名前を聞いた。

「帝国では、嘘でも信仰しているフリをしないと生きていけないと、以前に帝国兵に聞いたけど、本当なの?」
「ああ、本当さ。実際、俺と一緒に再生された仲間が何人も信仰を拒否して洗脳処置を受けた。殺された者もいる。俺は命惜しさに、ずっと信じているフリを続けていたのさ。ところが、あの日、二十五年前に他の地球人がやって来た」
 《イサナ》が到着した時期だ。
「あの日、天から、大量にビラが降ってきたんだ。そこにはこう書いてあった。『帝国人の正体は地球人だという事は分かっている。地球では他惑星への侵略は禁止されている。現在住んでる土地の権利は保障するが、ナーモ族へ侵略行為を直ちにやめよ。七日の猶予を与える。返答無き場合は、法に則り懲罰を執行する。その際、帝国の都市はことごとく破壊されるだろう』とな。だが、政府はそれを無視した。結果、帝国各地に隕石が降ってきたのさ」
 そのあたりは、ブレインレターで知っていた。
「その後帝国では、今まで燻っていたレム神への不満が爆発して、各地で反乱が勃発した。俺みたいに信仰しているフリをしている奴は、少なくなかったってことだ」
「あんたは、反乱に加わらなかったのかい?」
「俺は小心者だからな。勝ち目のない方には、つかないのさ。まあ、それでも鎮圧された反乱軍を、逃がす手引きはしてやった。その時に逃がした奴の一人が、カルカまで流れてきて……まあなんだ、組織を作っていてな」
 組織=盗賊団だな。
「五年前、ここへ逃げ延びてきた俺を迎え入れてくれたのさ。組織の中にいるうちに、いつ間にか、俺はお頭と呼ばれる立場になってしまった」
 そうなるまでに、色々と悪さをしたわけだな。
「それと、黙っていた事があるのだが、俺はナーモ語が分かるんだ。北方語も南方語もな」

 え?

「だから、その姉ちゃんが言っていた事も聞こえていたんだ」
「な……なら、なぜそう言わないのです?」
「なに、俺も兄ちゃんと同じで、隠すまでもないが、説明するのが面倒だっただけさ。俺も、変だと思ったぜ。五年も経つのに、兄ちゃんの姿が全然変わらないからな」

 言われてみれば、五年も経つなら、少しは容姿も変わるはずだ……

「つまり、兄ちゃんは二人目のコピー人間で、一人目の記憶を受け継いだってことだな」
「まあ、そういう事だ」
「身体は、乗っ取られなかったのかい?」
「え? どういう意味だ?」
「何って、ブレインレターで身体を乗っ取られる奴がよくいるからな」

 そう言えば、洗脳に使われると言っていたな。

「俺の場合子供だったら、帝国語を覚えこまされるのに使われただけだが、大人のコピー人間の場合は、身体ごと乗っ取られたりしたんだ」
「身体を乗っ取るって?」
「脳に別人の記憶が入ってきて、もとの人間の人格を書き換えてしまうのだよ」
 やはり、洗脳に使っていたのか。
「帝国ではそんなに沢山、ブレインレターを使っていたのか?」
「ああ。そう言えば、リトル東京包囲戦の時も、戦場で日本人をブレインレターで洗脳しようという作戦があるとかいう話を聞いたぜ」
「それ、本当か?」
「ウワサ程度の話だがな」
 あまり、信憑性はないという事か。

 しかし……それが、ただのウワサではなく事実なら……

 Pちゃんの方を向いた。

「Pちゃん。ミクを呼び出せるか?」
「はい! 少々お待ちください」

 Pちゃんのアンテナがピコピコ動く。

「兄ちゃん、どうしたんだい?」
「ああ! ちょっと、気になる事があって……そのウワサ、どこから出てきたんだ?」
「補給部隊が、ブレインレターらしき物を届けに来たのを見た奴が何人もいるんだよ。単に情報を伝えるだけにしては多い。隙を見て日本人を洗脳する作戦じゃないかってウワサが立ったんだ」
「ご主人様。ダメです。ミクさんの通信機は、電波の届かないところにいるか、電源が切られているようです」

 肝心な時に……

「すまない。ドロノフ。急用ができた」
「そうかい。俺も引きとめて悪かったな」

 僕たちは、酒場を後にした。
 
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