上 下
722 / 846
第十六章

武士の情け

しおりを挟む
 予想通り、ジジイがミールの尻をなで回していた。

「ナーモ族の嬢ちゃん。赤ちゃんがほしいのか? では、わしが協力してやろう」
「やめて下さい!」
「ジジイ! ミールから離れろ!」

 叫びながら、僕はジジイに掴みかかった。

 しかし、ジジイは寸前で避ける。

「待て! 若造! 落ち着け」
「地下に入る前に、言っておいたはずだ。女の子に悪さをしたら、その場で去勢してやるからそのつもりでいろと」
「待て! 話せば分かる」

 おまえは、五・一五事件の犬養総理か!

「問答無用! ブースト!」

 僕のパンチは、さっきまでジジイのいた空間を素通りして床にめり込む。

「こりゃ! 若造。人間にそんなパンチが当たったら、死んでしまうだろ」
「元より、おまえを人間とは思っていない。大人しく去勢されろ」
「去勢というのは、生きたまま男性としての機能をなくす事だろ。おまえ、わしを殺そうとしているではないか」
「死にたくなければ、大人しく捕まれ」
「いやじゃ! 捕まったら、去勢されてしまうではないか」
「当然だ。そのつもりだからな」
「やめてくれ! そんな残酷な事」
「武士の情け。麻酔はかけてやる。消毒もしてやる。だから、大人しく捕まれ」
「おまえ、武士だったのか?」
「北村家の先祖は武士だ」
「今は武士ではないだろう」
「そんな事はどうでもいい! ワイヤーガンセット ファイヤー!」

 僕の放ったワイヤーガンが、さっきまでジジイのいた場所の背後にあった壁に突き刺さる。

 ワイヤーガンの追尾ホーミング機能を振り切るとは、やっぱこいつ妖怪だな。

「こりゃ! 人間に向けて、ワイヤーガンを撃つ奴があるか」
「人間と思ってはいないと言ったはずだ」

 ガシ! ガシ! 突然、両腕を誰かに捕まれた。

 見ると、右腕を芽依ちゃんが、左腕を橋本晶が掴んでいる。

「北村さん。やめて下さい。本当に殺してしまいます」
「隊長。ここでルスラン・クラスノフ博士を死なせたら、リトル東京に行ったときに責任を取らされます」

 ぐぬぬ……

「博士も、隊長を怒らせるような事はやめて下さい。先代の隊長は、森田さんにセクハラをした部下を、その場で射殺しようとしたのですよ」
「そうです。北村さんは普段は優しいけど、怒ると鬼より怖いのですよ」

 え? 怒った時の僕って、そんなに怖かった?

 そんな事はないと思うのだが……

「待て待て……わしはただ、女子たちが険悪になりかけていたので、場をなごませようと……」
「そんな和ませ方があるか!」
「そうは言っても、わしにできる事はこれしかないからのう。それより、おぬしはナーモ族の嬢ちゃんを、リトル東京へ連れて行きたいのじゃろ?」
「そうだ」
「簡単ではないか」
「簡単じゃないから、困っているんだろ」
「いや簡単じゃ。ヘリに乗り切れないなら、もう一機ヘリを出せばいいでないか」
「ド○え○んの四次元ポケットじゃあるまいし、そんな都合良く……」……あれ? できるじゃないか。

「ああそうか。プリンターで作ればいいのか」

 だが、それを芽衣ちゃんが否定する。

「北村さん。大型ヘリを作るには、カートリッジの残量が足りません」
「え? そうなの」
「橋本さんも最初、人員を乗せ切れない場合、《海龍》のプリンターでヘリを作るようにと、リトル東京を出る前に指示されていたそうです。しかし、《海龍》のカートリッジ残量は乏しくて……」

 芽衣ちゃんのセリフをジジイが遮る。

「何を言うか。メガネっ娘。わしは《海龍》を離れる前にカートリッジの残量を確認したが、ヘリ一機余裕で作れるぐらいあったぞ」
「え゛?」
「森田さん。どういう事です? 私は森田さんからヘリを作るだけのカートリッジが足りないと聞いたから、ミールさんにはリトル東京には連れていけないと言ったのですが……」
「ちょっと待って下さい。橋本さん。私もなんか混乱していて……カルカを出てからここへ来るまでに、カートリッジはかなり減ってしまっていたので……」
「確かにマオ川河口付近ではかなり減っていたが、サムライ娘が乗ってきたヘリから、再充填カートリッジを運び込んでいたではないか。あれでヘリの一機や二機作れるぞ」
「ああ! 再充填カートリッジの事を忘れていました。アハハ」

 芽依ちゃん……セリフ棒読み……

 記憶力のいい芽衣ちゃんが、再充填カートリッジの事を忘れるはずがない。

 忘れていた事にして、僕とミールを引き離そうと考えていたのだな。

 運搬ロボが戻ってきたのは、ちょうどその時。

「あら、荷物が届きましたね」

 芽衣ちゃんは運搬ロボのコンテナを開くと、新しい中継機を取り出した。

「私、中継機をセットしてきますね」

 芽衣ちゃんは、逃げるように傾斜路から出ていく。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

乾坤一擲

響 恭也
SF
織田信長には片腕と頼む弟がいた。喜六郎秀隆である。事故死したはずの弟が目覚めたとき、この世にありえぬ知識も同時によみがえっていたのである。 これは兄弟二人が手を取り合って戦国の世を綱渡りのように歩いてゆく物語である。 思い付きのため不定期連載です。

貴妃エレーナ

無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」 後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。 「急に、どうされたのですか?」 「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」 「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」 そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。 どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。 けれど、もう安心してほしい。 私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。 だから… 「陛下…!大変です、内乱が…」 え…? ーーーーーーーーーーーーー ここは、どこ? さっきまで内乱が… 「エレーナ?」 陛下…? でも若いわ。 バッと自分の顔を触る。 するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。 懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...