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第十六章
余の顔を見忘れたか
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「コブチ!」
声の方へ視線を向けると、マルガリータ姫が芽依ちゃんに連れられて小屋に入ってくるところだった。
「おまえまで、捕まってしまったのか」
だが、声を掛けられた小淵の分身体は、何の事だか分からないようにキョトンとした顔をしている。
「コブチ! なんとか、言ってくれ」
小淵は首を捻ってから答えた。
「あの……失礼ですが、どちら様でしょうか?」
ん? 小淵はマルガリータ姫を知らないのか?
「コブチ! 余の顔を、見忘れたか!」
なぜそこだけ、一人称が「妾」ではなく「余」になる? いや……まあ、翻訳機の誤訳だと思うが……
「忘れたも何も、あなたの事は、まったく覚えがありませんが……」
「コブチ! 意地悪はやめてくれ!」
「僕はこう見えてもフェミニストですから、女性に意地悪など……」
「では、なぜ妾を知らぬなどと……? 昨夜の作戦会議で、おまえの意見を却下した事を根に持っているのか?」
「昨夜の作戦会議?」
困ったような表情を浮かべて、小淵は僕の方を向いた。
「隊長……いや北村さん。このご婦人は、どなたですか?」
「知らないのか? マルガリータ皇女だ」
「マルガリータ皇女? そんな方が、なぜベイス島に?」
「なぜもなにも、彼女がベイス島駐留帝国軍の総司令官だそうだ」
「総司令官? はて? 僕の最後の記憶では、ネクラーソフ中将がベイス島駐留軍の総司令官でしたが……」
ネクラーソフのおっさんも来ていたのか。てか、中将への降格だけで済んだようだな。
「ネクラーソフは、何かと口うるさい奴なので、帝都へ追い返したではないか。忘れたのか?」
「それは、いったいいつの事です?」
「十日前じゃ」
ん? ひょっとして!
ダニの人格は、ブレインレターを仕掛けられた後はずっと眠らされていたが、小淵の人格は時々目覚めていたのではないのだろうか?
それを聞いてみると……
「そうです。僕は時々目覚めていました」
やはりそうなのか?
では、分身体の中にいるのは、やはり小淵本来の意識。
しかし、レムはなんのために、小淵の意識を時々目覚めさせていたのだ?
「理由は分かりませんが、レムは時々僕を……僕本来の意識を目覚めさせていました」
「その時に、最初の僕が死んだ事と、二人目の僕が再生された事を知ったのかい?」
「ええ。目覚めている時に、矢納がそんな事を話していました」
「以前に別の接続者の分身体を作ったが、ブレインレターを掛けられた後の記憶がなかったんだ。どうやら、奴は一度も目覚めた事がないらしい。君の近くにいた接続者はどうなのかな? 目覚めていたのは君だけか?」
「もちろん、僕だけじゃありません。矢部さんも、成瀬さんも、カルル・エステスさんも時々目覚めていました。期間は不定期で、一ヶ月以上眠っていた事もあれば、三日ぐらいの時も……もっとも、目覚めている時期が重なる機会は少なかったですが……」
「そうか。それじゃあ話を変えるけど、君がリトル東京でブレインレターを食らった時は、どんな感じだった?」
「ブレインレターのマイクロロボットに身体中を覆い尽くされ、しばらくして僕の五感がすべて消えてしまいました。意識はしばらく残っていましたが、そこへレム神の声が聞こえてきたのです。『これよりおまえを支配下におく。抵抗は無意味だ』と。その後、心の中を探られているような感覚を覚えました。これは僕のオリジナル体が、スキャナーに掛けられた時の感覚と似ていた事から、記憶をコピーされていると推測したのですが……」
「君の推測通りだ。レムはコピーした記憶を元に君たちの疑似人格を作って、君たちの身体を遠隔操作していたらしい」
「やはり、そんな事でしたか。意識がある状態の時に、自分の現状を推測して、そうではないかと薄々思っていました」
「しかし、レムはなぜそんなややこしい事をするのだ? 疑似人格を脳内に送り込んでしまえばいいのではないのか?」
「それは……僕にも分かりません。なぜ、本来の人格を脳内に残しているのか」
「まあ、それは今考えても仕方ない。それより」
僕は床で寝ている小淵を指さした。
「今、君の本体は眠らせてある。脳間通信を断ち切れていないので、目覚めたらまたレムの操り人形だ。その前に聞いておきたい。ここで君を目覚めさせた場合、レムは君に自決させると思うかい?」
「その可能性はあります。ただ、レムはその前に僕を解放するように、交渉を持ちかけてくると思います」
「そうか。その時は、解放するしかないな」
「残念ですが。脳間通信を断ち切る方法が分かったら、もう一度僕を捕まえて下さい」
「簡単に言わないでほしいな。同じ手は通用しないだろう」
「いいえ。北村さんなら、きっと僕の思いつかない方法を考えてくれると思います」
言ってくれるよ。
「きゃああああ!」
突然あがった悲鳴は、マルガリータ姫のものだった。
何があったのだ?
声の方へ視線を向けると、マルガリータ姫が芽依ちゃんに連れられて小屋に入ってくるところだった。
「おまえまで、捕まってしまったのか」
だが、声を掛けられた小淵の分身体は、何の事だか分からないようにキョトンとした顔をしている。
「コブチ! なんとか、言ってくれ」
小淵は首を捻ってから答えた。
「あの……失礼ですが、どちら様でしょうか?」
ん? 小淵はマルガリータ姫を知らないのか?
「コブチ! 余の顔を、見忘れたか!」
なぜそこだけ、一人称が「妾」ではなく「余」になる? いや……まあ、翻訳機の誤訳だと思うが……
「忘れたも何も、あなたの事は、まったく覚えがありませんが……」
「コブチ! 意地悪はやめてくれ!」
「僕はこう見えてもフェミニストですから、女性に意地悪など……」
「では、なぜ妾を知らぬなどと……? 昨夜の作戦会議で、おまえの意見を却下した事を根に持っているのか?」
「昨夜の作戦会議?」
困ったような表情を浮かべて、小淵は僕の方を向いた。
「隊長……いや北村さん。このご婦人は、どなたですか?」
「知らないのか? マルガリータ皇女だ」
「マルガリータ皇女? そんな方が、なぜベイス島に?」
「なぜもなにも、彼女がベイス島駐留帝国軍の総司令官だそうだ」
「総司令官? はて? 僕の最後の記憶では、ネクラーソフ中将がベイス島駐留軍の総司令官でしたが……」
ネクラーソフのおっさんも来ていたのか。てか、中将への降格だけで済んだようだな。
「ネクラーソフは、何かと口うるさい奴なので、帝都へ追い返したではないか。忘れたのか?」
「それは、いったいいつの事です?」
「十日前じゃ」
ん? ひょっとして!
ダニの人格は、ブレインレターを仕掛けられた後はずっと眠らされていたが、小淵の人格は時々目覚めていたのではないのだろうか?
それを聞いてみると……
「そうです。僕は時々目覚めていました」
やはりそうなのか?
では、分身体の中にいるのは、やはり小淵本来の意識。
しかし、レムはなんのために、小淵の意識を時々目覚めさせていたのだ?
「理由は分かりませんが、レムは時々僕を……僕本来の意識を目覚めさせていました」
「その時に、最初の僕が死んだ事と、二人目の僕が再生された事を知ったのかい?」
「ええ。目覚めている時に、矢納がそんな事を話していました」
「以前に別の接続者の分身体を作ったが、ブレインレターを掛けられた後の記憶がなかったんだ。どうやら、奴は一度も目覚めた事がないらしい。君の近くにいた接続者はどうなのかな? 目覚めていたのは君だけか?」
「もちろん、僕だけじゃありません。矢部さんも、成瀬さんも、カルル・エステスさんも時々目覚めていました。期間は不定期で、一ヶ月以上眠っていた事もあれば、三日ぐらいの時も……もっとも、目覚めている時期が重なる機会は少なかったですが……」
「そうか。それじゃあ話を変えるけど、君がリトル東京でブレインレターを食らった時は、どんな感じだった?」
「ブレインレターのマイクロロボットに身体中を覆い尽くされ、しばらくして僕の五感がすべて消えてしまいました。意識はしばらく残っていましたが、そこへレム神の声が聞こえてきたのです。『これよりおまえを支配下におく。抵抗は無意味だ』と。その後、心の中を探られているような感覚を覚えました。これは僕のオリジナル体が、スキャナーに掛けられた時の感覚と似ていた事から、記憶をコピーされていると推測したのですが……」
「君の推測通りだ。レムはコピーした記憶を元に君たちの疑似人格を作って、君たちの身体を遠隔操作していたらしい」
「やはり、そんな事でしたか。意識がある状態の時に、自分の現状を推測して、そうではないかと薄々思っていました」
「しかし、レムはなぜそんなややこしい事をするのだ? 疑似人格を脳内に送り込んでしまえばいいのではないのか?」
「それは……僕にも分かりません。なぜ、本来の人格を脳内に残しているのか」
「まあ、それは今考えても仕方ない。それより」
僕は床で寝ている小淵を指さした。
「今、君の本体は眠らせてある。脳間通信を断ち切れていないので、目覚めたらまたレムの操り人形だ。その前に聞いておきたい。ここで君を目覚めさせた場合、レムは君に自決させると思うかい?」
「その可能性はあります。ただ、レムはその前に僕を解放するように、交渉を持ちかけてくると思います」
「そうか。その時は、解放するしかないな」
「残念ですが。脳間通信を断ち切る方法が分かったら、もう一度僕を捕まえて下さい」
「簡単に言わないでほしいな。同じ手は通用しないだろう」
「いいえ。北村さんなら、きっと僕の思いつかない方法を考えてくれると思います」
言ってくれるよ。
「きゃああああ!」
突然あがった悲鳴は、マルガリータ姫のものだった。
何があったのだ?
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