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第十二章

撤退して下さい。お願いします。

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「アーニャさん。あ……あ……あの、交渉役って? 私に、いったい何を期待しているのですか?」

 芽依ちゃんは、蒼白な顔をしていた。

「え? もちろん、ロボットスーツで敵の本陣に降りて、レイラ・ソコロフに会見を申し込むのよ。ロボットスーツなら撃たれても大丈夫でしょ?」
「そりゃあ……撃たれても、平気ですけど……」
「レイラ・ソコロフに会ったら、ロータスにリトル東京が味方に付いたことを伝えて、撤退するように説得してほしいの」
「説得って……私が……ですか?」
「ええ。リトル東京を代表できるのは、この中であなただけだし……ちょっと! 大丈夫!?」

 卒倒しかけた芽依ちゃんを、僕は慌てて支えた。

「芽依ちゃん! 大丈夫か?」
「だ……大丈夫です。ちょっと、目の前が暗くなっただけで……ですけど、会見なんて……」
「無理かな? この前、オルゲ……敵の提督に降伏勧告はできたじゃないか」
「あれは、マニュアル通りに言っただけなので……会見なんて、何を話せばいいか分かりません」

 ううん……

「アーニャさん。芽依ちゃんに、会見はちょっとハードルが高いかも……」
「どうして?」

 ううん……コミュ障じゃない人に、コミュ障の悩みは理解できないだろうな。

「とにかく。芽依ちゃんには無理です」
「困ったわね。北村君がリトル東京の名前を出して、後で問題になっても困るし……」
「要はロータスにリトル東京が味方についたとナンモ解放戦線に分からせて、撤退させればいいのですよね。それなら、上空からドローンで呼びかけるぐらいでもいいのではないでしょうか?」
「そうね」

 早速《海龍》に連絡を取り、飛行船タイプのドローンを飛ばしてもらった。

「ところで北村君」
 
 ドローンが来るのを待っている時、アーニャが僕の耳元に囁いた。

「あれは良くないわね」

 あれとは?

「空砲とはいえ、人に銃を向けるなんて……」

 実弾撃った、あんたが言うな!


 そんな事をしている間にドローンからの電波が届き、執務室の壁にPちゃんがプロジェクションマッピングを投影した。

 映し出されたのは、ドローンから送られてきたロータスの空撮映像。

 色とりどりの屋根を見下ろしながら、映像はやがて町外れに……

 町並みは水路によって途切れた。

 ロータスの西側は幅三十メートルほどの運河が流れていて、その対岸は建物がほとんどなく耕作地が広がっている。

 本来この時間なら耕作地で作業する人達がいるはずだが、今は誰もいない。

 全員運河の東側に避難しているのだ。

 そして、耕作地の中では……

「うちの畑が!」

 映像を見ていた議員の一人が、悲鳴を上げる。

 耕作地の中では、武装勢力が布陣していたのだ。

 そこにあった作物がどうなったか言うまでもない。
 
 それにしても……町長の言うとおり、まったく統率がとれていないな。

 そこでは、数人から数十人の小集団が、それぞれ好き勝手に陣地を構築していたのだ。

 いい場所を取ろうとして、仲間同士で小競り合いをしている様子も見える。

 確かに、これじゃあ帝国軍には勝てないな。

 それにしても困った。

 これじゃあ、レイラ・ソコロフの本陣がどこなのか分からない。

 しばらく飛び回っているうちに、砲兵陣地を見つけた。

 僕はアーニャの方を向く。

「先にあれだけでも潰しておきますか?」
「だめよ。こっちから、攻撃したら向こうも引くに引けなくなるでしょ」

 ふいにミールが僕の袖を引いた。

「あれを追いかければ、本陣が分かるのでは……」

 ミールの指さす先を見ると、陣地の間を走っている人が見えた。

「あれは、何をやっているんだい?」
「あれは伝令兵ですよ。通信機とか無いから、あれで連絡を取り合っているはずです」
「そうか! ではあいつが行く先に……」
「本陣があるはずです」

 伝令兵はしばらくして、一つの陣地に入っていく。

 結構大きな陣地だ。

 他の陣地と違って大きなテントも張ってあるし、本陣のようだな。

「よし。芽依ちゃん。あの陣地に向かって話かけて」
「は……はい」

 大丈夫かな? 芽依ちゃん、かなり緊張しているみたいだけど……

 芽依ちゃんは、マイクのスイッチを入れた。

「ああ。テステス……ただいまマイクのテスト中。本日は晴天なり」

 それはやらなくていいから……

「ナンモ解放戦線のみなさん、聞こえますか?」

 聞こえたようだ。

 テントの周囲を警備していた兵士達が、一斉に上を見上げた。

「ナ……ナンモ解放戦線の皆さん。お願いします。お話を聞いて下さい」
 
 集音マイクのスイッチを入れた。地上にいる兵士達の声がスピーカーから流れる。

『おい。話があるってよ』『アネゴ呼んでこい』

 見張りの兵士がテントに入って行く。レイラ・ソコロフを呼びにいったのだろう。それにしても、レイラ・ソコロフは部下から『アネゴ』って呼ばれているのか?

 いや、翻訳機の誤訳だろ。

「よし、芽衣ちゃん。続けて」
「はい。せ……戦争はよくない事だと思います。ここは撤退していただけないでしょうか?」

 おい……何を言っている……

『はあ? 撤退? するわけないだろ』

 地上で聞いていた兵士達の言う事ももっともだな。

「芽衣ちゃん。先に名乗って。リトル東京の者だと」
「すみません」

 芽衣ちゃんは深呼吸してから、再びマイクを握る。

「すみません。自己紹介が遅くなりました。私はリトル東京防衛隊機動服中隊所属、森田芽衣一尉です。どうか撤退して下さい。お願いします」

 よし、奴らもリトル東京と敵対したくないだろう。このまま撤退…… 

『はあ? リトル東京だあ? 知らねえな』

 え?
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