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第九章
砲兵陣地(過去編)
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芽衣を見送った後、香子はレーザー銃に三フッ化窒素ガスボンベとエチレンガスボンベを装着してレイホーに手渡した。
「香子さん。私、ライフルには自信あるけど、レーザーは初めてね」
「反動が無い分、ライフルより当たるわよ」
香子はもう一丁のレーザー銃の準備を終えると、それを床に降ろして再び双眼鏡をのぞいた。
ドーム入口から五十メートルほど離れたところに、二メートルの高さで入り口を四角く取り囲むように築かれたバリケード。
そこから、東へ二百メートルほど離れた道路上に、帝国軍の砲兵陣地が構築されつつあった。
現時点で三門の大砲が設置されている。
さらに、東へ五百メートルほど先では、もう一門の大砲を馬で運んでいた。
移送中の大砲の周りにいるのは、若い女性兵士ばかり。
「海斗だったら、撃てないわね」
香子の何気ない呟きに、レイホーが振り返った。
「なにか?」
「いや……なんでも……帝国軍の中に、随分若い女の子達がいるわね」
「だからって、手加減してはだめね」
「分かっているって。ただ、私の彼だったら、あの女の子達を撃てなかっただろうなって」
「香子さんの彼氏?」
「ロボットスーツのパイロットで、芽衣ちゃんの上司だったの」
「だった?」
「戦死したのよ」
「それは……お気の毒に……」
「ロボットスーツの扱いは誰より上手くて、銃の腕もよかった。だけど、あまり戦闘向きの性格じゃなかったの。優しくて、女子供は撃てなかったのよね」
「ふうん」
レイホーは双眼鏡を顔に当てて、大砲を運んでいる少女たちを見た。
「でも、香子さんの彼氏の方が、人としてまともじゃないかな?」
「どういう事?」
「あの女の子達を殺して平気でいられる方が、人としておかしいと思う」
「そうね。戦争が続いて、みんなおかしくなってしまったのかな」
「香子さん。あの子たちが、銃を持って向かってきたら、私は躊躇なく撃つ。でも、殺さないで済むならそうしたい」
「私だってそうよ」
「じゃあ、お母さんに電話してみる」
「え?」
レイホーは電話機を取った。
「もしもしお母さん……いえ、指令官。敵は砲兵陣地を構築している。すぐに攻撃してほしいね……四門目? でも、それ運んでいるのは私と同じ年頃の女の子ばかり……うん。分かった」
レイホーが香子の方を向いた。
「香子さん。電話代わって」
「はい」
香子は電話機を取った。
『香子さん』
受話器から聞こえてきたのは、楊美雨の声。
『敵の大砲が四門揃ったところで砲撃を仕掛けようと考えていたけど、予定を早めて十分後に攻撃します』
「それは四門目を輸送中の、女性兵士達を攻撃したくないからですか?」
『違うわ。娘はそうしたいみたいだけど、私はそんなに甘くない。あの砲兵陣地目立ちすぎません?』
「囮という事ですか?」
『ええ。青銅砲なんて時代遅れな兵器は、ほとんど脅威ではありません。私達が恐れているのは、リトル東京の補給基地攻撃に使用されたというロケット砲です。確か、RPG7とか言ったかしら?』
「ええ」
『おそらく、奴らはロケット砲を持っているはずです。しかし、その姿が見当たらない。一方で青銅砲は目立つところに設置した。こちらの火砲で青銅砲を攻撃させ、こちらの射点を特定して、そこへ隠れていたロケット砲部隊がこちらの火砲を破壊しよう気ではないかと』
「確かに」
『そして四門目の大砲を、目立つように運んでいる。これは、こちらの攻撃開始時間をコントロールするためだと思います』
「というと……」
『四門目が到着したら、こちらが攻撃を開始する。向こうは、そう読んでロケット砲部隊を配置していると思うのです。向こうとしては、こちらが攻撃をしたらすぐに反撃しないとならない。でないと、こちらの火砲が逃げてしまう。逃げる隙を与えないために、ロケット砲はすぐに撃てる状態にしておく必要があるのですが、それでは射手が疲労する。だから、こちらの攻撃開始時間をコントロールしたい』
「そのために四門目を、目立つように運んでいる」
『そうです。逆に言うなら、四門目が到着するまでは、こちらからの攻撃はないと思ってロケット砲の射手は休んでいると思うのです』
「なるほど。つまり今攻撃すれば、向こうはすぐに反撃できない」
『そうです。その間に迫撃砲部隊は逃がします。そして、向こうがロケット砲を撃ってきたら、香子さんはその射点をレーザーで攻撃して下さい』
「分かりました」
電話を置いて、香子は双眼鏡を手にした。
「香子さん。新手のドローンです。十一時の方向、距離一万二千、数三機」
「先に現れた五機は?」
「芽衣さんが、全て落としました」
香子は通信機を手に取った。
「芽衣ちゃん。新手が現れたわ。そっちで確認できる? できるなら二回、できないなら一回、発光信号を送って」
闇の中で光が二回瞬いた。
「補給なしで、やれそう? できるなら二回、できないなら一回発光信号を送ってから引き返してきて」
また、二回光が瞬いた。
「それじゃあ、頼むわよ」
闇の中で光が七回瞬いた。『任せて下さい!』と言いたいようだ。
レーダーの中で、芽衣の光点が三機のドローンへ向かっていく。
香子が通信機を切った時、迫撃砲の射撃音が鳴り響いた。
「香子さん。私、ライフルには自信あるけど、レーザーは初めてね」
「反動が無い分、ライフルより当たるわよ」
香子はもう一丁のレーザー銃の準備を終えると、それを床に降ろして再び双眼鏡をのぞいた。
ドーム入口から五十メートルほど離れたところに、二メートルの高さで入り口を四角く取り囲むように築かれたバリケード。
そこから、東へ二百メートルほど離れた道路上に、帝国軍の砲兵陣地が構築されつつあった。
現時点で三門の大砲が設置されている。
さらに、東へ五百メートルほど先では、もう一門の大砲を馬で運んでいた。
移送中の大砲の周りにいるのは、若い女性兵士ばかり。
「海斗だったら、撃てないわね」
香子の何気ない呟きに、レイホーが振り返った。
「なにか?」
「いや……なんでも……帝国軍の中に、随分若い女の子達がいるわね」
「だからって、手加減してはだめね」
「分かっているって。ただ、私の彼だったら、あの女の子達を撃てなかっただろうなって」
「香子さんの彼氏?」
「ロボットスーツのパイロットで、芽衣ちゃんの上司だったの」
「だった?」
「戦死したのよ」
「それは……お気の毒に……」
「ロボットスーツの扱いは誰より上手くて、銃の腕もよかった。だけど、あまり戦闘向きの性格じゃなかったの。優しくて、女子供は撃てなかったのよね」
「ふうん」
レイホーは双眼鏡を顔に当てて、大砲を運んでいる少女たちを見た。
「でも、香子さんの彼氏の方が、人としてまともじゃないかな?」
「どういう事?」
「あの女の子達を殺して平気でいられる方が、人としておかしいと思う」
「そうね。戦争が続いて、みんなおかしくなってしまったのかな」
「香子さん。あの子たちが、銃を持って向かってきたら、私は躊躇なく撃つ。でも、殺さないで済むならそうしたい」
「私だってそうよ」
「じゃあ、お母さんに電話してみる」
「え?」
レイホーは電話機を取った。
「もしもしお母さん……いえ、指令官。敵は砲兵陣地を構築している。すぐに攻撃してほしいね……四門目? でも、それ運んでいるのは私と同じ年頃の女の子ばかり……うん。分かった」
レイホーが香子の方を向いた。
「香子さん。電話代わって」
「はい」
香子は電話機を取った。
『香子さん』
受話器から聞こえてきたのは、楊美雨の声。
『敵の大砲が四門揃ったところで砲撃を仕掛けようと考えていたけど、予定を早めて十分後に攻撃します』
「それは四門目を輸送中の、女性兵士達を攻撃したくないからですか?」
『違うわ。娘はそうしたいみたいだけど、私はそんなに甘くない。あの砲兵陣地目立ちすぎません?』
「囮という事ですか?」
『ええ。青銅砲なんて時代遅れな兵器は、ほとんど脅威ではありません。私達が恐れているのは、リトル東京の補給基地攻撃に使用されたというロケット砲です。確か、RPG7とか言ったかしら?』
「ええ」
『おそらく、奴らはロケット砲を持っているはずです。しかし、その姿が見当たらない。一方で青銅砲は目立つところに設置した。こちらの火砲で青銅砲を攻撃させ、こちらの射点を特定して、そこへ隠れていたロケット砲部隊がこちらの火砲を破壊しよう気ではないかと』
「確かに」
『そして四門目の大砲を、目立つように運んでいる。これは、こちらの攻撃開始時間をコントロールするためだと思います』
「というと……」
『四門目が到着したら、こちらが攻撃を開始する。向こうは、そう読んでロケット砲部隊を配置していると思うのです。向こうとしては、こちらが攻撃をしたらすぐに反撃しないとならない。でないと、こちらの火砲が逃げてしまう。逃げる隙を与えないために、ロケット砲はすぐに撃てる状態にしておく必要があるのですが、それでは射手が疲労する。だから、こちらの攻撃開始時間をコントロールしたい』
「そのために四門目を、目立つように運んでいる」
『そうです。逆に言うなら、四門目が到着するまでは、こちらからの攻撃はないと思ってロケット砲の射手は休んでいると思うのです』
「なるほど。つまり今攻撃すれば、向こうはすぐに反撃できない」
『そうです。その間に迫撃砲部隊は逃がします。そして、向こうがロケット砲を撃ってきたら、香子さんはその射点をレーザーで攻撃して下さい』
「分かりました」
電話を置いて、香子は双眼鏡を手にした。
「香子さん。新手のドローンです。十一時の方向、距離一万二千、数三機」
「先に現れた五機は?」
「芽衣さんが、全て落としました」
香子は通信機を手に取った。
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また、二回光が瞬いた。
「それじゃあ、頼むわよ」
闇の中で光が七回瞬いた。『任せて下さい!』と言いたいようだ。
レーダーの中で、芽衣の光点が三機のドローンへ向かっていく。
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